第16話 響く喝采
学園祭当日、大学の講堂は朝から人の気配でざわついていた。室内楽サークルの演奏会は午後からで、由佳、由美、克己、孝幸の四人は午前中にリハーサルを行うことになっていた。
講堂の舞台上はまだ照明が十分に整っておらず、仮設の照明が白く冷たい光を落としていた。由佳はバイオリンを構えたまま、肩の力を抜こうとしたが、指先がわずかに硬くなっているのが自分でもわかった。由美も隣でバイオリンを抱え、珍しく緊張した面持ちで音を確かめている。
「もう少しテンポを落としてみようか。みんなで合わせるのが大事だ」
克己がチェロを抱えながら言った。いつもの柔らかい口調だったが、声の端にわずかな緊張が滲んでいるのが由佳にはわかった。
孝幸はピアノの前に座り、鍵盤に指を置いたまま静かに頷いた。彼の横顔は、いつものように落ち着いているように見えたが、由佳には彼の指がわずかに震えているのが見えた。
リハーサルは思うように進まなかった。タイミングがずれたり、音のバランスが崩れたりする。克己が何度か指示を出したが、舞台の広さと残響のせいで、互いの音が思ったより聞き取りにくかった。
「もう一回だけ。集中して」
由佳が静かに言った。自分の声が少し低くなっていることに、自分で気づいた。
◇
カーテンが開くと、明るい照明が一気に舞台を照らし出した。四人は互いの視線を交わし、息を合わせて演奏を始めた。
最初は緊張が残っていたが、音楽が流れ始めると、徐々に身体が音に飲み込まれていった。由美のバイオリンが明るく舞い上がり、克己のチェロがそれを支える。孝幸のピアノが全体を優しく包み込むように響く。
由佳は自分のバイオリンを弾きながら、ふと孝幸の指の動きに視線を奪われそうになった。集中した彼の横顔が、意外なほど静かで綺麗だった。
演奏が終わると、講堂に大きな拍手が沸き起こった。観客の多くが立ち上がり、拍手を送ってくる。学園祭の喧噪の中で、それは予想以上に大きな喝采だった。
四人は舞台袖に下がり、楽屋に戻った。高揚した空気が、狭い部屋の中に満ちていた。由美は珍しく頰を赤らめ、目を輝かせている。克己はチェロをケースにしまいながら、満足げに息を吐いた。
「思ったより上手くいったな」
孝幸は静かに頷いた。その横顔には、わずかな達成感が浮かんでいるように見えた。
由佳はバイオリンをケースにしまう手をとめ、楽屋の壁に寄りかかった。胸の奥が、まだ少しざわついていた。演奏中の孝幸の姿が、頭から離れなかった。普段ならすぐに冷静さを取り戻すはずの由佳が、今日は少しだけ、その高揚した気分を抑えきれずにいた。
由美が嬉しそうに由佳の隣に寄ってきた。
「姉さん、すごくきれいに合っていたわ」
由佳は妹の顔を見て、わずかに微笑んだ。
「そうね。今までで一番よかった」
その笑みの奥で、由佳は自分が誰のことを最も意識していたのかを、静かに自覚していた。
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