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――力が、欲しいか?

 とある勇者は、その力を『祝福』と言った。


 とある勇者は、その力を『呪い』と言った。


 とある勇者は、その力を『使命』と言った。


 なら、僕にとって、力とは――一体なんだろう。


『例えば、こんなシチュエーションがあったとしましょう。あなたには明確な目標、追うべき敵がいます。ですが、その道中、林の向こうには見るからに危険な魔物の姿がよぎる。しかし、魔物の背後には大きな宝箱――』


 耳を塞ぎたくなるような、ねっとりとした声。

 魔王の気まぐれなアナウンスだ。


『すでにほかの勇者と交戦でもしたのだろうか、体にいくつか傷を負っている。その宝箱の中身が今すぐ必要かどうかはわからないが、報酬は非常に大きい。さあ、あなたならどうする?』


「……魔王の奴、いきなり何を言い始めましたの?」


「……さぁ。どうせロクなことじゃないと思うけど」


「騙されないでよお兄。こういう場合って、大抵しょっぼい報酬しかないんだから」


 カレンが冷めた目でふんっと鼻を鳴らした。

 そんな僕たちの反応を楽しんでいるかのように、球体はさらに声を弾ませる。


『と、言うわけで! ボクから一生懸命な皆様へ、最高のご褒美を用意しました! 題して、【デッド・オア・ディナー】!』


 食うか、死か。

 三流のコメディのような、いかにもな響きだ。


『殺し合いばかりで、お腹ペコペコな皆様へ。島のあちこちに、とっておきの「ご馳走」を配置しました! 是非仲良く召し上がってくださいね!』


「裏があるに決まっていますわ。私たちが律儀に聞いてあげる必要は――」


 ――ぐぅぅぅぅぅぅぅ~~~……。


 ひどく長く、情けない音が鳴り響いた。


 音が発せられたのは、ギンカのお腹のあたりからだった。

 彼女は動きをピタリと止めると、自らの腹部を両手で押さえ、顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げた。


「本当は、めちゃくちゃ興味深々なんじゃないの? デブ犬」


「煩いですわ! 頭から喰らいますわよ、このガリバカトカゲ!」


『勿論、「お箸」の代わりに「剣」を使っても構いません! 思い思いの方法で、その底なしの“飢え”を満たしてください。以上! 魔王からのご案内でした!』


 それと同時に、手元にある地図の上に、いくつかの「光るポイント」がぽつぽつと浮かび上がった。


「食べ物で釣って、勇者同士を同じ場所に集めて奪い合わせようってことか。……どうする? 危険だし、スルーすべきかな。それとも、ちょっと参加してみる?」


「あたしはお兄の言う通りにするよ。お兄が行くなら行くし、やめるならやめる」


「私は……その、お兄様が、どうしてもお腹が空いて死にそうだ、と仰るのなら……不本意ながら参加して差し上げてもよろしくってよ」


 ギンカは顔を赤らめたまま、ツンとそっぽを向いて指先をいじっている。

 その耳が落ち着かなさそうにピコピコと揺れていた。


 だが、正直なところ、僕自身の胃袋もとうの昔に限界を迎えていた。

 さすがに、乾いた干し肉や、その辺の虫モドキだけでは、健康的な若人に満足感は得られないのだ。


「……様子だけでも見に行ってみてもいいと思うんだ。やっぱり、美味しいものをちゃんと食べないと、これからの戦いで力が出ないしさ」


「そうですわね! お兄様がそう仰るなら仕方がありませんわ! とりあえず、ここから一番近い光の地点へ向かってみましょうか!」


「めっちゃ早口……」


 こうして、僕たちは魔王が仕掛けた、怪しい「餌」へと足を踏み出したのだった。



「あ、あれは――……」


「……何あのアホ面した、羽の生えたデカい豚」


 地図に記された地点に到着した。

 遠くの茂みの陰からそっと様子を伺う僕たちの視線の先に、そいつはいた。


 体長は一般的な牛よりも二回りほど大きいだろうか。

 ピンク色の丸々とした巨体に、背中には不釣り合いな小さな羽が生えている。鼻をフゴフゴと鳴らしながら、地面の草をのんびりと食んでいた。


「お、お兄様……! あれは、幻の超高級食材『宝石肉豚竜ジュエルミート・ポークドラゴン』ですの……!」


「美味しいの?」


「美味しいなんてレベルではありませんわ! 宝石のごとく輝くその脂身は口の中で旨味の竜巻を引き起こし、肉を噛めば極上の肉汁の洪水に脳まで飲み込まれる。まさに竜の名を冠するに相応しい『災害クラスの美味』――らしいですわ!」


「あたしも本物は初めて見た。あまりにも美味しすぎるから養殖が不可能って言われてるやつね。育ててる途中で、人間が我慢できずに全部食べちゃうからって」


「よく絶滅しなかったな……。というか、名前に『竜』って付いてるけど、あいつ自体に危険性はないの?」


「豚がちょっと肥大化して、飾りの羽が生えた程度の強さらしいですわね。実際、戦闘力よりもその希少価値のせいで乱獲されて、存在自体が神話の域に入っていますの」


 魔王のやつ、嫌がらせではなく本当に本物の最高級のご馳走を用意していたらしい。

 漂ってくるかすかな獣の匂いすら、どこか甘やかで食欲をそそる。


「よーし、待っててお兄。あたしが今すぐ――」


「お待ちなさい、この不器用バカトカゲ! あなたのような野蛮人が突撃したら、超高級肉が一瞬で炭クズになる未来が視えますわ! ここは私が綺麗に――」


「あんたがやったら、豚さん冷え冷えになって味が落ちるでしょうが! かき氷でも作っとけ、この腹ペコデブ犬!」


 いけない。またいつもの喧嘩が始まってしまった。

 幸いなことに、周囲に他の勇者の気配はなく、ターゲットである豚竜さんもトロトロと間抜けな顔で日向ぼっこをしているだけだが。


 ここで、僕はふと思った。

 いつも妹たちに守られてばかりで、泥にまみれて這いつくばっているだけの僕だけど。

 たまには、兄らしいかっこいいところを見せたい。


「二人共、聞いてくれ! ここは、僕がやるよ」


 カレンとギンカの動きがピタリと止まる。

 二組の瞳が、同時に僕へと向けられた。


「お兄、無理しないでいいよ。昔、近所の野良猫相手に本気で戦って、ボロボロになりながら辛勝だったのに」


「お兄様、危険が全くないわけではありませんわ。流石の豚とはいえ、命の危機を感じれば、死に物狂いで抵抗をしてきますのよ」


「大丈夫だ。妹たちにお腹一杯美味しいものを食べさせられないんじゃ、お兄ちゃん失格だろ? ……あと、カレン。その話は秘密の約束だったはずだ」


「……お兄がそこまで言うなら。今更お兄ちゃんアピールされても、すんごい今更感あるけど」


「少しでもやばそうだったら、即座に私が介入しますわ。ご馳走なんかより、お兄様の安全のほうが大切ですので」


「ああ。任せておけって! ちょっくら……『竜』を狩ってくる!」


「気を付けてね。どちらかと言えば、豚だけど」


 カレンの呆れたような声を背中で聞きながら、僕は剣を引き抜いた。

 茂みを飛び出し、一直線に豚竜の元へ。


 タッタッタ、と地面を駆ける僕の足音に気づき、豚竜がフゴッと振り返る。

 だけど、こちらを警戒して逃げる素振りは一切なく、ただ鼻をフゴフゴと鳴らしているばかりだ。


 僕もこの島で多くの修羅場を経験し、強くなったんだ。確実に仕留められる!


「命を頂く! お兄ちゃんスラッシュ!!」


 僕の渾身の剣が、その無防備な喉元を切り裂く――まさに、その間際だった。


「ふんがっ!!」


 至近距離で、猛烈な鼻息が放たれた。


 凄まじい風圧。

 それだけで、僕は紙屑のように、虚しく吹き飛ばされた。


「うわあああああああああああ!?」


 激しく地面をごろごろと無様に転がり、手から滑り落ちた剣が、遠くの草むらへとカラカラと弾き飛ばされる。

 お腹と背中を強打し、視界がちかちかと明滅した。


「知ってた」


「お兄様……」


 遠くから、冷ややかな二人の声が聞こえる。


「くっ……バカな、これが、伝説の竜の力か……っ!」


「どちらかと言えばただの豚ですが、やはり私が――」


 情けない。

 僕は、ただの豚一匹にすら勝てないのか。

 可愛い妹たちに、美味しい食事ひとつ用意してやることもできないのか。


 僕に……僕に、、圧倒的な力があれば……!!


『――力が、欲しいか?』


 その時、僕の脳裏に、ざわざわとした重苦しい声が響き渡った。

 背筋がゾクリと凍りつく。この感覚は僕の内に宿る――。


『汝がそれを心から望むなら、あの目の前の『竜』を瞬時に屠る、大いなる破壊の力を授けよう』


「おい、あれはどちらかと言えばただの『豚』だろ! 何をシリアスな雰囲気出して話を盛ってんだ! そうやって契約の対価をぼったくる気だな、悪魔め!」


『力とは、使うもの次第で、豚を殺す力にも、竜を殺す力にもなるのだ』


「『結局、本人次第だよね』みたいなありきたりな正論でまとめるなッ! ふわふわした都合のいいことばかり言いやがって!」


 僕が脳内で悪魔に対して必死のツッコミを入れ、悪魔が次の言葉を紡ごうとした――その、瞬間だった。


 ――キィィィィィィンッッッ!!!


 大気を引き裂く、鼓膜が破れるかのような甲高い音が響き渡り、僕の視界を一筋の目も眩むような「流れ星」が横切った。


 ――ドスゥゥゥゥンッッッッ!!!


 重い衝撃音が響く。

 次の瞬間には、蒼く煌めく一本の光り輝く剣が、豚竜の首を正確に射抜き、大地の奥深くへと縫い止めていた。


 豚竜は、悲鳴を上げることすら許されず、一瞬で絶命する。


「「お兄(様)!!」」


 カレンとギンカが弾かれたように僕の元へ駆け寄り、僕を背中に隠すようにして、一瞬で臨戦態勢をとった。

 二人の身体から、これまでにないほどの激しい戦闘のオーラが立ち上る。


 だけど、ギンカの指先が、微かに、ガタガタと震えていた。

 カレンの喉が、緊張で小さく鳴るのが聞こえる。


 静まり返った空間。

 砂埃の向こう側から、一人の人影が、重力を無視してゆっくりと宙から降りてきた。


「危ないところだったな。余がその『竜』に止めを刺してやったぞ。感謝するがいい」


 流星ノ勇者。


 それは、まるで神が地上へと顕現したかのように優雅で。

 そして、反吐が出るほど傲慢に、まだ青い宙から舞い降りた。

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