第6話 出戻り再婚
「そうよ」
由佳の声は驚くほど平静だった。
「あなたに強制わいせつの疑いがかかるように仕向けたわ。元取引先の女性社員に細工をしたの。証拠も少し捏造した。由美とこの子が、あなたを心底嫌うように」
「あの告発は嘘だったの!」
咲奈が甲高い声を上げた。テーブルがわずかに震えるほどの勢いだった。
由佳は姪の方を一瞥さえしなかった。視線は孝幸に固定されたままだ。
「そうよ。筋書き通りに事が運んで、起訴されなかっただけましだと思え、という状況になった。そして、あなたは由美に追い出された。」
孝幸はゆっくりと息を吐いた。怒りというより、深い倦怠がその吐息に滲んでいる。
「ひどい話だ」
孝幸は下を向いて呟いた。
「もう聞きたくないよ。帰っていいか?」
「まだ終わっていないわ」
由佳は静かに遮った。
指先がテーブルの縁を軽く叩く。まるでこれからが本当の核心であることを、自身に言い聞かせているかのようだった。
「あなたと離婚した由美に、また岡山圭一が近づいてきたの。さすがに由美は嫌がっていたけれど、咲奈に親切にして取り入った。元の仲良し家族に戻ろうとね」
「何が目的だったんだ?」
「景気が悪かったから、経営統合してこの難局を乗り切ろうという話を持ちかけられたのよ」
「食い物にされるだけだろう」
孝幸は即座に言った。
「何もしないで潰れるよりましだわ」
由佳は淡々と返した。
「それで由美は、再び取引の道具にされたわけ。由美は逆らおうとしたけれど、私たちが逃がさなかった。従うしかなくなって、出戻り再婚したわ。結局、あの子は自分では何も決められないのよ」
孝幸の視線がわずかに冷たさを増した。
「よくそんなひどいことができるな。あんたの妹だろう」
「あの子だけ好きに生きるなんて、許せないわ」
由佳の声に、初めてほのかな熱がこもった。
「大事に育てられたのだから、それなりの役目を果たしてもらうのは当然でしょう」
孝幸は小さく鼻を鳴らした。
「それで自殺か?」
由佳は一瞬、目を細めた。感情の揺らぎを押し殺すように。
「そうよ。岡山圭一はサディストらしいから、由美はずいぶん……かわいがられたみたいね」
「よく平気でそんなことが言えるな」
「私は婉曲な言い方はしないの」
由佳は静かに答えた。その言葉には、自己正当化というより、長い年月で固められた一種の諦観が感じられた。
「それで離婚か?」
「まさか」
由佳は薄く笑った。
「あの家の連中がその程度で由美を手放すわけがないでしょう。そこへ岡山家に粉飾決算事件が起きたの。使途不明金を株主から追及され、私たちは頃合いを見計らって提携を解消したわ。ついでに由美も引き取った。虐待の証拠を十分に集めて、たっぷりと財産分与をいただいた。由美にも『助けてあげた』という恩を売っておいたの」
孝幸は天井を仰ぐように軽く首を傾げた。呆れと嫌悪が、乾いた笑みの形になって浮かぶ。
「神も仏もない世界だな。それじゃあ、なぜ由美はまた自殺を試みたんだ」
由佳はわずかに間を置いた。初めて、言葉を選ぶような間だった。
「由美が離婚後に、工作に使ったあの女性社員と偶然再会したのよ。由美はその人に、ひどい目に遭わせて申し訳なかったと謝った。そうしたら、『今更蒸し返すのか』と文句を言われた。さすがに由美も何かおかしいと気づいて問い詰め、事実に辿り着いたの。あなたが嵌められて離婚させられたという真実に」
孝幸は無言で聞いていた。
「だが、時すでに遅しだな」
彼は静かに言った。
「そうね」
由佳は頷いた。
「それで、遺書を書いて自殺を試みたのよ」
「遺書?」
孝幸の声に、初めてほのかな緊張が走った。
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