Chapter 2 : チートスキル全書 (3)
フォーは淡々とした声で言った。
「申し上げた通り、神界は召喚者へのチートスキル付与の方針をすでに廃止しております。その方針は、神界での合議が終了した直後に即時適用されました」
「まさか……」
赤い瞳が閉じられ、静かに頷きが返ってくる。
「神界は、あの少年が魔王との決戦に挑むその瞬間に、二つのチートスキルを回収したのです」
「やっぱりそうかよ!」
「『100%ブレード』を失った少年は、もともと普通の高校生に過ぎず、剣をまともに握ることすらままなりませんでした。それだけではありません。突如として失われた『EXPダブル』の反動により、少年のレベルはマイナスへと転じました」
「マイナス!?」
「すべてのステータスが標準を下回り、ただ風に吹かれるだけでも甚大なダメージを受ける状態です」
「女神のバカ野郎ーーー!!!」
「しかし、魔王はその事実を知りませんでした。魔王が魔術を行使しようと手のひらをかざした瞬間、その手から生じた風圧が少年を壁へと叩きつけ……跡形もなく肉体は崩壊しました」
「もういい! 聞きたくないわ!!!」
私は両手で耳をふさいだ。名もなき少年の悲惨すぎる末路など、これ以上聞いていられない。
「スキルは剣から失われましたが、剣自体は神界の手による造形物です。ゆえに、その剣は完全な状態で博物館に保管されています」
フォーはガラスケースの中の大剣へと手を向けた。
彼は締めくくった。
「以上が、遺物『チートスキル全書』に端を発する物語でございます。……展示はされておりませんが、この全書は他にも数多くの物語を生み出してきました」
フォーは少し考え込んでから言った。
「のんびりと昼寝をしていたら、起きた瞬間にレベルが三百を超えていた者。トカゲの軍勢をうっかりスキルで壊滅させたためです。あるいは、ふざけたクマの着ぐるみを着て歩き回るだけで、一生修行した騎士よりもレベルが跳ね上がった者。あるいは、レベルが二に上がった途端、ステータスが無限大になり世界を壊しかけた者……」
「わかった、もうわかったから……」
「あるいは、他者のレベルが固定された世界で、自分一人だけがレベルアップする権利を与えられた者……。語り尽くせぬほどございますが、最終的に神界はチートスキルの付与を永久に廃止しました。調和こそが、看過し得ないものであると判断したためです」
最後に挙げられた例を聞いた時、なんだか無性に「Arise」と唱えて、その辺の影たちに女神をボコらせに行きたくなったのは気のせいかしら……。
私は肩を落としたが、それでもチートスキル全書に目を向けた。
フォーが歩み寄ってくる。
「残念ながら、たとえ一般人が手に入れたとしても、スキルを行使することはできません」
「よく分かってるじゃない」
もしこれがチートスキルの詰め合わせなら、私を安全に元の世界へ帰してくれるスキルの一つくらいあるはずだ。
でもフォーが言う通り、今ここで全書を取り出したところで、自分にスキルを授けることはできない。
なら、この品は選択肢から外すしかないわね。
フォーが物語の余韻に浸らせるために残した沈黙がしばらく流れた後、私は問いかけた。
「ねぇ、フォー」
「はい、勇者リン様」
「そのチートスキルのリストの中にさ……『斬撃を絶対回避する』みたいなスキルってあるかしら?」
「随分と具体的ですね」
「気のせいよ」
フォーは顎に手を当てた。
「全書の中にはあるかもしれませんね。何しろ女神直々のスキル全書ですから。……ですが私に関して言えば、先ほど貴女の攻撃をかわしたのは純粋な『実力』でございます。念のため、お伝えしておきます」
「チッ!」
歩き出したフォーの背中を睨みつけながら、私は喉の奥で毒づいた。当たり前のことのように答えるあの態度が、余計に腹立たしい!
フォーが足を止めた。
「……一つ選ぶよう申し上げましたが、他の三つに関しても、もし物語をお聞きになりたいのであれば語ることは可能ですよ?」
それを聞いて、私は再びガラスケースへと首を向けた。
先ほどの剣と同じく、チートスキル全書から始まった物語を持つ品々。
緑色の宝石が埋め込まれた鉄張りの木製の盾。
不気味な笑みを浮かべた真っ白な仮面。
そして、真っ赤な手袋。
私は首を振った。
「いらないわ。なんとなく予想がつくし」
「左様でございますか。通常の世界では、かなり有名な物語ばかりですからね」
「は?」
「いえ。では、次の展示へと参りましょう」




