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第15話 四重奏の影

 学園祭が近づくにつれ、室内楽サークルは演奏会の準備に追われていた。由佳、由美、克己、孝幸の四人は、ひとつのユニットとして弦楽三重奏にピアノを加えた編成で練習を重ねることになった。


 練習室の窓から差し込む午後の光が、床に淡い影を落としていた。由佳はバイオリンを構え、由美がもう一本のバイオリンを手にしている。克己はチェロを膝に置き、孝幸はピアノの前に座っていた。


「それでは、モーツァルトのピアノ三重奏から始めようか」


 克己が軽く提案した。その視線は、いつものように由美のほうに少し長く留まっていた。


 練習が始まると、音楽が静かに流れ始めた。由美のバイオリンは明るく澄んでおり、克己のチェロがそれを優しく支える。孝幸のピアノは、中流家庭で育った母親譲りの、素直で丁寧なタッチだった。


 由佳は自分のバイオリンを弾きながら、ふと孝幸の横顔に視線を向けた。孝幸は鍵盤に集中し、背筋を伸ばして指を動かしている。その手の形が、意外に細く綺麗であることに、由佳は少し驚いた。普段、男性の身体的な特徴を意識することなどほとんどない由佳にとって、それはわずかな違和感だった。


 一曲が終わった休憩のとき、克己が由美に話しかけた。


「由美さん、今日の音、すごく綺麗だったよ。学園祭では、君のソロをもう少し目立たせてもいいかも」


 由美は上品に微笑みながらも、控えめに距離を置くように答えた。


「ありがとうございます。でも、まだみんなと合わせるのに必死で……」


 由佳は静かにバイオリンを膝に置いた。


「克己さん、由美はまだ一年生です。あまり急かさないでください」


 言葉は穏やかだったが、由佳の視線にははっきりとした牽制の色があった。克己は苦笑いしながら手を挙げた。


「わかったよ。由佳さん、姉さんらしいな」


 そのとき、由佳はふと孝幸のほうに目をやった。孝幸は体を由美たちに向け、黙ってそのやり取りを見ていた。彼の表情には、特別な感情は浮かんでいなかった。


 由佳は自分の胸の内を、わずかにざわつかせていることに気づいた。孝幸の視線が、なぜか少しだけ気にかかった。克己が由美に近づくことへの苛立ちとは違う、もっと個人的な、名状しがたい感情だった。


 練習が再開されると、由佳は自分のバイオリンをより丁寧に弾いた。妹の音を美しく響かせるためでもあり、孝幸のピアノと少しでも調和させようとする意識が、知らず知らずのうちに働いていた。


 由佳はそれを、自分でもはっきりと自覚していなかった。ただ、孝幸の存在が、以前よりもわずかに自分の視界に入り始めていることだけは、確かに感じていた。


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