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第24話 仮面の結婚

 由佳の結婚は、会社の資産防衛を目的としたものだった。相手は主要な取引先金融機関の有望な若手、渡辺誠一という男だった。父親の康介は「これで神崎家の基盤が固まる」と満足げに言ったが、由佳自身は結婚式の最中も、心のどこかで冷めた思いを抱いていた。


 結婚式は控えめながらも格式を保ち、関係者たちが祝福の言葉を並べた。由佳は白いドレスをまとい、渡辺の隣に立っていた。夫となる男は真面目で勤勉だったが、由佳の胸に響くものは何もなかった。すべては計算された選択だった。


 結婚生活は、予想通り空虚なものだった。渡辺は仕事に熱心で、由佳が経営企画室長として取りまとめていた中期事業計画の策定に協力していた。二人は表面上は夫婦らしく振る舞っていたが、夜になるとそれぞれの部屋に戻り、ほとんど言葉を交わさなかった。仮面夫婦という言葉が、由佳の頭に何度も浮かんだ。


 由佳は一人で過ごす夜に、初めて自分と向き合うようになった。結婚という形を選んだ理由。孝幸を由美から引き離した理由。そして、由美を守るという名目で自分を縛り続けてきたこと。


「私は、本当は何を望んでいるのだろう?」


 由佳は窓の外の夜景を見つめながら、静かに呟いた。長年抑え込んできた感情が、ゆっくりと形を取り始めていた。好きな相手と一緒にいたい——そんな単純な願いが、由佳の胸に浮かび上がってきた。


 そのとき、由佳の脳裏に浮かんだのは、孝幸の顔だった。大学時代にサークルで見た、静かな横顔。由美の隣に立っていたときの、穏やかな表情。


 由佳は小さく息を吐いた。自分でも驚くほど、その顔は鮮明に浮かんでいた。孝幸を追い出したのは、由美を守るためだったはずだ。しかし今、由佳は自分が孝幸を欲していたことを、初めてはっきりと自覚した。


 仮面夫婦の生活は続いていたが、由佳の心は、静かに動き始めていた。


 しかし、すべてはもう、取り返しのつかないことではあったが……。


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