表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
執有瑠高校(とあるこうこう)の事件簿  作者: さらん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

294/298

第百五十章:土曜のチューバと、王の強制労働(前編)


#1

五月九日、土曜日。


ゴールデンウィークの喧騒が遠ざかり、学校に静かな週末の部活動の空気が戻ってきた午前中。

今日の旧視聴覚室は、いつもと少し様子が違っていた。


写楽しゃらくくんは「秋の展示会用のサーバーパーツの買い出し」で名古屋へ。愛瑠来えるきさんも「茶道部の特別なお茶会の助っ人」として出払っており、この部屋には私、さらんと、無重力チェアで微動だにせず眠る王、根露ねろくん、そして白猫のシロだけが残されていた。


「……静かね。王様にとっては最高の環境じゃない?」


私が本をめくりながら呟いても、根露くんはアイマスクの下でスゥスゥと規則正しい寝息を立てるだけだ。


しかし、その絶対の平和は、突然のノックと共に破られた。


「……失礼します! 視聴覚の皆さん、助けてください!」


吹奏楽部でチューバ(低音の巨大な金管楽器)を担当する巨漢の二年生、大輝だいきくんが、涙目で部室に転がり込んできた。


「大輝くん? どうしたの、そんなに慌てて」

「……俺のチューバの『マウスピース(吹き口)』が盗まれたんです! これがないと音が出せない! 顧問の厳しい先生に言ったら、『見つかるまで、防音設備の整った旧視聴覚室で、一日中バズィング(唇を震わせる呼吸練習)をしてろ』って……!」


大輝くんは、手にした『練習用の巨大な風船と、ブーッ!と凄まじい騒音の鳴るバズィング用器具』を掲げた。


「……ということで、今日の夕方までここで『ブーーーーッ!!』って鳴らし続けてもいいですか!?」


ピクッ。

その瞬間、無重力チェアの上で、アイマスクが僅かに動いた。


「……今、なんと?」


地獄の底から響くような重低音が、部屋の空気を凍らせた。


「ひぃっ!? あ、あの、夕方までここで、騒音鳴らしっぱなしの練習を……」


バサッ! とアイマスクを引き剥がし、根露くんが信じられないほどのスピードで身を起こした。その目は、己の『絶対的聖域(昼寝)』を脅かされた怒りに燃え上がっている。


「……余の玉座の真横で、一日中『ブーッ!』だと? そのようなカロリーの無駄遣いによる騒音公害、余が許すとでも思っているのか」

「で、でも、マウスピースが見つからないと、先生が……!」

「……チッ。写楽も愛瑠来も不在の時に限って、このような緊急事態(安眠の危機)が起きるとは」


根露くんは、ギリッと奥歯を噛み締め、なんと自らの足で立ち上がった。

そして、私の肩をガシッと掴んだ。


「……さらん。行くぞ。余が直々に、そのマウスピースとやらを『三分』で発見し、貴様を音楽室へ送り返してやる。……余の午睡を邪魔した罪、高くつくと思え」

まさかの、王の強制出陣である。


#2

私と根露くんは、大輝くんに案内されて、吹奏楽部の練習が行われている『第一音楽室』へと足を踏み入れた。


他の部員たちは、低音のチューバがいないため合奏練習ができず、各自でパラパラと個人練習をしている状態だった。


「……大輝。マウスピースが消えた状況を手短に話せ。カロリーを消費させないよう、簡潔にな」

「は、はい! さっきの十分間の休憩中、俺は譜面台の上にマウスピースを置いて、トイレに行きました。戻ってきたら、忽然と消えていたんです。音楽室には部員が残っていたので、外部犯の可能性は低いです」


根露くんは、重いため息をつきながら、大輝くんの譜面台の前に立った。


「……本来なら、ここで『眼鏡の物理マニア(写楽)』がルーペを取り出し、地を這うような真似をするのだろうが。……余は動かん。さらん、そこにある『譜面台の上の楽譜』の端をよく見ろ」


言われて私が楽譜の端を見ると、そこには何か『透明な油のようなもの』がうっすらと付着していた。


「……ただの油じゃありません。ちょっと良い匂いがします」

「……当然だ。それは金管楽器(チューバ等)のピストンに差すオイルではない。木管楽器のジョイント部分の滑りを良くするための『コルクグリス(リップクリームのような固形潤滑油)』だ」


根露くんは、気怠げに視線を音楽室の奥へと向けた。


「……さらに、楽譜の端が『親指と人差し指』の形で微かに凹んでいる。犯人は、手にコルクグリスを付着させたまま、大輝の楽譜ごとマウスピースを持ち上げ、どこかへ隠した。

……物理的証拠(コルクグリスと指の圧痕)から導き出せる『事実(WHO)』は、木管楽器の担当者。……あの中の誰かだ」


根露くんは、クラリネットやフルートを吹いている木管パートの生徒たちを指差した。


「……フン。写楽の真似事など、この余にとってはあくびが出るほど容易い」


根露くんは、早くも帰りたいという顔で大きなあくびをした。


「……さて。物理的証拠(事実)は揃った。次は『灰色の瞳をした紅茶マニア(愛瑠来)』の出番というわけだが……」


根露くんは、苛立ち交じりに自分の首の後ろを掻いた。


「……なぜ余が、他人の面倒な『心理』などに寄り添ってやらねばならんのだ。極めて不本意だ」


王の安眠を守るための、前代未聞の単独捜査。

物理的証拠を片付けた根露くんは、いよいよ犯人の「心理(WHY)」という、彼が最も嫌う『人間の感情』へと踏み込んでいく。

【第百五十章:土曜のチューバと、王の強制労働(前編) - 了】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ