このボクが、誰かの使い魔!?
第13話です。
前回、情熱的に絡み合ったお兄ちゃん。
今回は、ノーマンの決意から。
「ハハ、まぁ冗談はこれくらいにしておこうか」
ノーマンさんは、ふっと表情を和らげた。
先ほどまで俺を殺そうと肉薄してきた、あの鬼気迫る剣呑な雰囲気はすっかり消えている。そこにあるのは、村の酒場でくだらない武勇伝を語っている時のような、すべてを包み込むような優しいおじさんの顔だった。
「“継承ノ勇者”、リン。君に、一つお願いがあるんだ」
「お願い……ですか?」
僕が小首を傾げると、ノーマンさんは一歩、こちらへ足を踏み出した。
「リン。君に、俺の能力を継承してほしい」
「…………はい?」
あまりにも唐突な言葉に、僕の思考は完全にフリーズした。
継承? ノーマンさんの能力を、僕が?
「ちょっと、どういうつもり?」
僕が間抜けた声を出すより早く、カレンが鋭いステップで僕の前に立ち塞がった。手にした剣から、威嚇の火花がバチバチと爆ぜる。
「無能で可愛いお兄」を害する可能性のあるものは、どんな微小な違和感であっても許さない。最強の妹の、過剰なまでの防衛本能だ。
……情けない話だが、そのカレンの背中の頼もしさに、僕は「ああ、もう全部カレンに丸投げしてしまいたい」という甘ったれた誘惑に駆られそうになっていた。やっぱり、僕が足掻くより、全部任せちゃった方が楽なのかな、なんて。
しかし、ノーマンさんはカレンの威嚇に怯むことなく、ただ穏やかに笑った。
「どちらにしろ、ってことさ。お嬢ちゃん。俺は本来、ここでリンに殺されるつもりで剣を振るった。薄々気づいてるだろ? 俺の『スライムキラー』なんてちっぽけな力じゃ、この地獄の島を生き残ることなんてできやしない。だったら……せめて死に際くらい、誰かになにかを残して死にたいってな」
「…………」
ノーマンさんの言葉が、じわりと僕の胸に染み込んでいく。
そうか。だからあの人は、あんなに必死に僕を怒鳴り、僕に剣を向けたのか。
「俺のようになるな」と、実体験を伴った血を吐くような言葉で、僕を叱ってくれたのだ。
考えることを放棄し、現実から目を背け、ただ妹の陰に隠れて逃げようとしていた僕の腐った根性を、無理やりにでも叩き起こして、前を向かせるために。
「まぁ、お嬢ちゃんが乱入してきたおかげで、俺が想像してた『壮絶な戦死』とは随分違う結末になっちまったがな。……ハハ、でもまぁ、こういう締まらなさこそが、俺らしくてお似合いだ」
ノーマンさんは肩をすくめて笑う。
能力の継承。
それは僕の固有能力であり、相手の能力を僕の身体へと移し替える力。だがそれは同時に、相手から能力を完全に「奪い」、勇者としての資格を強制的に剥奪することを意味する。
この島において勇者の資格を失うということは、ノーマンさんにとっては、人生の半分以上、二十年という歳月を捧げて縋り付いてきた「勇者としての身分」の、完全な死を意味していた。
「君が俺の力を継承してくれれば、俺の意思は、君の中で生き続けることができる。……スライムを千切りにするだけの、世界一ちっぽけで、世界一使い道のない能力だがな。それでも……君に預けさせてはくれないか、リン」
ドクン、と。
心臓が、大きく、力強く跳ね上がった。
胸の奥にある、ずっと空っぽで、何一つ誇れるもののなかった冷たい場所が、急速に熱を帯びていく。
他人の能力を奪うなんて、そんな大それたこと、僕にできるわけがない。そう思っていた。
けれど、今、僕の魂が叫んでいる。
(継承したい――)
ノーマンさんの、二十年間報われなかった想いを。嘲笑されながらも積み上げてきた、泥臭い技術の結晶を。
他人の色に染まることしかできない、この「空っぽの器」だからこそ。初めて、心の底から他者の価値ある想いで満たしたいと、僕は強く、強く願った。
「しょーもない能力だが……貰ってくれねぇか、少年」
「……はい! 僕は、あなたのことを、あなたの戦いを、絶対に忘れません!」
僕が叫ぶように答えた瞬間、ノーマンさんの身体から、眩いばかりの純白の光が溢れ出した。
光は粒子となって宙を舞い、渦を巻きながら一つの輝かしい塊へと凝縮されていく。そして、吸い込まれるように、僕の胸の真ん中へと飛び込んできた。
「う、お……っ!?」
身体の芯が、カレンの炎とは違う、じんわりとした確かな熱に満たされる。
「……これで、継承された、のか?」
ノーマンさんが、自分の両手を不思議そうに見つめながら呟いた。その手からは、先ほどまで微かに感じられていた勇者特有の力の残滓が、綺麗さっぱり消え失せている。
「……多分。僕も初めて発動させたので、確実なことは言えませんけど……。でも、胸の奥に、確かに熱を感じる……気がします」
僕が胸に手を当てて言うと、ノーマンさんは一瞬だけ寂しそうな目をしたが、すぐにいつものニカッとした快活な笑顔に戻った。
「ハハッ、これで俺も『壮大な勇者の伝説』の、栄えある第一ページ目になれたってわけだ。悪くないねぇ」
少しだけわざとらしく、けれどどこか誇らしげに胸を張る。
「変えられるさ、リン。君なら、きっとこのクソみたいな世界を変えられる」
「へ? ……あ、いや、そんな大層なこと、僕には……」
唐突で、あまりにも絶対的な肯定を向けられ、僕は間抜けた声を漏らしてしまった。
「君のこれまでの足掻きは、決して無駄なんかじゃあない。今、君の勇気が、確かに0だった現実を1に変えたんだ。……いや、俺の能力だし、0.5とか0.1くらいかもしれないがな?」
「でも、それは僕の力じゃなくて、ノーマンさんが僕を信じて、力をくれたからで……」
「いいや、違う。これは君が行動した結果だ。こうして地獄の中で他の勇者を助けて、その想いを継承していけば……。いつか、あの神みたいな“流星”だって、倒せるようになるんじゃないか?」
流星ノ勇者――。
あの、圧倒的な天災そのものである化け物に、僕が?
「……できますかね。僕に」
「俺が二十年間、ただの1ミリも変えられなかった現実を、君は今日、この一瞬で変えたんだ」
ノーマンさんは僕の目を真っ直ぐに見つめ、その大きな手を僕の肩に置いた。
「自分に、自信を持て」
その一言が、僕の魂の最深部を激しく震わせた。
他人の色でしか染まれない、何もない無能だと思い込んでいた僕の背中を、ノーマンさんは「お前自身の物語を、ここから書き始めていいんだ」と、力強く押し出してくれたのだ。
「……。おっさん、これからどうするつもり?」
不意に、これまで静かに僕たちのやり取りを見守っていたカレンが口を開いた。
その声音には、もう先ほどまでの凶暴な殺意はない。けれど、能力を完全に失って『無能力者』となったノーマンさんを、一体どう扱うべきか計算しているようだった。
「さぁな。ま、そこらへんの草むらにでも隠れて、のんびりやり過ごすさ。案外、お前らみたいな強い奴らが勝手に潰し合って、最後に俺が漁夫の利で生き残ったりしてな!」
ハハハ、とノーマンさんはお腹を抱えて笑ってみせた。僕たちに余計な罪悪感や心配をかけまいとする、おじさんなりの精一杯の配慮なのだと分かって、胸が熱くなる。
けれど、笑う彼の瞳は、強く、深く、そしてどこまでも優しく僕を見つめていた。
これが本当に最後。これからは、自分の足で歩かねばならないのだと、言葉以上の重みで僕の心に語りかけていた。
「……その時までには、僕は、あなたから貰った力で、もっと強くなっておきます」
「おう! 楽しみにしてるぜ。次は負けねぇからな!」
強い人だ、と心から思った。
この人の意志を継承することができて、本当に、本当によかった。
僕が最後に、旅立つ彼へ向けてニカッと心の底からの笑顔を向けた――その、瞬間だった。
「……っ!? が、は……っ!?」
唐突に、ノーマンさんの笑顔が奇怪に歪んだ。
いや、表情だけではない。彼の右腕が、次いで胸が、不気味な『ノイズ』を走らせてガタガタとブレ始めたのだ。
「ノーマンさん……!?」
ノーマンさんの身体の輪郭が、砂嵐のようなノイズに飲み込まれ、現実から消去されるように薄くなっていく。
『おやおやぁ~? おかしな気配がするなと思って来てみれば……。“ただの人間”がいるじゃないですか』
ねっとりとした、鼓膜に直接這い寄ってくるような、酷く不快なハイトーンな声が、頭上から降ってきた。
「お兄……ッ!!」
カレンの目の色が変わった。瞬時に僕の腕を強引に引き寄せ、背後に隠す。その手には、限界まで力を込めた竜の爪が、いつでも万物を引き裂ける角度で構えられていた。
『全く、困るんですよねぇ。どこから湧いてきたんですかねぇ。ここは勇者以外は、立ち入り禁止ですよ?』
月を背に、夜空にぽつんと浮かんでいたのは――異形、だった。
大人の頭ほどの、小さな黒い球体。
そこから、悪魔のような、あるいはコウモリのような禍々しい漆黒の羽がパタパタと生えている。
目もない。鼻もない。耳もない。
ただ、その球体を横真一文字に真っ二つに引き裂くようにして、巨大な、歪んだ三日月形の「口」だけが、存在していた。
「……なんだ、お前は。どっかの勇者の使い魔か……っ?」
身体が消えかかり、地面に膝をついたノーマンさんが、荒い息を吐きながら異形を睨みつける。
カレンは何も言わない。ただ、その小さな生物から、一瞬たりとも目を離さず、身体を小刻みに震わせていた。
恐怖しているのではない。怒りと、そして『竜の勘』が、彼女の脳内で警報を最大音量で鳴らし続けているのだ。
――こいつは、ヤバい。次元が違う、と。
『使い魔? このボクが、誰かの使い魔!? ププッ、プププッ! アッハッハッハ!』
黒い球体は、空中で狂ったように身体をのけぞらせ、ケラケラと笑い声を上げた。
『いやあ、傑作です! なんて無知で、哀れで、失礼なおっさんでしょうか!』
球体は嘲笑を撒き散らしながら、ノイズの激しくなっていくノーマンさんの周囲を、まるでおもちゃを見つけた子供のように、不気味な軌道で飛び回る。
「お前は……一体、何者なんだ……!」
僕はカレンの背中から、震える声を絞り出した。
忌々しい。恐ろしい。
だが、僕はこの声をどこかで聞いたことがある。
『おや、ボクに名前を尋ねてくれるんですね?』
ピタリ、と球体の動きが止まった。
引き裂かれた三日月形の巨大な口が、パックリと、さらに大きく裂ける。その奥には、底の知れない無限の暗黒が広がっていた。
球体はゆっくりと高度を下げ、僕たちを値踏みするように見下ろしながら、世界で最も残酷な、終わりの宣告を口にした。
『思慮深く、とっても優しいボクは、愚かで、愛おしい人間の問いに答えてあげましょう』
世界が、完全に停止したかのような錯覚。
『――このボクこそが、この世界の、そしてこの最高に楽しいゲームの支配者。偉大にして最恐の――魔王様ですよ?』
第13話お読みいただきありがとうございました。
次回、魔王その2。
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