第35話 中庭の告白
克己は由佳を誘って、病院の中庭に出た。晩秋の日差しが強く、遠くで風に揺れる木々の葉が音を立てていた。
「誠一さんとの離婚が、正式にまとまった」
克己は静かに切り出した。
「手続きはすべて終了している。財産分与も、君の要求をほぼ通した」
由佳は小さく頷いた。予想通りの結果だった。感情は動かなかった。
「ところで、先日の話だ」
克己は少し間を置いてから続けた。
「プロポーズの返事を聞かせてもらえないか?」
由佳は視線を足元に落とした。しばらく沈黙が続いた。
「できないわ」
由佳ははっきりと拒否をした。
「理由は、女王様に仕えなければならないから。由美を守る役割を私が捨てるわけにはいかない」
「それは……」
「以前、由美と孝幸の結婚を邪魔したの。その償いよ。私は自分のしたことを、きちんと引き受けなければならない」
克己は由佳の横顔を見つめた。彼女の表情は、いつものように冷静だった。だが、その冷静さの奥に、わずかな疲労が滲んでいるのを克己は見逃さなかった。
「由佳さん、君が幸せになってはいけない理由はない」
克己の声は静かに、しかし力強く響いた。
「償いは償いでいい。だが、君自身を縛り続ける必要はない」
「本当に好きでない相手と結婚すれば、いずれ後悔するわ」
由佳はゆっくりと顔を上げた。
「私は、自分に嘘をつかないと誓ったの。もう、計算だけで生きるのはやめる」
「では、本当に好きな人とは誰なんだ」
克己は真っ直ぐに尋ねた。
由佳は答えなかった。視線を逸らし、遠くの木々を見つめたまま動かなかった。
克己は、その沈黙を静かに受け止めた。そして、得心したようにゆっくり由佳の顔を見た。
「……わかった」
声は低く、どこか諦めを含んでいた。
「すべてに合点がいったよ」
しかし克己はすぐに顔を上げた。目には静かな決意が宿っていた。
「だが、ぼくはあきらめない。ぼくは待つよ。いつかは君が、ぼくのことを好きになってくれるはずだ」
克己は力強く由佳を見つめた。その視線には計算も策略もなかった。ただ、まっすぐな意志だけがあった。
由佳はその視線に耐えきれなくなった。胸の奥で、何かが崩れる音がした。
「……!」
由佳は突然、声を押し殺すように泣き叫んだ。そして、克己に強く抱きついた。肩を震わせ、克己の胸に顔を埋めた。涙が止めどなく溢れていた。
克己は由佳の細い体を静かに抱き返した。言葉は出なかった。ただ、その震えが収まるまで動かずに支えていた。
冷たい風が中庭を吹き抜けていった。
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