第5話 嫌がらせ
由佳は淡々と続けた。感情をできるだけ抑え、事実だけを並べるように語る。
「私たちはあなたが資産目当てで由美を口説いたと信じ込んでいた。だからいやがらせをして、追い出そうとしたのよ」
「ああ、知ってるよ」
孝幸の声は平坦で、怒りも非難も感じさせない。それがかえって由佳には重く響いた。
「だが、あのとき俺と結婚しなければ、由美はどうすればよかったんだ?」
「しばらくおとなしく独身で過ごすか、共通の人間関係の中で、相応しい相手を探せばよかったの。私たちは皆、そうしてきたわ」
孝幸は小さく鼻で笑った。それは、由佳の言葉に対する明確な拒絶の意思表示だった。
「だが、そんなお付き合いの果てに由美はひどい目に遭っている。独身でいれば、またいつ誰と結婚させられるかわからない。だから自分の好きな相手を選んで結婚しようとしたんだろう」
由佳は一瞬、目を伏せた。長い睫が影を落とす。その影の奥で、何か言葉を探しているような様子だった。
「そうね」と彼女は小さく頷いた。
「今ならわかるわ」
「今更だな」
孝幸の声は静かだったが、そこには冷えた棘が確かにあった。
「あの頃は私たちも必死だったのよ。会社の経営が危うかったし、得体の知れない男が家に入り込んでくるとなれば、警戒するのも当然でしょう」
由佳の声には、どこか言い訳めいた響きが混じっていた。かつての自分を正当化しようとする、微かな努力が感じられる。
「得体が知れない、か。大学では同じサークルの仲間だっただろう?」
「だけど、私たちそんなに親しくなかったでしょ? まさかあなたが義理の弟になるなんて思ってなかったから……」
孝幸は冷ややかに彼女を見据えたまま、静かに訊き返した。
「それなら、なぜ俺たちを別の家に住まわせなかった」
由佳は一瞬、視線を逸らした。指先がテーブルの上でわずかに強張る。
「由美をあなたから取り戻すためよ。取引先の金融機関に有望な若手がいたの。再婚相手にはうってつけだと思ったから」
「なるほど。だから由美は俺との結婚を急いだのか」
「そうでしょうね」
孝幸の唇の端に、嘲るような笑みが一瞬だけ浮かんだ。それは怒りというより、すべてを醒めた目で見下ろす諦念に近かった。
「ひどい連中だな、あんたたちは」と孝幸は言った。
「それがどうしたの」
由佳は静かに切り返した。声は穏やかだったが、目にはかすかな挑戦の色が宿っている。
「あんたがその有望な若手と結婚すればよかったんじゃないか」
「したわ。今は渡辺という姓よ」
「それはおめでたいな」
孝幸の言葉には、ほとんど感情がこもっていなかった。ただの社交辞令のように軽く投げられた。
「めでたくもないわ。今は仮面夫婦。別居中なの」
由佳がそう言うと、孝幸は軽く手を振った。
「あんたの話はもう十分だ。由美の話の続きを頼む」
「ええ」
由佳はわずかに息を整え、背筋を伸ばす。
「あなたが由美に嫌われるように、私は罠を仕組んだわ」
孝幸の表情はほとんど変わらなかった。ただ、目がわずかに細められる。
「あれか」と孝幸は言った。
読んでくださりありがとうございます。「おもしろい」とか「よかった」という、一言でも感想を残していただけると嬉しいです。よろしければ、☆のポイントとリアクションのクリックをお願いします。




