Chapter 3 : E-Gun (2)
「ギャアアアアア!!!」
私は悲鳴を上げた。
「イヤアアアアア!!!」
思い切り叫んだ。
だけど、痛みは感じなかった。フォーは確実に引き金を引いたはずなのに。
おそるおそる目を開けると、目の前にはかすかに煙を吐く銃口があった。
この距離で外すなんて、と馬鹿にしてやろうとしたその時、言葉を失わせる光景が飛び込んできた。
「な、な、な、なんで自分の体が見えてんのよ!?」
そこには、額に焦げ跡を作って横たわる自分の姿があった。でも、血は流れていない。
フォーは布を取り出し、銃口を拭った。
「射撃の感覚こそ酷似していますが、放たれたものに物理的な貫通力はございません」
「ちょっと待って……あんた、私の声が聞こえてるわけ!?」
「はい。……貫通力はないとはいえ、衝撃による打撲傷は免れないでしょう。もっとも、懸念には及びません。勇者の名を冠するリン様の身体能力なら、せいぜい痒い程度かと存じます」
私が霊体みたいに透けてるっていうのに、まるでお構いなしね。なんだか浮いてる感じもするわ。体が綿菓子みたいに軽いの。
それにしても……。
「痒いだけで済むわけないでしょ!? これ、魂が体から抜けちゃってるんじゃないのよ!!!」
「おや……貴女がいた異世界において、魂という概念はナンセンスなものではなかったので? 私の誤解でしたか」
「たった今信じることにしたのよ!」
フォーは銃を棚の上に置いた。まだガラスケースには戻していない。
「では……物語を聞く準備はよろしいですか?」
「余裕かましすぎじゃないの!?」
「貴女の肉体が動き出す前に、手短にお話しすべきかと存じます」
「そんなに急ぐなら撃つ前に話しなさいよ!? え? 何が動くって?」
それが合図だったかのように、魂の抜けたはずの私の体が、ゆっくりと起き上がり始めた。
そして……。
「勇者リンちゃんでーすっ☆」
生まれて初めて、自分の口からあんなに知能の低そうな声が出されるのを聞いたわ。自分勝手に動き出したことより、そっちの方がショックかも。それとも前者の方が驚くべきことかしら?
「あらん? このイケメンさんは誰かしらぁ? かなりの男前じゃない……。でもちょっとクマがひどいわね。よかったら、どこかで少しお休みしない?」
バンッ!
「フォーーーッ!!!」
私は、再び私の額に引き金を引いたフォーに向かって叫んだ。あっちの体は、セリフを言い切る前に吹き飛ばされた。
「断っておきますが、リン様に魅力がないと思ったわけではございませんよ」
「同じ人間を二回も撃つ理由が、一体いくつあるって言うのよ!?」
それに、今のフォローになってないフォローが余計に腹立たしいわ!
フォーは再び銃を置いた。
「これは『E-Gun』でございます」
「名前、どこかからしれっとパクってきてないでしょうね?」
「本来の思考を一時的に体外へ排出し、本人とは異なる仮定の的人格を定着させる銃でございます」
「え……あ……」
「入れ替わりで現れる人格は、主に特定の感情の一つを代表することが多いですね。先ほどのはおそらく……『快楽』、でしょうか」
「今、自信なさそうな声で言ったわよね!? 絶対そうでしょ!」
「あいにく、表出した感情がリン様にとってあまり体裁の良いものではなかったようですので」
私は納得して頷いた。ふむふむ。さっきの「私」の喋り方を見るに、あの感情については触れない方が身のためね。
こいつも案外、デリカシーがあるじゃない……。
「ですが考え直しました。私は物語をありのままに伝える義務がございます。……訂正します、リン様。先ほど表出したのは、リン様の『煩悩(欲情)』の化身でございます」
「一発殴らせなさい」
そう言った時、私の体が再び動き出した。
でも、今度はさっきほど元気じゃない。
正直に言うと、体育座りでうなだれている。
「……一生、このままじっとしていたいです」
「……」
「……魔王が世界を滅ぼすなら、勝手にすればいいじゃないですか」
「あれは『怠惰』の化身でございます」
「分かってるわよ、もう!」
私は言葉を遮って叫んだ。
フォーがまた銃を手に取った。何回持ったり置いたりすれば気が済むのよ。
「この遺物の物語を聞く前に、まずは元の体に戻られた方がよろしいかと存じます」
「私もそう思ってたわよ……」
でも、そこで一つの疑問が浮かんだ。
「戻るにはどうすればいいの?」
フォーは銃を逆手に持ち、私の方へ差し出した。
「分離しているのは精神だけですが、E-Gunはそれ自体を切り離す性質を持つため、貴女でも保持することが可能です」
私はフォーから銃を受け取った。霊体みたいな透けた手で握ると、なんだか妙な感じがした。
「それで?」
フォーは素手で構えを作り、私の問いに答えた。
「御自身のこめかみを撃ってください」
「本当にどこからもパクってないでしょうね!?」
喉がヒリヒリしてきたから、叫ぶのをやめて銃口を自分のこめかみに当てた。
そして、フォーを鼻で笑ってやった。
「ねぇフォー。私が自分に銃を向けるのを怖がると思ったら、大間違いなんだから」
「そうですか?」
「私は魔王を倒した勇者なのよ。死と隣り合わせで生きてきたんだから!」
「はい」
「……なんなら、引き金を引くくらい、自分の胸に剣を突き立てるより簡単だわ!」
「理解いたしました」
「……」
「……」
え? 本当にそれ以上何も聞かないわけ?
フォーは、タイムカードを押して退勤を待つ会社員みたいに、無表情で私を見守っている。
……こめかみに当たる銃の感触は冷たい。映画で見る分には平気だけど、いざ自分がやるとなると、結構怖いものね。
精神が極限まで追い詰められた状態で、自身の急所に銃を向ける。これは「生と死」のシチュエーションを模し、魂の本能と覚醒を促す儀式なのだ……って、私、何を言ってるのかしら。
もし引き金を引いて本当に死んじゃったら?
怖いわよ……。
「フォー……」
「承知いたしました」
阿吽の呼吸で、フォーが歩み寄ってきた。私の手から銃を取り上げ、そのまま私のこめかみを撃ち抜いた。
自分で撃つ必要がないなら、最初からなんで私に渡したのよ、こいつ!?
……魂まで響くような激しい衝撃が収まり、目を開けると、私は無事に自分の体に戻っていた。
今度こそ、フォーは銃をガラスケースへと片付けた。
「では、この遺物の物語をお聞きください」
フォーは、私の心の準備なんてお構いなしに、淡々と語り始めた。




