や、やったか……っ!?
第14話です。
前回、一歩前進したお兄ちゃん。
今回は、ノーマンの身体の異変から。
「おい……俺に、なにをした……っ!?」
ノーマンさんの悲痛な叫びが、凍てつく夜の静寂に響いた。
彼の身体を走る半透明のノイズは、容赦なくその輪郭を削り取っていく。不気味で異常な光景だった。
『決まっているじゃないですか。おっさんには“退場”してもらうんですよ』
黒い球体の形をした魔王は、ケラケラと軽薄に笑いながら、ノーマンさんの頭上を優雅に旋回した。コウモリのような漆黒の羽が羽ばたくたび、空間が歪み、耳障りなグリッチ音が鼓膜をチリチリと刺激する。
その声には、一欠片の慈悲も、命に対する敬意も存在しなかった。
『困るんですよねぇ、ただの人間。それも、あなたみたいな弱っちいおっさんが混じっていると。折角のゲームが台無しになっちゃうじゃないですか』
「ゲーム……だと……?」
ノーマンさんの顔が、激しい怒りで真っ赤に紅潮した。
自分の存在が消えかけている恐怖への憤りではない。この理不尽な悪意の矛先が、この島に残される僕やカレンへと向けられていることに対する、純粋な義憤。力を失ってなお、彼は僕たちの「おじさん」でいようとしてくれているんだ。
「このクソみてぇな殺し合いが、娯楽だと……っ!? お前は、人の命を、不幸をなんだと思っていやがる!」
『もちろん、最高の娯楽ですよ?』
魔王は、球体を真っ二つに裂く三日月形の口を、さらに歪に釣り上げた。
『他人の不幸は蜜の味――他でもない、あなたたち人間が作った素晴らしい言葉です。あなただってそうでしょ? “この歪んだ兄妹は、一体どんな劇的で悲惨な最末路を迎えるんだろう”って。……心の底では、ワクワクしながら期待しているはずだ。違いますか?』
「ふざけるなァァァーーーッ!!」
ノーマンさんは、身体をノイズに蝕まれながらも、魂の底から声を絞り出した。
「お前みたいな、人の形すらしてねぇクソ野郎に……人間の、人間のなにがわかるってんだ!」
『わかりますよ。――あなたたちよりも、ずっとね』
不意に、魔王の声のトーンが、ストンと下がった。
軽薄なピエロの仮面が剥がれ落ち、底の知れない、絶対的な冷徹さと理性が垣間見える。それは、人間の魂の檻の奥底まで、そのドロドロとした醜い本質までをすべて見透かしているかのような、悍ましい静寂だった。
『弱さ故に群れ、騙し合い、脆さ故に傷つき、傷つけ合い、愚かさ故に愛を叫びながら奪い合う。それが、ボクの観てきた“人間”です』
「お前――」
ノーマンさんがさらに何かを言い返そうと、その乾いた唇を開いた、その瞬間だった。
――世界が、圧倒的な「紅」に塗りつぶされた。
「竜轟、――灰滅ッッ!!!!」
カレンの細い腕が振るわれると同時に、彼女が使役する火竜の焔が、爆炎となって夜空を突き抜けた。
ゴオォォォッ!!! という凄まじい暴風が吹き荒れ、周囲の鬱蒼とした木々が激しく揺れる。肌を刺すなんて生易しいレベルじゃない。息を吸えば肺が焼け焦げるほどの、圧倒的な熱量が戦場を支配した。
「ごめんね、お兄。あのゴミの言動がいちいち不快で、耳が腐りそうだったから、つい」
カレンはふぅ、と小さく息を吐き、何事もなかったかのように僕を振り返って微笑んだ。直撃すれば山すら一撃で消し去るであろう紅蓮の業火に、黒い球体は完全に飲み込まれていた。
「……お、お嬢さん。やる前に、せめて一言ほしかったな」
ノーマンさんは地面に尻餅をついたまま、腰を抜かしたようにその圧倒的な業火を見上げていた。
「や、やったか……っ!?」
今のカレンの一撃は間違いなく最大出力だった。魔王の言葉を借りるなら、これでゲームクリアになるはず――。
『ケホッ、ケホッ。……もう、何をするんですか! ボクじゃなかったら灰になって消滅していますよ!?』
しかし。
炎の中心から聞こえてきたのは、断末魔の悲鳴などではなく、あまりにもわざとらしく、緊迫感のない咳払いだった。
メラメラと揺らめく紅蓮の炎が晴れていく。
その向こう側にぽつんと浮かんでいたのは――黒焦げ一つなく、何事もなかったかのようにフワフワと漂う、あの黒い球体だった。魔王は小さな翼で、自身の球体の表面をパタパタと叩き、まるで衣服についた埃でも払うかのような、舐め腐った仕草を見せる。
「……無傷」
カレンの声音が、わずかに低くなった。
彼女は僕の手の感触を確かめるように、きゅっと強く握り締めてくる。睨みつける表情に大きな変化はなかったが、繋いだ手から伝わってくる微かな震えが、彼女の胸中が驚きと警戒で満たされていることを物語っていた。あのカレンの最大火力を受けて、煤一つついていないなんて。
『言ったじゃないですか。ボクは偉大で最恐で、究極にして至高の魔王様なんです。拍手喝采で讃えてくれてもいいんですよ?』
魔王は空中をクルクルと舞いながら、僕とカレンを交互に見比べ、実におかしそうに笑った。その姿は、子供の他愛のない火遊びを鼻で笑う、絶対的な支配者そのものだった。
第14話お読みいただきありがとうございました。
次回、ノーマン消滅。
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