――やめてっ!!
第24話です。
前回、説得に失敗なお兄ちゃん。
今回は、勝利?から。
「勝ってるっつーの、バーカ」
鼓膜に届いたのは、冷徹極まりない少女の宣告だった。
――ああ、なるほど。
紅蓮の一閃。カレン。
彼女は我々の言葉を最後まで聴くことすら拒絶し、文字通り淡々と、容赦なく我々の首を刎ね落としたのだ。
「勘違いしてるのはあんたでしょ。ドブネズミ」
「……ごめん、カレン。ここまで、あいつと僕たちの間で、考え方に違いがあるとは思わなかった」
「いいよ、お兄。あたしはお兄に対しては世界一寛大だから、そんなことで怒ったりしない。でも、これでお兄もハッキリと分かったでしょ? 厄介な勇者ほど、例外なく頭がおかしいって」
「そうだっ、かっ――!」
「そうですね。我々から見ても、お二人は相当に頭がおかしいですよ」
切り離された腕の断面から、新たな我々の「個」が急速に肥大化し、肉体の主導権を瞬時に右腕の残骸へと移行させ、再生させたのだ。
新たな肉体を再生し、新たな腕は一瞬にして巨大な大蛇のような触手へと姿を変えた。
それは油断しきっていたリンの背後から襲いかかり、彼の細い首へと容赦なく巻き付いた。
ギチギチギチ、と音を立ててリンの身体が宙へと吊り上げられる。
「がっ!? あ、カ、れ――っ」
「お兄っ!?」
カレンが驚愕に目を見開き、弾かれたように振り返る。
その隙に、首を刎ねられて地面に転がっていた我々の元の頭部は、形を保てなくなってドロドロと崩れ落ち、ただの緑色の粘液へと姿を変えて湖へと流れ込んでいった。
「お兄から離れろ、泥団子ォ!!」
カレンの瞳に、瞬時に狂気的な怒りが再燃した。
彼女は地を蹴り、再び紅蓮の一閃を放つ。
その刃は、リンの首を絞め上げている我々の過剰再生された腕を、正確に、そして跡形もなく切断した――はずだった。
バシャァン、と激しい水音が響く。
けれど、手応えはない。
彼女の剣が通り過ぎた直後、切断されたはずの緑色の水流は、何事もなかったかのように瞬時に結合し、元の形へと修復されていく。
「無駄ですよ。流れる川を、いくら鋭い鉄の剣で断とうとしたところで、水は一瞬で交わり、元に戻る。それと同じことです」
「だったら――!!」
カレンは大きく息を吸い込んだ。
剣が効かないのなら、再生が追いつかないほどの超高熱の業火で、我々の肉体を焼き尽くし、蒸発させるつもりなのだろう。
短絡的だ。あまりにも、思慮が浅すぎる。
「お止めなさい。そんなことをすれば、我々の肉体を伝うその凄まじい熱量が、君の最も愛するお兄さんの皮膚を焼き、肉を溶かし、その命を内側から消し炭にすることになりますよ?」
「――っ!?」
カレンの動きが、ピタリと止まった。
熱伝導。ごくシンプルな物理法則だ。
我々の腕は今、リンの首に寸分の隙間もなく密着している。
我々を焼けば、その熱はそのままリンへと100%伝わる。
カレンの口元から漏れ出しかけていた紅蓮の炎が、行き場を失ってプスンと虚しく煙を上げ、空を焦がすだけに終わった。
「……泥、団子……っ!!」
カレンの顔が、怒りと焦燥、そして絶望でぐしゃぐしゃに歪む。
彼女の指先が、カタカタと情けなく震えていた。
「ようやく理解できましたか? 君たちは完全に“負け”たのですよ」
物理的な切断は、流動する水の性質によって即座に無効化され、再生する。
最大の武器である炎による超広範囲攻撃は、最愛の兄を巻き込む人質作戦によって完全に封殺された。
最強の力を持ちながら、一歩も動くことができない。
これ以上ないほどの、完璧な手詰まりだ。
「カ、レン……っ。に、げ……っ!」
首を締め上げられ、顔を赤黒く充血させたリンが、掠れた声で必死にカレンへと叫ぶ。
我々は彼の首にさらに力を込めながら、カレンに向けて優雅に微笑みかけた。
「そうですね。お兄さんの言う通り、君は今のうちに一人で逃げなさい。我々は、わざわざ逃げる敗者を追いかけるほど、暇ではありませんから」
「その、臭い口を閉じろ……っ。さもないと、あんたを絶対に……っ!!」
カレンの放つ殺気は、すでにこの島全体を圧殺せんばかりの領域に達していた。
だが、どれだけ吠えようとも、その激情は今の我々にとっては、ただの空虚で心地よいノイズに過ぎない。
牙を抜かれた竜など、トカゲも同然だ。
「どうします? 君に何ができるというのです? 聡明なお兄さんの賢明な判断に、知恵の足りない愚かな妹は、大人しく従いなさい」
それでも、カレンが動く気配はなかった。
いや、動けないのだ。
彼女の脳内では今、大切な兄を傷つけずに我々だけを排除する数億通りの戦闘シミュレーションが、超高速で走っているのだろう。
けれど、そのどれを試しても、結末は「兄の死」へと行き着く。
「ならば、そこで特等席から指を咥えて見ていなさい。我々と彼が、真の意味で一つに溶け合う、その神聖な瞬間を!」
リンの首に巻き付いた我々の腕。
その境界線が、ドロドロと熱を帯びて融解し始める。
皮膚と皮膚が溶け合い、毛穴を通じて我々の緑色の粘液が、ジワジワとリンの体内へと侵入を開始する。
彼の「個」を破壊し、我々の一部として塗り替えていく。
「あ、ガ、あぁぁぁぁぁっっ!?」
リンが苦悶の悲鳴を上げる。
彼の意識が、少しずつ濁っていくのが伝わってくる。
安心するといいですよ。
我々と一つになれば、金輪際、この島で傷付くことも、怯えることもない。
痛みも、不安も、死の恐怖さえも存在しない、永遠の楽園が、あなたを待っているのですから。
さあ、我々と、一つに――。
「――やめてっ!!」
突如、引き裂かれるような悲鳴が上がった。
それは、周囲を威圧していたあの狂暴な竜の咆哮ではなかった。
ただの、どこにでもいる無力な少女の、哀れで、惨めな、剥き出しの懇願。
「……お願い、やめて……っ。お兄を、あたしのお兄を、かえして……っ、おねがいだから……っ!!」
ポロポロと、カレンの瞳から大粒の涙が零れ落ち、地面の灰を濡らしていく。
彼女の瞳に宿っていた、世界を焼き尽くさんばかりの紅蓮の焔が、完全に消えていた。
――カレンの心が、完全に折れた。
その光景に、我々の脳内は大喝采に包まれる。
勝負は決した。
あとはゆっくりとこの少年を飲み込み、そして絶望した彼女を始末するのみ。
「――全く。何を遊んでいるのかしら? こんな有象無象を相手に」
――ッ!?
脳内の大歓声が、一瞬にして凍りついた。
――ヒュン、という。
風が鳴るよりも短い刹那。
鮮やかな“蒼い”一閃が、空間を裂いた。
我々の思考が、一瞬、完全に停止した。
リンと融合し、彼の体内へと侵入し始めていたはずの我々の腕が。
綺麗に両断され、地面へと力なく転がり落ちていた。
彼の身体が拘束から解き放たれ、地面へとドサリと倒れ込む。
早く再生しなければ。水を送り、断面を結合させ、再び少年を捕らえなければ。
そう思考し、湖から新たな水流を引き寄せようとした、が――。
「な……っ!? 動か、ない……っ!?」
地面に転がった腕の残骸も、我々の本体の断面も、ピクリとも動かなかった。
切り口が、完全に凍りついている。
それだけではない。流動し、結合しようとする我々の再生の力そのものが、芯までガチガチに結晶化され、完全にその機能を停止させられていた。
水という流体を、文字通りの「氷の牢獄」へと閉じ込める絶対の拒絶。
「なにを――」
言いかけるよりも早く。
再び、蒼い閃光が爆発した。
我々の視界が、今度は縦に、真っ二つへとズレていく。
凄まじい速度で放たれた第二撃が、我々の肉体そのものを、左右へと綺麗に斬り捨てたのだ。
「口を開くなと言っているのです、有象無象。ドブのような腐った悪臭がしますの」
凛とした、しかし氷点下の如く冷酷な声音が、静まり返った戦場に響き渡る。
立ち込めていた水蒸気を一瞬で凍らせてパキパキと霧散させながら、優雅に、かつ傲慢極まりない足取りで歩み寄ってくる、一つの影。
輝くような美しい銀色の髪。
頭頂部でピコピコと不快そうに揺れる、獣の耳。
東洋の異国伝来と思われる、洗練された白と蒼の衣服。
そしてその手には、抜身のまま青白い冷気を放つ、一振りの美しい和剣が握られていた。
間違いない。この圧倒的なまでの、絶対零度の暴力。
「“蒼月の勇者”……ッ!!」
我々の天敵。
流れる水を完全に静止させ、その再生の循環すらも無に帰す、最悪の相性を持った氷の権能。
「心配いりませんよ、ケラルト。言う通りです、ヘンリー」
分かっています。心配いりませんよ、同胞たち。
どれだけ凍らされようとも、我々が完全に滅びることはない。
想定外のノイズが混ざり込んだが、それもまた、この演奏会を彩るスパイスに過ぎない。
最後に勝つのは――我々だ。
第24話お読みいただきありがとうございました。
次回、蒼月ノ勇者。
活動の、もの凄い励みになりますので、高評価やブックマーク、アドバイスや感想を是非是非よろしくお願いします。




