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 “伝説の勇者”

第31話です。


前回、紙を見つけたお兄ちゃん。


今回は、行先の決定から。

「坑道に向かいます」


 ギンカにしこたま怒られた後、ようやく僕たちは今後の指針を決めるための作戦会議へと移行していた。


 開かれたのは、ギンカが胸元から取り出した清潔な地図。


 ちなみに、魔王の喧しい声で、しつこいくらいにアナウンスされていたらしい。


 だが、そんな記憶は一切なかった。

 なにしろ、あれよあれよと、バタバタと生き残るために必死だったのだ。初期装備の存在すら忘れるのは、ある意味で不可抗力だと思う。


「坑道? なんでわざわざそんな、ジメジメして動きづらそうな場所に向かうの?」


 カレンが地図を覗き込む。


 狭く、暗く、そして複雑に入り組んだ地底の迷宮。

 確かに他人の目を欺いて一時的に逃げ隠れるには適しているかもしれないが、もしも奥まった場所に籠城している最中にエリアの「縮小」が始まったら、おしまいだ。

 退路を断たれ、あの白い嵐から逃げ遅れる危険性が跳ね上がる。


「僕もカレンと同意見かな。あまり良い考えとは思えないっていうか……」


 僕がそう言うと、カレンは「ほら、お兄もこう言ってるし!」とドヤ顔を浮かべつつも、「でも、あんたのことだから何か裏があるんでしょ?」と言わんばかりに、視線でギンカに続きを促した。


「当然、明確な理由がありますわ。……いいですか、お兄様。この島には現在、私たちを除いて、四つの強大な力が存在していますの」


 四つの、強大な力。

 僕とカレンは自然と息を呑み、ギンカの話に静かに耳を傾けた。


「――【王の槌】“執行ノ勇者”グラント」


 その名が示す通り、王様直属の勇者であり、国が持てる技術の粋を集めて作った最新鋭の装備を身に纏っているという。能力の詳細は未だに不明。


 彼の任務は他の勇者たちのそれとは大きく異なっていた。

 彼の目的は『魔王』の討伐ではなく、最初から『勇者』の討伐なのだ。


「王様に反旗を翻す者、法を侵す者。道を外れた勇者に冷酷な裁きを下すことこそが、彼の役割ですわ」


「あ、その人なら僕、見たことある! 玉座の脇に控えてた人だ! なんか、かっこいい角みたいなのが生えたフルプレートの鎧を装備してた!」


「鎧に角なんか生えてて、何かいいことあるの? あたしは一目見た瞬間に『だっさ!』って思ってたけど」


 同じ環境で育った兄妹でさえ、ここまで価値観が違うのだ。もしかしたら、世界から戦いはなくならないのかもしれない。


「――【竜狩り】“嵐ノ勇者”ゼナ」


 単身で、一国を滅ぼしかねない凶悪な竜を討ち取ったことから、その二つ名で呼ばれる高名な勇者。

 天候さえも変えてしまう程の、雷の力を持ち、身の丈を超える巨大な槍を振るうという。


 “伝説の勇者”の一人。


「あたしだって本気を出せば、一人で竜の一匹くらい丸焼きにできるけど。なんでそのおっさんだけ、そんなに世間から贔屓されてチヤホヤされてるわけ?」


 カレンが、自分の「火竜の能力」としてのプライドを刺激されたのか、指先からパチパチと火花を散らせて不機嫌そうに唇を尖らせる。


「……いや、ほら。ゼナさんが狩ったのは、なんかすごく強い竜だったんじゃないか? 千年以上生きてて、山を一つ丸ごと飲み込むくらい巨大なやつとかさ」


「出た、お兄のそれ! 長生きしてる=強いっていう、典型的な老害理論! 気力も体力もある若い子の方が、絶対強いに決まってるのに!」


 一理ある……のか? でも戦いには経験も必要だし……。なんとも言えないところではある。


「――【史上最強】“流星ノ勇者”」


 ギンカが、その名前を口にした瞬間、作戦会議の場の空気が、一気に引き締まった。


 本名、力の詳細、すべてが不明。

 夜空を埋め尽くすほどの無数の光の剣を展開して自在に操り、重力を無視して空を光速で駆ける姿が、多くの勇者たちによって目撃されている。

 名実ともに、最強の勇者。


 “伝説の勇者”の一人。


「ねぇお兄、伝説の勇者ってどうやったらなれるのかな? やっぱり何か、もの凄い勲章とかあるのかな」


「『なる』ものじゃなくて、『なってる』ものなのかもな――」


「うざっ!」


 僕たちもこの戦いを越え、そして、伝説へ――。


「――【安らぎの聖女】“揺り籠ノ勇者”エリシア」


 彼女の持つ権能は、あらゆる者に絶対的な「甘い眠り」を与える力。

 どれほど精神を研ぎ澄ませた強者であろうとも、病み、傷つき、眠れぬ夜を過ごす者たちであろうとも、等しく強制的な安らぎ(睡眠)を齎す。


 そして彼女こそが、現在、僕たちが目指そうとしている「坑道」の奥深くに、ひっそりと身を潜めているのだという。


「ん? なんか聞く限りだと、性格がネジ曲がってなさそうだけど……。それとも猫を被って本性を隠してるとか?」


「いいえ。彼女は自らの力を使って、見返りも求めず多くの難民や病人を救ってきた、本物の、真の聖人ですの。私たちが誠意を持って対話を望めば、話にならない、というような最悪の事態にはならないはずですわ」


 眠り。

 それは、どんなに強い者であっても、生きている限り決して避けることのできない、最も無防備となる瞬間だ。

 それを、自らの意志とは関係なく「強制的に与える」のだとすれば、戦闘面においては、ある意味で流星の光の剣よりも恐ろしい、凶悪な能力とも言える。


「……というかさ。あんた、なんでそんなに他の勇者たちの情勢や内情に詳しいわけ? どっからそんな情報仕入れてきたのよ」


 カレンが、どこか疑り深い目をギンカに向ける。

 確かにその通りだ。僕たちは生き残るだけで必死だったのに、ギンカの情報網はあまりにも完璧すぎる。


 僕の疑問に対して、ギンカはふっと妖艶な笑みを浮かべると、あろうことか、僕の目の前でその豊かな胸元をぎゅっと両腕で押し潰すようにして、見せつけてきた。


「お兄様を追う中で、道中で遭遇した他の勇者たちからついでに情報を集めていましたの。……殿方という生き物は、本当に単純ですわ。こうして、少しだけ上目遣いでおねだりして差し上げれば、こちらが頼んでもいないことまで、べらべらと、悦んで自慢気に話してくれましたわ。……ね、お兄様?」


 どくん、と僕の心臓が大きな音を立てた。

 目の前に差し出された、吸い込まれそう……吸い込まれたい圧倒的で濃厚な桃色の谷間。


 甘ったるい声で、こんな風に至近距離で見つめられてしまえば、男なら誰だって正気を失ってしまう。

 なるほど。彼女に情報を横流しした男たちの気持ちが、痛いほどによく分かった。

 もし僕が同じことをされたら、うっかり自分の貯金の隠し場所や、実家の裏庭に埋めてある黒歴史の日記の場所まで白状してしまうかもしれない。


「オ、オッホン! ま、まあ、なんだかんだ言っても、みんな勇者だからさ! 状況が状況だし、お互いに情報交換をして助け合いたいっていう気持ちが、心のどこかにあるんだよ、きっと!」


 実際、他人に微塵も興味のないカレンでさえ、どこからか流星の情報を聞いてきた。

 他の勇者の間では、そういった情報のやり取りが、当たり前に行われているのかもしれない。


「でもさ、この四大勢力の中だったら、やっぱりグラントさんが一番常識人っぽくて、話が通じそうじゃない? 王様直属なわけだし」


「……彼に関しては、あまり良くない噂を耳にしましたの。むしろ、誰よりもこの残虐な殺し合いを“熱心”に、取り組んでいるとか」


「対勇者のエキスパートだし、後回しの方がいいかもね。スケベそうな顔してたし」


 僕にはいかにも「真面目で堅物!」っていう風に見えたグラントさんだったけれど、男と女で、露骨に態度が違ったりするのだろうか……。

 だとしたら、近づかない方が身のためかもしれない。


「嵐の勇者に関しては、あの流星の勇者が現れるまでは、この世界で名実ともに『最強の勇者』と言われていた傑物らしいですわね。今でも、どちらが本当に強いかは、国中の冒険者の間でも意見が真っ二つに割れるそうですけれど」


「そいつも実力的に後回し。流星と嵐で勝手に潰し合ってくれると、あたしたちとしては一番楽だしね」


 カレンの言う通り、一番の理想は、流星と嵐が正面から激突して共倒れしてくれることだ。

 最強の座を賭けたプライドの戦い、とか、現実的に十分にあり得そうな展開だし、そこは高みの見物を決め込むのが軍師としての正しい選択だろう。


「となると、やっぱりギンカの言う通り……」


「ええ。こちらから接触を図るなら、対話の余地があり、居場所も割れている揺り籠の勇者、ですが……実は、懸念が一つありますの」


「「懸念……?」」


 僕とカレンの声が重なる。

 ギンカは地図の坑道の入り口にあたる部分を、白銀の爪でトントンと叩いた。


「暗く深い坑道には、そこを自らの縄張りとして守護する、恐るべき化物が潜んでいるそうですわ。……それの眠りを妨げた者は、誰一人として、決して生きては出られない」


「「…………」」


 ごくり、と喉を鳴らす僕たちに、ギンカは冷徹極まりないトーンで、最後の勢力の名を告げた。


「――【鏖魔(おうま)】“鉄棺(てっかん)ノ勇者”レド。彼もまた、流星、嵐と並び称される、“伝説の勇者”の一人ですわ」



 何も感じないはずの体が、ほんの僅かな、大気のざわつきを敏感に捉えていた。


 地底深くの、光すら届かない暗黒の坑道。

 自らの意識を泥のように深く沈めていく、極上の安らぎ(眠り)に引かれながらも、重い鉄の軋みを立てて、ゆっくりと身を起こした。


「……良い夢は、見られましたか? レドさん」


 暗い坑道の中に、ぽつりと灯る、一筋の柔らかな光。

 “揺り籠ノ勇者”エリシアが、我が子を慈しむような聖母の微笑みを湛えて、静かに座っていた。


「いいや。長らく会っていない古い旧友と、再会を果たす夢だ」


「あら、素敵な夢ではないですか。きっと、夜通しで昔の無茶を懐かしみ、積もる思い出を語らい合って、賑やかに朝を迎えるのでしょうね」


「私と奴の関係は、言葉を交わしているより、お互いの武器を叩きつけ合っている時間の方が、ずっと長かった。……君が、私に質の悪い意地悪(悪夢)を仕掛けたのかと思ったよ」


「ふふ、私の眠りは、決して悪夢を見せません。……それは、あなたが自らの心の奥底で、その方との戦いを望んでいるのですよ。伝説の勇者さん」


 エリシアの言葉に、自らの掌をじっと見つめた。


 幾千の戦場を渡り歩き、数多の返り血と傷に塗れた、無骨な鋼鉄の指。

 そして自らの傍らに立てかけられた、時の流れによってすっかり赤黒く錆びついてしまった、巨大な剣。


「昔の話さ。……今ではもう、奴の相手にならないだろうな」


 錆びついた大剣の柄を握りしめ、ゆっくりと持ち上げた。

 感覚を失い、物理的な重みを感じられないはずの体だが、ずしりと響く。


「……行くのですか?」


「ああ。どうやら――」


 魂がざわついている。

 これは、かつて「鏖魔」と呼ばれ、あらゆる戦場を蹂躙し、その身にこびりついた闘争の経験だけが告げる、確かな、そして絶対的な予感。


「ずいぶんと、賑やかな日になりそうだ」


 大剣を肩に担ぎ、暗黒の坑道の入り口へと向かって、一歩、重い足音を響かせた。

 誰が来ようと、関係ない。


 私は守る。

 この、行き場を失った弱き者たちが集う聖域を。



「あ、そういえばさ、ギンカ。僕の地図なんだけどね。一応、僕なりの戦術的な考察とか、逃走経路のメモなんかを余白にびっしりと書き込んでおいたから、これからの――」


「捨てなさい」


「え? でも――」


「捨てなさい」


「……はい」


 お尻を拭いて大惨事になっている地図は、僕の華麗なる“天才知将軍師”となる計画とともに、カレンの放った紅蓮の炎によって、一瞬にしてこの世界から跡形もなく燃え尽き、灰となったのだった。

第31話お読みいただきありがとうございました。


次回、坑道は狭いよ。


活動の、もの凄い励みになりますので、高評価やブックマーク、アドバイスや感想を是非是非よろしくお願いします。 

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