第17話 打ち上げの波紋
学園祭の演奏が終わった夜、室内楽サークルは近くの居酒屋で打ち上げを開いた。大きな座敷にいくつかのテーブルが並び、すでに先輩たちが酒を注ぎ合い、笑い声が飛び交っていた。
由佳、由美、克己、孝幸の四人は、同じテーブルに座ることになった。気を利かせた打ち上げの幹事が座席を決めたせいである。
ステージの成功で高揚した空気がまだ残っており、由美は珍しく頰を赤らめながらビールを口に運んでいた。克己はすでに二杯目を空けており、いつもの柔らかい笑顔に少しだけ緩みが見えていた。
「由美さん、今日の演奏、本当に綺麗だったよ。君のバイオリン、聞いているだけで気持ちが良くなる」
克己が由美の隣に体を寄せ、グラスを傾けながら言った。声にはアルコールの熱が混じっている。
由美は少し戸惑ったように微笑みながら、軽く体を引いた。
「ありがとうございます。でも、まだまだこれからですね……」
由佳は妹の隣に座り、静かにそのやり取りを見ていた。克己の視線が由美の顔に留まるたびに、由佳の胸の奥で小さな苛立ちが膨らんでいく。普段なら冷静に距離を置くはずの由佳だったが、今日は演奏の興奮がまだ残っていたせいか、いつものように冷静ではいられなかった。
克己がさらに由美に身を乗り出し、彼女の腕にそっと手を置いたとき、由佳は素早くその手を払いのけた。
「克己さん、由美はもう飲めません」
低い声ではっきりと言った。克己の表情がわずかに歪む。
「由佳さん、少し厳しすぎるんじゃないか? 今日は特別な日だろう」
「特別な日だからこそ、節度というものがあります」
二人の間に張りつめた空気が流れた。克己の目が細められ、由佳の視線も冷ややかに返される。
テーブルに座っていた他のメンバーも、気まずい沈黙に気づいて話をやめかけた。そのとき、孝幸が静かに口を開いた。
「今日はみんな疲れているから、もう少し飲み物を頼んで落ち着こうよ」
孝幸の意味のない言葉が低くはっきりと響いた。克己と由佳の視線が一瞬、孝幸に向けられる。孝幸は特に感情を表に出すことなく、ただテーブルに並んだグラスを整えた。
由佳は孝幸の横顔を、わずかに見た。普段ならすぐに自分の感情を抑え込むはずの彼女が、今日はその視線を少しだけ長く留めてしまった。
由美は隣でその様子を静かに見ていた。克己と由佳の険悪な空気を、孝幸があっさりと和らげたこと。派手な言葉ではなく、ただ静かに間を埋めたその態度が、由美の目に新鮮に映ったようだった。彼女はそっと孝幸のほうに視線を向け、初めて少しだけ真剣な目で彼を見つめていた。
打ち上げの喧噪は続いていたが、四人のテーブルだけは、どこか異なる空気に包まれ始めていた。
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