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「「あなた(あんた)を殺す」」

第29話です。


前回、ぶりぶりなお兄ちゃん。


今回は、妹同士の話です。

 ガサガサと音を立てて、目の前の鬱蒼とした茂みが激しく揺れる。

 お兄様が、脂汗を流しながら猛烈な速度で闇の中へと突進していった。

 やがて、その足音も完全に遠ざかり、辺りには再び、静かな夜の森の静寂が訪れる。


「……お兄様、キノコを口にしてから、随分と様子がおかしいですわね。脳の回路まで菌類に侵食されてしまったのかしら」


「違うよ。あたしたちが暗い雰囲気にならないように、わざとバカなフリをして色々考えて、空気を和ませようとしてくれてるんだよ。多分。お兄なりに、ね」


 カレンが膝を抱え込んだまま、地面に視線を落としてポツリと呟いた。

 その言葉に、私は声には出さず、けれど確かな同意を胸の奥で噛み締める。


 実際、お兄様の不器用な気遣いがなければ、私とこのバカトカゲの関係など、一秒たりとも成立するはずがない。

 良くて、言葉すら交わさずに背を向け合うのが関の山だろう。


「ふふっ……。本当にどこまでも健気で、愛おしい方ですわね、あの方は」


 そのひたむきな姿を思い浮かべるだけで、私の胸の奥が、切なく、そして甘く疼き始める。

 

 だが、いつまでもその余韻に浸っているわけにはいかない。

 お兄様が尊厳を懸けて戦っている今こそが、残された私たち二人にとって、極めて重要な『対話』の時間なのだから。


 私はすっと表情を冷徹な氷のそれへと戻し、隣で小さくなっている紅蓮の勇者へと視線を移した。


「それで? 私に何か、言いたいことでもあるのではないかしら」


「……実際さ。勝てると思う? あたしたち二人で力を合わせたとして……あの、化け物に」


 カレンが、膝に顔を埋めたまま、酷く重く、湿った声を漏らした。

 その声が指す対象が誰であるかなど、わざわざ確認するまでもない。


 ――“流星ノ勇者”。


 神の顕現、天罰の代行者、触れるものすべてを光速で消滅させる、絶対的な最強。

 耳に入ってくるのは、どれもこれも尾ひれがついた大袈裟な噂ばかり。けれど、まともな対策を立てられるような具体的な情報は、何一つとして存在しない。


 確かなことは、今の私一人では絶対に敵わない、ということくらいだった。


「やってみないことには、何とも言えませんわ。……ですが、お兄様の前でああ言っておけば、無茶はしないでしょう?」


「……うん。それは、そうだね」


「お兄様を、この残酷で醜悪な殺し合いのゲームから、何が何でも守り抜く。……それこそが、私とあなたが結んだ、唯一の『休戦協定』のはずですわ」


 そのために、私は先ほどお兄様を過剰に誘惑し、カレンを限界まで挑発して、その実力を測ったのだ。

 結果としての戦闘能力は、十分に合格点。


 悔しいけれど、この火力バカと、私の氷を完璧に噛み合わせることができれば、あるいは、あの流星にすら届くかもしれない。


「ねぇ、クソ犬」


「まだ何か? バカトカゲさん」


「……ありがと。さっき、助けてくれて」


 カレンは膝を抱えたまま、消え入りそうな、蚊の鳴くような声で呟いた。

 まさか、プライドの塊のようなこの少女が、私に向かって明確な「礼」を口にするとは。


 それほどまでに、先ほどの窮地は、彼女の心にとって、絶望的なトラウマになっていたのだろう。


「……ふん、勘違いなさらないでくださいまし。私はあなたを助けたわけではなく、お兄様を助けたまでですわ。そんなの、当然のことですの」


「ふふ、そう言うと思った」


 カレンが、膝の間から少しだけ顔を覗かせ、小さく自嘲気味に笑った。

 その表情には、先ほどまでの刺々しい敵意は、綺麗に消え失せている。


「……まぁ、こうして共に行動すると決めたからには、戦いの中でほんの少しだけなら、フォローして差し上げてもよろしいですわよ?」


「お互いにね。本当に不本意だし、ムカつくけど……でも、そうしないと」


「「お兄(様)が、悲しむから」」


 重なる声。

 月明かりの下で、二人の少女の視線が、真っ向から静かにぶつかり合う。


 お互いに、これ以上ないほど不快そうな表情を浮かべ、同時にフン! と不機嫌そうに顔を背けた。

 ……けれど、今二人の胸の中を占めるこの奇妙な不快感こそが、今の私たちを繋ぐ、『信頼』の証でもあった。


「……私からも一つ、言っておきますわ」


「何? また文句?」


「いいえ。文句ならそれこそ山ほど、明日の朝まで語り明かせるほどありますが……これは、今のうちに確認しておかなければなりませんの」


 私は、自らの腰にある白銀の和剣の柄を、白い指先でそっとなぞった。

 金属の冷たい感触が、私の思考をどこまでもクリアに研ぎ澄ましていく。


「確認?」


「もしも……万が一、私たちが完璧に協力して、あの流星を“倒した”場合の話ですわ」


 カレンの肩が、ピクリと小さく跳ね上がった。

 共通の巨大な敵がいなくなった時、この島のシステムは、本来の残酷な姿を取り戻すことになる。


「このゲームで生き残れる勇者は……一人だけ」


 カレンは、自らの左手の手甲を、ギチリ……と音を立てて強く握りしめた。

 その内に宿る火竜の熱を確かめるように。


「その時が来たら、私は――」


「「あなた(あんた)を殺す」」


 再び、二人の声が完璧に重なった。


 そこには、一ミリの迷いも、躊躇いも存在しなかった。

 ただ純粋な、極大の殺気だけが、研ぎ澄まされた氷の刃のように、静かな夜の森へと響き渡る。


 だが不思議と、お互いにその言葉を「不快」には感じていなかった。


「結構ですわ。精々、その時が来るまでに、私に一太刀浴びせられるくらいには、腕を磨いておきなさいな」


 そして、その絶対の約束を交わした、まさにその直後だった。


「うわあああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーッッッッッッ!!!!!」


 茂みの奥から、この世の終わりを告げるような、お兄様の悲痛極まりない絶叫が響き渡った。


「「お兄(様)!?」」


 二人は弾かれたように立ち上がり、声がした方角――愛する兄の元へと、凄まじい速度で駆け出した。

第29話お読みいただきありがとうございました。


次回、軍師誕生?


活動の、もの凄い励みになりますので、高評価やブックマーク、アドバイスや感想を是非是非よろしくお願いします。 

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