第32話 女王様の取引
「ようやく状況を理解していただけたでしょうか、女王様」
由佳の声は穏やかだったが、目には冷たい計算の光が宿っていた。
「わたくしめに任せていただければ、元通りに戻して差し上げますわ」
「なぜそんなことができるの?」
由美の声には疑いと、わずかな疲労が混じっていた。
「交渉に応じてくだされば、お教えいたします、わが女王様」
由佳の言葉の端に、皮肉めいた響きが感じられた。
「何が望みよ」
由美の声がわずかに低くなった。
「わが社の最高経営責任者に就任してくださいまし」
「私に経営なんてできるわけないでしょ」
由美の声には戸惑いが強く表れていた。
「あなたの元夫に裁量させればよいのです。私たちも手足となって働きますゆえ、ご安心くださいませ。そうですわよね、お父様、お母様」
「ああ、もちろんだ」
康介の声には、どこか安堵と諦めが混じっていた。
「なにも異存はない。どんなことでも協力すると約束する」
「いかがでしょうか、女王様?」
「そう。でも孝幸はどうなるの?」
由美の声に、わずかな不安が滲んだ。
「ご心配なく。愛人とはすでに話はついております」
「なんだって!」
孝幸の顔に驚きと怒りが浮かんだ。
「孝幸さんの再婚の邪魔をしないでほしいとお願いしただけですわ」
「そんな勝手な」
孝幸の声が低く震えていた。
「結婚するつもりなど、元からないお付き合いなのでしょう。お気楽で体だけのお付き合いなのだから、願ったりかなったりではないですか?」
「金での解決なのか?」
孝幸は不快感をあらわにした。
「お金は誠意としてお支払するだけです。あくまでも知人同士の思いやりです」
「知人同士だって?」
孝幸の声が、低く絞り出された。
「秋田絵里子は私の古い知り合いですわ」
「あんたが仕込んだのか?」
孝幸の声には怒りが強く滲んだ。
「あんな優秀な人材が、あなたの個人事務所の求人に応募してくるわけないでしょ。気になったから様子を見に行かせたのよ」
「だが、俺は本気だったのに」
孝幸の声がわずかに震えていた。
「彼女も本気みたいよ。あなたと別れたくないって。少しあなたのことを見直したわ」
「俺のことをもてあそびやがって」
孝幸は唇を噛んだ。
「彼女とは別れないでいてあげて」
「そんなわけにはいかないだろう」
「女王様は寛大よ。あなたに一人や二人の愛人がいたとしても気にもしないわ」
由佳は由美の方を向いた。
「そうでしょ、女王様?」
「私の人生は孝幸のものよ。孝幸が望むなら何も問題ないわ。それよりも、さっきから女王様ってなによ、やめてほしいわ」
由美の声には、疲労と苛立ちが混じっていた。
「あなたは立場が変わったのよ。女王様に生まれ変わったと思ってちょうどいいくらいよ」
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