お兄は多分、今頃一人で悶々と溜まった『熱』を冷ましている最中だ。
第2話です。
前回、氷の嵐から逃れるため、妹のカレンにお姫様抱っこされ、胸に顔を埋めていたお兄ちゃん。
今回は、お兄ちゃんを新たな拠点に残して周辺のお掃除に出かけた、カレンの脳内お世話シミュレーションからスタートです。
「よし、掃除終わり!」
崖を登った後、あたしとお兄は新たな拠点を探した。
以前の拠点は嵐に飲まれてしまったけれど、今回の場所は断然いい。
以前の“拠点と呼んでいた茂み”に比べて、少しくらいならお兄を一人にしても安心できる。
拠点周辺の偵察中、邪魔な勇者がうろついていたから、片付けたところだ。
けど、少し早くやりすぎてしまった。
「戻るには早すぎるかも……」
お兄は多分、今頃一人で悶々と溜まった『熱』を冷ましている最中だ。
お兄は昔から、どういうわけか事あるごとに一人になりたがる。
最愛の妹に隠れて、コソコソと。
これはもう、男の子特有のデトックスに違いない。
あたしは理解のある、できる妹だ。
戻るときにはわざとらしく大きな足音を立ててあげよう。
その「最中」に立ち会ってしまっても問題ない。何パターンかシミュレーションしてある。
やはり王道なのは、
『頬を染めつつ指の間から興味津々に凝視して、――て、手伝う? と上目遣いで尋ねる』
これか。
なし崩し的に、そのままあたしを代わりにしてくれてもいい。
効率的にもそれが一番お兄のためになる。
「いっそ、突撃するか?」
心身共に、お兄のすべてを受け止める準備はできている。あたしはもう子供じゃない。
胸やお尻はあまり大きくならなかったけれど、この「焔が宿る」と評される強い意志でお兄を包み込んであげられる。
「言ってくれれば、あたしが抜いてあげるのに……その、毒気とか、ストレスとか」
一人で溜め込むのは体に毒だ。あたしなら要領もいいし読み込みも早い。
お兄の望むことなら、どんな不慣れなお勤めだって完璧にこなしてみせる。
「……こっちから提案しちゃう?」
それはできない。やっぱり恥ずかしいし、お兄には自分から求めて欲しい。
複雑かつ難解な乙女心だけれど、お兄ならこの切実な「待機」に気づいてくれるはずだ。
「お、やった。収穫」
足元に転がっている勇者の残骸――もとい、元・勇者だったものから、袋に入った獣の干し肉を見つけた。生きていくための貴重な栄養源だ。
「お兄、お腹空かせてるかな。一仕事終えた後なら、なおさら」
喜ぶ顔が目に浮かび、あたしの頬が緩む。
さて、そろそろ戻ろうか。
あたしだけが愛でて、あたしだけが世話を焼く、最愛の兄の元へ。
名も知らない勇者の遺品を物色しながら、そんなことを考えていた。
「準備はいいか? “大岩”」
「いつでもいいぜ“鷹の目”。俺様は腹が減ってんだ」
私たちは今から“紅蓮ノ勇者”を襲撃する。
作戦は簡単だ。
このデカさと硬さだけが自慢の男“大岩ノ勇者”が紅蓮の足を止める。そこを私、“鷹の目ノ勇者”が必中の弓で撃つ。
極めてシンプルだが、最も勝算があると判断した。
これ以上複雑にすればこの男の脳がショートする。これが限界だ。
不確定な要因としては相手が、あの“紅蓮”だということ。
そして――“少女”であるということだ。
「先に言っておくが、変な気を起こすなよ」
「なんだぁ? 俺様が信用ならねぇってか?」
初めての共闘ではない。故に実力を信用していないわけではない。
だが、私はこの大男の過去を知っている。ここに来る前は山賊紛いのことをしていた。
何人かの手下を連れて、時に魔物を討伐し、時には人里を襲った。
気の良い性格から手下には慕われていたようだが、さながらそれは獣のようで。
気の良い、と言えば聞こえはいいが、実際には品性と知性に欠けているだけだ。
「それは“勇者”としての振る舞いか」と問われれば、私は首を縦に振れない。
「顔に書いてあるぜ鷹の目。俺様が犯っちまうんじゃねぇかってな」
「……否定はしない」
私の顔の大半は布で覆われているため、表情から読み取ったものではない。
すると、過去の経験からか。
「チッ。確かに俺様は自分勝手にやってきたが、それでも、一線だけは越えてねぇ。子供は食わねぇ主義ってやつだ」
大袈裟に舌打ちをして不機嫌そうに答えた。
おそらくその粗暴な見た目から、数々の誤解を受けてきたのだろう。
「すまない」
「まぁ気にはしてねぇ。慣れっこだ。悪いことをしてきたのは事実だしな」
彼は豪快な外見に似合わず、どこか遠い目をしてそう言った。
その目に、過去を悔いる色はない。
ただ、それが『俺様』という人間だと受け入れている、諦念の光だけがあった。
「なら、紅蓮はやめておくか?」
わざわざ彼女を標的にする理由はない。
空からの視界を得ることができる私の力が、たまたま一人で歩いている彼女を捉えただけだ。
見逃したとて、失うものは何もない。
「非情な奴だと思ったよ。あんたがあんな子供を始末することを持ちかけて来た時はな」
「……私は、とっくに君の言う“一線”を越えている」
大男の目が見開かれた。
こんなにもわかりやすい反応をする者は、私の人生にいなかった。
「あんた、ロリコ――」
「勘違いするな。手は出していない。私は勇者であったと同時に“暗殺者”でもあった。依頼された中に、彼女ほどの年齢の者もいた」
勇者としての振る舞い。
それならば、私の方がこの山賊より余程逸脱している。
だが、そうせざるを得なかった。
薄暗い路地裏、血と泥の匂い。この世界では、結局そこにしか私の身の置き所はなかったのだ。
「あんたも訳ありってか。なんとなく分かるがな。だからいかにも訳ありそうな俺様に声をかけたんだろ?」
「そうじゃなかったら、君のような粗暴な男に背中を預けるものか」
「ダッハッハ! あんたにそっくりそのまま返すぜ。俺様と同じ匂いがすると思った。だからこそあんたを信用したんだぜ」
大男が豪快に笑う。
似ても似つかない私たちだが、不思議と居心地は悪くない。
「……俺様は、これで最後にする」
「なにをだ?」
「悪いことだよ。この戦いが終わったら、綺麗さっぱり生まれ変わって、真っ当な勇者になる」
「…………」
かつては、私もそう思っていた時期があった。
暗殺から足を洗い、人々を助ける勇者になる。だが、そんな理想を追う日々は長くは続かなかった。
「だから鷹の目。あんたもそうしろ。この戦いが終わったら二人で最初っからやり直して、魔王を討つ旅に出るんだ。俺様が前衛、あんたが後衛でな」
「この戦いで生き残るのは、一人だけだったはずだが?」
「そこは上手いことなんとかなんだろ。こいつは勇者じゃなくてただの弓使いです、とかなんとか言ってな」
この粗暴な大男がなぜ手下に慕われていたのか。私はこの時、少しだけ理解した。
意識してのことではないだろうが、きっと救われていたのだ。
丁度、今の私と同じように。
「なら君も武道家を名乗るといい。その図体だ。誰も疑わない」
勇者たちは今、篩にかけられている。
だが、私たちのような訳ありにとって、これは人生をやり直す好機なのだ。
かつての憧れに、もう一度手を伸ばすための。
「そのために、目の前の“障害”を排除する。だろ? 鷹の目」
「相手は“あの”紅蓮だ。少女だからと油断するなよ。大岩」
この世界では――いや、違う。
身の置き所を決めたのは私自身だ。世界などでは決してない。
私は、私の身をもう一度置き直す。
そんな自分勝手な理由のために、うら若き少女を、紅蓮ノ勇者を殺すことにした。
第2話をお読みいただきありがとうございました!
キャラクターも世界観設定同様に、なんとなく読者さんが想像しやすい王道なものに。
次回、カレン vs 大岩&鷹の目
最強の妹に容赦ない奇襲が襲いかかります。
活動の、もの凄い励みになりますので、高評価やブックマーク、アドバイスや感想を是非是非よろしくお願いします。
本当です。こういった活動をしている人は、例外なく孤独なものなので非常にチョロいのです。




