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氷使いの方、申し訳ございません。

第17話です。


前回、ビンビンだったお兄ちゃん。


今回は、カレンと作戦会議。

 ぐぅ~~~~~~~~~~~~……。


 静寂に包まれた朝の茂みの中に、驚くほど間の抜けた、そして盛大な音が響き渡った。

 音の発生源は、他でもない僕の腹だ。


「ふふっ。お腹すいた?」


 隣で体育座りをしていたカレンにクスクスと笑われてしまった。


 けれど、無理もない。

 色々とバタバタが重なって、まともに食べられていなかったのだから。


「お兄。――はい、これ」


 そう言って彼女が戦闘衣の懐から取り出したのは、ずっしりとした小ぶりの皮袋だった。

 紐が解かれると、中から現れたのは、ギュッと旨味が凝縮されていそうな『干し肉』の束。


「おぉぉ……! 食べ物だ! 妹の慈悲! 女神の恵み……!」


「えへへ、お兄のために用意しておいたんだ。 ――はい、あーん」


 カレンは干し肉を小さな指先で器用につまむと、僕の口元へと突き出してきた。

 その瞳はスリットのように細められ、まるで可愛いペットを餌付けして楽しむかのような、極上の愉悦に満ちている。


「おほん……っ! 妹よ、気持ちは非常に嬉しい。だが、僕は『お兄ちゃん』だ。妹の前で、巣の中で口を開けて餌を待つ雛鳥のような情けない真似ができるわけがない! あーんは必要ない、自分で食べる。 ……というか、カレンはちゃんと食べたのか?」


「あたしはいいの。お腹すいてないし。だから――ほら、余計なこと言わないで、あーん」


「いや、だからあーんは――」


「あーん、しないなら、あげなーい」


 ひょい、と。

 僕が手を伸ばそうとした瞬間、カレンは干し肉を意地悪く後ろへ引っ込めてしまった。

 上目遣いで僕を見つめる彼女の瞳には、「お兄が折れるのを待っている」という絶対的な確信の光が宿っている。

 僕の限界に近い空腹っぷりを、完全に楽しんでやがるな、この妹……。


 だが、僕にだって兄としての譲れない“矜持”があるのだ!

 いくらお腹が空いているからって、妹の甘い誘惑に簡単に屈するような、そんな安いお兄ちゃんではないのだ……!


「…………あーん」


「ん、よくできました! えらいえらい」


 パクリ。


 兄の矜持は、哀れにも二度目の腹の虫の咆哮によって粉々に粉砕された。

 口の中に放り込まれた干し肉は、かなり塩気が強く、そしてゴムのように硬かった。けれど、今の僕にとってはどんな料理よりもご馳走だ。

 噛みしめるたびに、凝縮されていた肉の旨味がじわりと染み出していく。


 誤解しないでほしい。僕は決して、圧倒的な空腹に負けて妹の軍門に降ったわけではない。

 これは兄として、健気に僕を看病してくれた妹の『可愛いお遊び』に、大人の余裕を持って付き合ってあげただけなのだ。


「美味しい? お兄」


 カレンは僕がもぐもぐと必死に肉を咀嚼する様子を、本当に愛おしそうに、まるで聖母のような微笑みを浮かべて見つめていた。


「うん、美味しいよ」


「本当? どれどれ、あたしもちょっと食べてみようかな」


 カレンも自分の分の干し肉を取り出し、小さな前歯で小さく齧り取った。

 しばし咀嚼していた彼女は、うーん、と小さく眉をひそめる。


「んー……。美味しいことは美味しいけど、やっぱりちょっと冷えてるし、ぽそぽそしてて硬いね」


「仕方ないよ。この環境で、まともな食料が食べられるだけで幸せだ」


「あ、そうだ! いいこと思いついた!」


 カレンは悪戯っぽく笑うと、干し肉の入った皮袋の中に、躊躇なくその白く細い手を突っ込んだ。


「――弱火・灰滅!」


 ボウッッ!!!


 皮袋の隙間から、一瞬だけ鮮やかな朱色の火花が吹き荒れた。

 と同時に、香ばしくてたまらない焼き肉の匂いが、じゅわじゅわという心地よい音と共に漂ってくる。

 カレンは満足げに、袋の中からホカホカと湯気を立てている干し肉を取り出した。


「よし、これで温まったよ! はい、お兄、もう一回あーん!」


「パクっ。……あっふ!? あふいあふい! ハッフ、ハッフ!」


「あれ? 大分加減したんだけど熱すぎた?」


 カレンは指先についた油をペロッとなめながら首を傾げた。


 彼女が持つ『火』の能力。

 すべてを灰にする圧倒的な暴力の力だが、こうして極限のサバイバル状況においては、これほど頼もしく強力な力はない。

 明かりになり、暖房になり、調理もできる。まさに万能だ。


 それに対して、この島全体を不気味に包み込んでいる、あの魔王の“氷”の結界。

 生命の活動を強制的に停止させ、世界を削り取るあの冷気は、まさに万物の死を望む魔王らしい能力だと言えた。


「どうしたの、お兄? 難しい顔して。焦げ焦げだった?」


「いや、肉は美味いよ。そうじゃなくて……魔王のことを考えてたんだ。本当にとんでもない力だなって」


「うん、本当だよね。大体、氷使いなんて世界中どこを探したって、性格がひん曲がった悪い奴しかいないんだよ」


「……カレン、それはちょっと、主語が大きすぎやしないかい?」


 氷使い、という言葉を聞いて、僕の脳裏に一つの美麗な、けれどどこか冷酷なシルエットがよぎった。


「そんなことない! 氷属性は全員漏れなく根暗で陰湿! 執念深くて、おまけにブス!!」


「氷使いの方、申し訳ございません……」


 会ったこともない全国の氷使いに対する、凄まじいまでの偏見と毒舌である。

 どうやらカレンにとって、氷属性というジャンルそのものが触れてはいけない地雷原のようだ。これ以上この話題を掘り下げるのは命に関わる。僕はそっと考えるのをやめた。


 水を飲んで口の中の塩気を流し込むと、僕は改めて、カレンのまっすぐな瞳を見つめた。


「……よし。お腹も膨らんだことだし、カレン。これから、どうする?」


「んー。お兄はどうしたい? あたしは正直、これからのことなんてあんまり考えてなかったな。あたしは、お兄と一緒にいられればいいし」


 カレンは事も無げに言った。

 相変わらずの、僕に対するブレない愛情。けれど、その言葉を聞いて、僕は少しだけドヤ顔を作り、胸を張ってみせた。


「ふふん、実はね、カレン。不肖このお兄ちゃん、このクソみたいな殺し合いゲームを完全に覆す、必勝法を思いついてしまったんだよ。知りたい? 知りたいよね?」


「……お兄のことは愛してるけど一回だけグーで殴っていい?」


「僕もカレンのことを心から愛しているので、速やかに真面目にお話しさせていただきます」


 カレンの拳に一瞬だけ炎が宿った気がしたので、僕は慌てて居住まいを正した。

 コホン、とわざとらしい咳払いを一つ挟み、自信満々に切り出す。


「ノーマンさんが言っていたことをヒントにしたんだ。他の勇者たちに会って、僕に力を『継承』するように説得するんだよ。僕の継承の能力を使えば、相手の勇者の資格を剥奪して、ただの一般人に戻すことができる。魔王は『一般人は不要だから帰す』と言った。つまり、全ての勇者の力を僕が継承していけば、誰も死ぬことなく、全員生存のハッピーエンドでこのゲームをクリアできるんだ!」


 どうだ、と僕は胸を張った。

 これは、僕という「空っぽの器」にしかできない、この理不尽な殺し合いのルールの穴を突いた完璧な裏技、まさに究極の救済策のはずだ。


 普段のまともな世界なら、命の次に大事な勇者の力を渡してくれなんて交渉、聞く耳を持たれるはずがない。けれど、今はいつ誰に殺されるかわからない、極限の死のゲームの真っ最中だ。むしろこの最悪の状況が、僕の提案の説得力を後押ししてくれている。


「能力を失う代わりに、絶対に生きて帰ることができる。そう伝えれば、多くの勇者は諸手を挙げて喜ぶはずだ」


 あまりの凄さに、きっとカレンは「お兄、天才!!」と叫んで僕の胸に飛び込んでくるに違いない。

 ああ、構わないよ。僕は自然な動作を装って、ほんの少しだけ両腕を広げ、可愛い妹をいつでも受け止められるように準備をした。


「…………」


 けれど、いつまで経っても、柔らかな妹の衝撃が胸に飛び込んでくる気配はなかった。


「……あれ? おかしいな。妹が『お兄、抱いて!』ってなる予定だったのに、なぜか僕の最愛の妹が、ひどく深い哀れみと慈愛に満ちた、まるで駄目な子を見るような眼差しを向けてくる。どうして?」


 カレンは、やれやれと、大げさに深い深いため息をつきながら首を振った。


「あのね、お兄。まずはお金のこと。王様が定めたあの支援金制度のせいで、ここにいる勇者はみんな、お金のために必死になってるの。それを今更、はいそうですかって手放せるわけがないでしょ? ――それに、一番の問題は『信用』だよ。見ず知らずの他人に『力を渡したら無能力者にして帰してあげる』なんて言われて、誰が信じるの? 力を渡して無防備になった瞬間、後ろから刺されて殺されるかもしれないって、普通なら絶対に疑うでしょ?」


「う……っ」


 カレンの冷徹な指摘は、ぐうの音も出ないほどに正論だった。

 信用問題に関しては、ダイレクトに命のやり取りに直結してしまう。この疑心暗鬼の地獄において、初対面の相手を信用しろというのは、確かに不可能に近い話だ。


「それにね。『強い勇者』は、どういうわけか全員漏れなく、性格が捻じ曲がった狂人ばかりなの」


 カレンの言う、「強い勇者ほど頭がおかしい」とはよく聞く話である。勇者が絡む事件や犯罪も年々増加傾向にあるらしい。

 その言葉を聞きながら、僕は彼女の顔をじっと見つめた。

 目の前の、実の兄への愛のために世界を灼こうとする最強クラスの能力者が、何よりの証明だ。


「――もちろん、あたしという例外を除いてね。だから、お兄が自信満々に語った『最強の攻略法』は、前提条件から完全に破綻してるんだよ」


 僕が必死に考えた最強の必勝法が、開始わずか数秒で、妹の手によって完膚なきまでに論破されてしまった。……けれど、僕だってこれだけで諦めるつもりはない。


「……そうか。じゃあ――」


 僕は、目の前にあるカレンの、白くて少し熱い手を、両手で強く握りしめた。

第17話お読みいただきありがとうございました。


次回、スライムキラーを使ってみたい。


活動の、もの凄い励みになりますので、高評価やブックマーク、アドバイスや感想を是非是非よろしくお願いします。 

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