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……あたしもそう思う。

「本当にこの道で合ってんの!? っていうか、そもそもこれ、本当に道なわけ!?」


 暗く、狭く、そして湿った土の匂いが充満する坑道の奥深く。


 先頭を這い進むカレンの、苛立ちの混ざった声が狭い通路に反響した。


「…………」


「私だって、坑道の中の細かいルートなんて知りませんわよ! 四の五の言わずに黙って進みなさいな!」


 最後尾から聞こえてくるギンカの声も、いつになく余裕がない。


 ギンカの「対話の余地がある揺り籠の勇者の元へ向かう」という提案に賛成し、この地下坑道を訪れた僕たちだったが、中に入った直後からさっそく試練が待ち受けていたのだ。


「だったら、あんたが先頭を進みなさいよ! 無駄に鼻が利くんだから、危険察知くらいできるでしょ!」


「…………」


「断りますわ! じゃんけんで無様に負けたあなたが悪いのです! 私は後ろからお兄様の安全を確保する役目で忙しいのですから、文句を言ってないで前だけ見て進みなさい!」


 狭い。非常に狭い。

 大人がまともに直立して歩くことなど到底不可能な、獣道以下の超極小スペース。


 縦一列になり、両手両膝を地面についた「四つん這い」の姿勢にならなければ、一歩たりとも先に進むことができなかった。


 現在の並び順は、先頭にカレン、真ん中に僕、後ろにギンカ。


 戦闘力皆無の僕を一番安全な真ん中に配置することだけは、二人の強い希望によって一瞬で確定したのだが、問題の「前後の配置」を巡って大喧嘩になり、最終的にじゃんけんで決めることになった。


 その結果、見事に負けたカレンが先頭の偵察役を押し付けられ、今に至るというわけだ。


「ったく……! こんな場所って分かってたら、絶対に他に行くべきだったわ」


 前方の暗闇に向かってブツブツと毒を吐きながら、カレンがじりじりと前進していく。


 僕も彼女の後に続いて必死に両手両膝を動かしているわけだが――ここで、僕の男としての、そして兄としての理性を根底から揺るがす、非常に悩ましくも致命的な問題が発生していた。


「お兄。さっきからすっごく静かだけど、大丈夫? どこか怪我したりしてない?」


「……あ、ああ。大丈夫だよ、カレン。問題ない、僕は元気だよ」


「お兄様、もし何か不快なことや、身体の異変がありましたら、いつでも私に言ってくださいませ? 私が、できる限りの対処をして差し上げますの」


「うん、ありがとうギンカ。でも本当に大丈夫だから」


 僕は元気だった。だが、全然大丈夫ではなかった。


 何が問題かって、僕のすぐ目の前で、カレンのしなやかな腰が、前進するたびに規則正しいリズムを刻んで左右に揺れていることだ。


 四つん這いという体勢のせいで、僕の視線は嫌でも前方を向かざるを得ない。

 そしてその視線の先には、ぴったりと引き絞られた服の布地を通じて、彼女の丸みを帯びた、発育途上の美しいお尻の輪郭が、これでもかと露骨なまでに浮き彫りになっていた。


 普段は細身で華奢に見えるカレンだが、日々激しい戦闘をこなしているからだろうか。

 その下半身には、驚くほど生命力に溢れた、柔らかそうな肉が乗っている。


 さらに、どうしても目を奪われてしまうのは、衣服の隙間から覗く、眩しいほどに白い太ももだった。

 彼女が膝を突いて前へ這うたびに、その柔らかな肉がむにり、むにりと形を変える。


 薄暗い坑道の中で、そこだけが微かな熱を帯びたように白く、瑞々しく輝いて見えた。

 カレンが動くたびに、彼女の身体から発せられる火竜の微熱と、どこか甘い少女の匂いが、狭い空間に閉じ込められて僕の鼻腔をくすぐる。


(いけない、いけない、いけない……っ! 頭を冷やせ、僕……っ!)


 頭では、これが絶対に許されない不謹慎な行為であることは痛いほど分かっている。


 僕はお兄ちゃんだ。

 僕のために、危険を顧みずに暗闇の先頭を進んでくれている、最愛の妹の背中を見守る義務がある。


 けれど、手を伸ばせば簡単に指が沈み込んでしまいそうなほどの、暴力的光景が、僕の理性をジリジリと、確実に削り取っていく。


 だめだ! こんな極限状態のデスゲームの最中に、実の妹の身体を見ていかがわしい妄想に耽るなんて、人間として最低すぎるだろう!


 この世界のどこに、いつ命を落とすか分からない坑道の狭い道を四つん這いで進んでいる最中、目の前を行く異性のお尻に欲情する大馬鹿野郎がいるというんだ!


(他のことを考えるんだ……! 魔王の効率的な倒し方、楽してお金を稼ぐ方法、宇宙の真理……!)


 僕は必死になって脳内に全く関係のない数式や世界情勢を並べ立て、目の前の桃色の誘惑から意識を逸らそうと奮闘した。


 ――そのせいで。

 僕は、自分のすぐ背後から音もなく迫りつつあった、不穏な気配に、まるで気が付くことができなかったのだ。


(ハァ、ハァ……目の前に、お兄様のお尻が……っ)


 僕の後ろを進むギンカは、暗闇の中で目を光らせ、息を荒くしていた。

 彼女の獣耳が、歓喜に震えるようにピンと直立する。


(クンクン……クンクンクンクンッ……!!)


(ああっ……! なんと香わしい、お兄様の極上のスメル……っ! 濃厚なフェロモンが溢れ出ていますわ……! この狭くて暗い状況なら、多少大胆なことをしたって、絶対にバレるはずがありませんわね。……ふふ、もう少し近くで――)


 ――つぅ。


「ひゃあああああぁぁぁっっ!?!?!?」


 突如、僕のお尻の敏感な部分を、さらりと、なにかが撫でた。


 あまりのくすぐったさに、僕自身ですら聞いたこともないような裏返った悲鳴を上げてしまった。

 身体がびくりと跳ね上がり、反射的に前方へと強烈に突っ込んでしまう。


 ――ボフッ!!!


「ひゃあっ!? っ、ちょっと、お兄!? いくらあたしのお尻が可愛いからって、後ろから突っ込んでこないでよ! 欲情するなら外に出てからにして!」


「違う! いや、違わないっていうか、確かにカレンのお尻は可愛くて柔らかかったけど、そうじゃなくて! 今の突撃は僕の意志じゃないんだ! ギンカが僕のお尻が可愛いからって、いたずらするからびっくりして……っ!」


 顔面をカレンのお尻に埋もれさせた状態のまま、僕は必死になって首を振り、後ろの犯人を指差して弁明した。

 顔にカレンの温もりが残っていて、頭がおかしくなりそうだ。


「ち、違いますわお兄様! 心外ですの! 今のはその、悪気があって触ったわけではなく……そうです、お兄様の健康状態をチェックしただけですの! 犬同士が挨拶の時にお互いのお尻の匂いを嗅ぎ合ったり、触れ合ったりする、あの由緒正しい挨拶的なあれですわ!」


「普段は『犬』って言われると『獣人差別ですわ!』ってギャーギャー騒ぎ立てるくせに、自分の都合が悪い時だけ『私は犬ですゥ』!? そんなふざけた言い訳が通じるわけないでしょうが!!」


「お、お黙りなさいバカトカゲ! そのうるさい口ごと凍らせて差し上げてもよくってよ!」


「上等じゃない、この変態クソ犬! ここを出たらその自慢の鼻を、本物の野良犬みたいに真っ黒に焦げ付かせてやるわ!」


 背後では、言い訳を拒絶されたギンカが、なぜかどさくさに紛れて僕のお尻をねっとりと撫で回し続けている。


 そのギンカの手の圧力にぐいぐいと押される形で、前方のカレンのお尻から物理的に顔を離すことができなくなっている僕。


 狭くて暗い一本道の中で、僕たちの状況は、まさに混沌を極めていた。

 色んな意味で、僕の精神とライフはもうゼロに近い。


「って、あれ!? 前のほうに、薄っすらと明かりが見えない!?」


 暗闇に目が慣れていたせいか、前方の通路の突き当たりから、かすかに白っぽい光が差し込んでいるのが見えた。

 出口だ。ようやくこの狭い地獄から抜け出せる。


「ひゃあ!? ちょっとお兄、くすぐったいから、顔を離してから喋ってよ!」


「だから、離したいんだけど! 後ろからギンカが僕を押してくるし、カレンが前に進まないからだよ!」


 早くここを出たい!

 色んな意味でしんどすぎる!


 僕たちは半ばヤケクソになりながら、芋虫のような猛烈なスピードで四つん這いのまま前進し、光の差し込む出口へと突っ込んだ。


「ふぅ……っ! やっと、抜けられ――」


 先頭のカレンが、狭い通路の出口から、光の広がる空間へとその顔を出した、まさにその瞬間だった。


「――他者の領域への侵入というものは、もう少し静かに行うべきだ」


 地響きを伴うような、重厚な。

 硬い鉄と鉄を力任せに擦り合わせたかのような、感情の読み取れない男の声が、広間に重々しく響き渡った。


 その圧倒的な威圧感に、僕たちの身体は一瞬で硬直する。


「……あたしもそう思う」


 出口から半身を出した姿勢のまま、カレンが深い、深い諦めの混ざったため息をつきながら、ポツリとそう呟いたのだった。

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