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執有瑠高校(とあるこうこう)の事件簿  作者: さらん


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第百四十六章:合宿のショート回路と、愛瑠来の猶予(校外合宿編・第四話)


#1

五月三日、日曜日。午後三時過ぎ。


激しい雷雨が打ち付けるロッジ『青風荘』のウッドデッキ。


写楽しゃらくくんの完璧な検証により、「食塩氷」を使った時限式のショート回路という物理的トリック(HOW)が暴かれた。


「……人間の非効率な行動には、必ず切実な『心理と事情(WHY)』が存在します。ここからは、私の灰色の脳細胞の出番ですね」


愛瑠来えるきさんは、動揺する文芸部の涼太りょうた部長とけいくんに、トレイに乗せた温かいロイヤルミルクティーを静かに手渡した。


「……まず、犯人が『氷が溶けるまでの時間差タイムラグ』を必要とした最大の理由。……それは、停電が起きる瞬間、自分自身が『リビングで皆と一緒に作業をしているアリバイ』が必要だったからです」


愛瑠来さんの静かな声が、雨音に混じって響く。


「……そしてもう一つ。犯人は今日の午後から『雷雨』になるという天気予報を熟知していた。……氷が溶けてショートするタイミングが雷雨と重なれば、誰もが『落雷による一時的なブレーカー落ち』だと錯覚する。……見事な自然のカムフラージュです」

「……でも、どうしてそんな手の込んだ真似をしてまで、データ保管室の電気を落とす必要があったんだ?」


涼太部長が、ミルクティーのカップを両手で包みながら尋ねた。


「……目的はただ一つ。『午後三時に予定されていた、サーバーへの全データバックアップ作業を強制的に中断させるため』です」


愛瑠来さんは、灰色の瞳で涼太部長を真っ直ぐに見つめた。


「……涼太部長。昼食の準備の時、厨房で塩と水を使い、食塩氷を作って仕掛けたのは……あなたですね?」


#2

「……なっ!? 部長が!?」


圭くんが驚いて声を上げる。

涼太部長は目を丸くし、やがて苦笑するように視線を落とした。


「……どうして、俺だと思ったんだ?」

「……心理的なリアクションの差です」


愛瑠来さんは、優雅に微笑んだ。


「……先ほど、突然電気が落ちてサーバーの警告音が鳴り響いた時。圭くんは『データが飛んだかもしれない!』と真っ青になって飛び起きました。……しかし涼太部長、あなたは一切取り乱すことなく、こう言いましたね。

『仕方ない。今日はもうサーバーは使えないな。バックアップは明日に回そう』と」


愛瑠来さんの言葉に、涼太部長がビクッと肩を揺らす。


「……あなたは、停電が起きることを最初から知っていた。……いえ、停電を起こして『バックアップを明日に延期する大義名分』がどうしても欲しかったのです」


愛瑠来さんは、傍らに立つ圭くんへと視線を向けた。


「……涼太部長。あなたは今日の昼、圭くんが『完成しました』と言って見せてくれた表紙のカラーイラストを見て、気づいてしまったのではないですか?

……彼が、午後三時のバックアップという『スケジュール』に間に合わせるために、背景の描き込みなど、自分の納得のいかないクオリティで妥協して筆を置いたことに」

「……えっ」


圭くんが息を呑み、自分のタブレットをギュッと抱きしめた。


「……あなたは文芸部の部長として、圭くんの職人的なこだわりとプライドを誰よりも理解している。……だからこそ、『もっと時間をかけて描き直せ』と直接命令することはできなかった。責任感の強い彼のことです、絶対に『スケジュール優先で大丈夫です』と突っぱねてしまうと分かっていたから」


愛瑠来さんの優しく、温かい声がリビングを包み込む。


「……だからあなたは、雷雨という自然現象を利用して『サーバーのダウン(不可抗力)』を作り出した。

……『サーバーが使えないから、今夜は各自で手元の原稿をブラッシュアップする時間にしよう』。……そう言って、圭くんが誰にも気兼ねすることなく、朝まで納得いくまでイラストを描き直せる『猶予(時間)』をプレゼントしたかった。……違いますか?」


#3

激しい雨音が、一瞬だけ静寂を連れてきたように感じられた。


「……敵わないな、視聴覚には」


涼太部長は、観念したように息を吐き出し、圭くんの方を向いた。


「……ごめん、圭。勝手なことして。……お前のあの空のイラスト、本当はもっと凄い色が出せるはずだって、俺、知ってるから。……昨日、お前が俺を無理やり休ませてくれたみたいに、今度は俺がお前に『妥協しない時間』を作ってやりたくて……」

「……部長……っ」


圭くんの目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。

彼は手元のタブレットを開き、妥協して完成させたはずのイラストのレイヤーを、もう一度表示させた。


「……ありがとうございます。僕……本当は、あの雲のディテール、どうしても描き直したかったんです。……今夜、徹夜してでも、最高の表紙に仕上げてみせます!!」

「……ふふっ。謎が解けてよかったわね。お互いを思いやる、最高の凸凹コンビじゃない」


私、さらんが微笑みかけると、二人は照れくさそうに、けれど清々しい笑顔で頷き合った。


「……食塩氷という『事実』から、不器用な時間稼ぎと後輩へのエールという『心理』を導き出す。……見事だ、愛瑠来」


写楽くんが、マルチメーターを片付けながら心からの賞賛を送る。


「……ええ。写楽くんの揺るぎない証拠と回路の証明があってこその、心理分析です」


愛瑠来さんが、深く一礼を返す。


「……フン」


その時。

ウッドデッキの奥、雨風を避けた特等席のハンモックから、王、根露くんの静かな鼻息が漏れた。


「……阿呆どもめ。後輩に描き直しを命じたいのであれば、『部長命令だ、スケジュールは俺が調整するから妥協するな』と真正面から説得し、スケジュール表を書き換えれば済むものを」


根露くんは、アイマスクを額に押し上げ、気怠げな瞳で涼太部長を見据えた。


「……だが、責任感の強い後輩との『不毛な押し問答』という精神的カロリーの消費を嫌い、氷と雷雨という『自然現象』に責任を丸投げして己の目的を達成するその姿勢。

……環境を支配し、対人コミュニケーションの労力すら極限まで削ぎ落とした、実に素晴らしい怠惰なるマネジメントだ。……余は高く評価してやろう」

「……王様、それ部長がただ話し合いから逃げたみたいに聞こえますからね!」


私が笑ってツッコミを入れると、外の雷雨の激しさとは対照的に、ロッジの中には温かい笑い声と確かな絆が満ちていた。


……しかし。

お互いの本音をぶつけ合い、ついに完璧な結束を見せた文芸部と、私たち旧視聴覚室の面々。


この穏やかな解決が、合宿のフィナーレを飾る『最大の危機』へのプロローグに過ぎないことを、この時の私たちはまだ気づいていなかった。


外の雨は、いつの間にか『土砂崩れ警報』を伴う、記録的な大豪雨へと姿を変え始めていたのだ。

【第百四十六章:合宿のショート回路と、愛瑠来の猶予(校外合宿編・第四話) - 了】

(第五話・最終回へ続く)


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