第34話 四重奏の約束
翌日の午後、克己が由美の病室を訪れた。
ドアを開けた瞬間、克己は思わず足を止めた。部屋の中には、由佳と孝幸、康介と澄子が揃っていた。由美はベッドに上半身を起こし、皆と穏やかに話をしている。笑い声すら聞こえた。
克己は一瞬、自分の目を疑った。つい先日まで、緊張と敵意が張りつめていた病室が、まるで普通の家族の団欒のように和やかだった。
「三島さん、来てくれたの?」
由佳が声をかけた。克己はゆっくりと部屋に入り、由美のベッドの近くに立った。
「様子を見に来たよ。思ったより元気そうだね」
「ええ、おかげさまで」
由美は静かに微笑んだ。
克己は周囲を見回した。孝幸は窓際の椅子に座り、黙って様子を観察している。康介と澄子はどこか安堵した表情で娘を見守っていた。由佳はいつものように冷静だったが、目にはわずかな満足の色が浮かんでいるように見えた。
克己は胸の奥で静かにため息をついた。この空気は予想外だった。最悪の事態は免れたらしい。
「そうだ。由美さんが回復したら、また演奏しないか?」
克己は自然に話題を切り出した。
「学生時代の学園祭のときのように、四人で四重奏を」
部屋が少し静まった。
「バイオリンは由美さんと由佳さん、チェロは僕、ピアノは孝幸……あのときの編成だ」
由美は目を細めた。
「懐かしいわね」
「悪くない提案だ」
孝幸が短く言った。声にはどこか距離を置いた響きがあったが、拒否の色はなかった。
「私も賛成よ」
由佳が頷いた。
「お父様とお母様も、聴きに来てください」
克己は康介と澄子に笑顔を向けた。
康介は大きく頷き、澄子は目を潤ませた。
「それは楽しみだな」
克己は周囲の反応を見て安堵した。
「じゃあ、由美さんの回復を待って、改めて練習を始めよう」
誰も反対しなかった。皆がそれぞれの思いを胸にしまい込んだまま、その提案に同意した。
克己は窓の外に目をやった。秋の光が病室の床に柔らかく差し込んでいた。
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