では、お別れです。
第15話です。
前回、やったか!?なお兄ちゃん。
今回は、魔王との会話から。
「……クソ、いよいよ感覚がなくなってきやがった。俺は……ここで死ぬのか?」
ノーマンさんの言葉にハッとして視線を戻すと、彼の身体を蝕むノイズはさらに激しさを増していた。既に下半身の半分が、現実の空間からズレて透明に透けてしまっている。
『はい?』
「とぼけるな。この、身体を奔り回る不快なノイズだ。お前の仕業だろ、魔王」
『ああ! あなたがあんまり熱くなって怒るから、すっかり話が逸れちゃってましたね』
魔王はわざとらしくポンと翼を合わせ、宙で一回転した。
死ぬ? ノーマンさんが?
こんな理不尽な場所で、こんなにあっけなく、僕に力をくれたばかりの人が消えてしまうのか?
僕が恐怖で息を呑んだ、次の瞬間。
魔王の口から飛び出したのは、あまりにも予想外の言葉だった。
『いいえ? 帰ってもらうんですよ、おうちへ。さっきも言いましたが、僕のゲームに弱い人間は不要なんです』
「……は?」
「……え?」
僕とノーマンさんは、綺麗に揃って間抜けな声を上げた。
横を見ると、さっきまで殺意の塊だったカレンまでもが、ぽかんと口を開けてフリーズしている。
『あのですねぇ~、ボクは一生懸命な人間を、とっても愛おしいと思っているんです。これもさっき言いましたよね?』
魔王は、やれやれと呆れたように翼をすくめる。
『それに、能力もないただのおっさんが、悲惨に、哀れに逃げ惑う姿を見て、一体なにが面白いんですか? ボクが求めているのは、極上のドラマ、至高の悲劇です。――物語の舞台に、エキストラの席は用意されていません』
「……でも、お前魔王だし。そういう、弱い者いじめ的な趣味もあるのかなって、思って」
あまりの突飛な発言に、思わず本音がポロリと漏れてしまった。
勇者同士には血みどろの殺し合いを強制させるくせに、そこに普通の人間が混じるのはエンタメとして美しくないからダメ、ということか?
ただの冷酷無比な愉悦至上主義者だと思っていたが、この球体には、球体なりの狂った美学やルールが存在するらしい。
『むむっ。そんなこと言うなら、やっぱりここで消しちゃおっかな~? おっさんを泣くまで虐めるのも、それはそれで一興かもしれませんねぇ~』
魔王の声色が、ふっと低くなる。
球体を裂く三日月形の口がピキピキと震え、冗談には聞こえない、本物の意志が混じる。
「い、いやあ! 見どころのある、実に聡明で素晴らしい魔王様だと思っていました!」
「そ、そうです! 我らが魔王様は、海のように広く寛大な、底なしの心をもっていらっしゃる!」
僕とノーマンさんは、一寸の狂いもない完璧なシンクロ率で即座に叫んだ。
もはや脊髄反射だった。命がかかっているんだ、プライドなんて犬にでも食わせてしまえばいい。
『うーん。“様”をつけて呼んでくれたのはポイント高いですが……。ほら、あなたは?』
魔王の視線が、カレンへと向けられる。
「はぁ!? あたしは絶対に嫌! なんであんな変なゴミ球体に――」
「カレン! お願いだから! 後でなんでも言うこと聞くから、ここは一つ! お兄ちゃんの一生のお願い!」
「お嬢さん……! 頼む、おっさんさっきまで格好つけて『俺の意志を継げ』とか言ってたけど、本当はまだ死にたくないんだよおぉ!」
『魔王様万歳! って、可愛い声で言って欲しいな~。さっきの爆発、痛かったな~。普通の魔王なら、即座に死刑レベルの反逆罪だしな~~』
魔王はチラチラとカレンを見ながら、あからさまに催促してくる。本当に性格が悪い。
「~~~~っっっ!!!!」
カレンの顔が、怒りと屈辱で耳の裏まで真っ赤に染まっていく。
その手は怒りでワタワタと震え、火竜の爪が今にも魔王を切り裂きそうに火花を散らしている。けれど――彼女は、僕の必死の懇願の眼差しを見て、ぐっと奥歯を噛み締めた。
そして、ぎゅっと目を瞑り、ヤケクソ気味に叫んだ。
「魔王様、ばんざいっっ!! これでいいんでしょ、このタピオカ!!」
最後に見事な罵倒が混ざっていたが、魔王はそれを大らかに笑い飛ばした。
『アッハッハッハ! よろしい! ボクは実に気分がいい!』
魔王の高笑いが響き渡ると同時に、ノーマンさんの身体を包むノイズが、一気に加速して光を放ち始めた。
『では、お別れです』
バツンッ!!! と、空間が弾けるような強烈な破裂音が鳴り響いた。
次の瞬間。
そこにはもう、ノーマンさんの姿はなかった。
座り込んでいた草むらには、衣服の繊維一枚、彼の足跡一つすら残されていない。あまりにも鮮やかで、唐突な消失。
「あ……。お別れ、ちゃんと、言えなかったな……」
呆然と立ち尽くす僕の呟きに、魔王はつまらなそうに羽をパタつかせた。
『また会えますよ。――きっと、ね』
その言い方には、嘘は感じられなかった。
本当に、ただの人間になったノーマンさんを、元の世界へ「帰した」のだ。
魔王――。恐ろしくて、不愉快で、絶対に相容れない世界の敵。けれど、話の通じない狂った野獣ではない。己の歪んだ美学のためではあるが、奇妙なルールを厳格に守っている。あるいは、弱者などいつでも捻り潰せるという、圧倒的な強者故の慢心か。
だが、今はそれでも良かった。
ノーマンさんは生きている。あの優しいおじさんは、世界のどこかで、確かに生きているんだ。それだけで、僕の胸には十分すぎるほどの安堵が広がっていた。
『では、邪魔なエキストラの処理という用事も済みましたし、ボクは行きます。主役のあなたたちには期待していますよ? 精々見苦しく足掻いて、ボクを楽しませてくださいね』
魔王がふわりと高度を上げ、夜空へと舞い上がっていく。
「待て! まだ聞きたいことが――」
『アッハッハ! 待ちませーん! あ、そうそう』
去り際に、魔王はニヤリと、その巨大な三日月形の口を極悪に歪めて僕たちを振り返った。
『お兄ちゃんが大好きなのは結構ですが、性の乱れはほどほどに。では、島での生活を楽しんでくださいね~』
「――死ね、クソタピオカァァァーーーッ!!!!」
カレンの、最大出力・最高火力のシンプルかつ烈火のごとき罵声が、夜空を引き裂いた。
そんな彼女の猛攻(口撃)をひらりとかわしながら、魔王は漆黒の翼を大きく広げ、瞬く間に上空へと消えていった。
肩を怒らせ、顔を真っ赤にして憤慨するカレン。そんな妹の姿を見て、僕は不謹慎にも、少しだけ張り詰めていた緊張が解けるのを感じていた。
ふと見上げれば、鬱蒼とした森の木々の隙間から、淡く、青白い光が差し込み始めている。
肌を刺すような冷たい夜気が、少しずつ、穏やかな朝の匂いへと塗り替えられていく。
空が白み、僕たちの命を削り取ろうとした、あの長くて悍ましい夜が、終わろうとしていた。
黒い球体のシルエットは、東の空から昇り始めた眩しい朝日に溶け、完全に視界から消え去った。
嵐は去った。
ノーマンさんは、無事に還った。
そして――僕とカレンは、生き残ったのだ。
「……行こう、カレン」
「……うん、お兄」
胸の奥にある、どこか頼りなさげな、だが、確かな熱を確かめるように、僕はぎゅっと拳を握りしめた。0が1になった。その小さな一歩を噛み締めながら、僕たちは歩き出す。
チチチ……と、どこからか鳥たちのさえずりが聞こえ、新しい朝の訪れを静かに告げていた。
第15話お読みいただきありがとうございました。
次回、まったり回です。
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