第14話 計算された旋律
室内楽サークルの練習が終わる頃、克己は由美の近くに寄っていった。手際よくチェロをケースにしまいながら、由美に軽く声をかける。
「由美さん、今日のバイオリン、すごく響きが良かったよ。明るくて、聴きやすいね」
由美は丁寧に微笑んだ。まだ一年生で、サークルにも慣れていない様子だったが、言葉遣いは上品で、相手を不快にさせない距離を保っていた。
「ありがとうございます。でもまだ練習が足りなくて……」
「練習なんて気にしなくていい。楽しんでいれば自然と上達するさ。僕も最初は大したことなかったよ」
克己の笑顔はいつものように柔らかく、親しみやすい。けれど由佳には、その計算された作り笑顔が不快だった。ディベートサークルで交わした言葉の端々で、克己が常に相手の反応を測っているのが見えていた。
由美は小さく頷くと、バイオリンをケースにしまい始めた。克己の言葉に直接答えず、会話の続きを断つような仕草だった。
由佳は練習室の隅でその様子を眺めていた。妹が克己のような男に近づかれること自体に、彼女は強い違和感を覚えていた。由美は純粋で、人の善意を疑うことを知らない。だからこそ、由佳が守らなければならない。
克己はもう少し由美に話しかけようとしたが、由美が「すみません、先に帰ります」と軽く頭を下げて部屋を出ていった。克己は少し肩をすくめ、どこか自嘲めいた笑みを浮かべた。
由佳は妹の後を追うようにして練習室を出た。廊下で由美に追いつくと、静かに声をかけた。
「克己さんに話しかけられていたわね」
「ええ。優しい方だけど……少し苦手かも」
由美は素直にそう言った。
由佳は妹の横顔を見て、わずかに安堵した。由美はやはり、克己のような男の計算を見抜く目を持っている。
その夜、由佳は自室で妹のことを考えていた。克己の接近は、単なる好意ではなく、何か別の意図があるように思えた。由美を守るという役割を、由佳は再び強く自覚した。
読んでくださりありがとうございます。「おもしろい」とか「よかった」という、一言でも感想を残していただけると嬉しいです。よろしければ、☆のポイントとリアクションのクリックをお願いします。




