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執有瑠高校(とあるこうこう)の事件簿  作者: さらん


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第百四十三章:合宿の白紙原稿と、写楽の熱力学(校外合宿編・第一話)


#1

五月二日、土曜日。ゴールデンウィーク後半戦の初日。


私たち旧視聴覚室の面々は、豊橋の市街地から車で一時間ほど山へ入った、東三河の自然豊かな校外にあるロッジ『青風荘せいふうそう』にやってきていた。


「……空気が美味しい! 山の緑が最高ね!」


私、さらんは、ロッジの広いウッドデッキで思い切り背伸びをした。


「……なぜ、五連休の初日に、他人の部活の合宿に駆り出されなければならないのだ……」


ウッドデッキの特等席に吊るされた最高級のハンモックの上で、王、根露ねろくんが深くため息をついた。彼のお腹の上には、このロッジの看板犬である人懐っこいゴールデンレトリバーが、我が物顔であごを乗せて一緒に眠っている。


私たちがここにいる理由。それは、『文芸部』のゴールデンウィーク強化執筆合宿に、機材のメンテナンス要員として「強制同行」させられたからだ。


文芸部は秋の文学展示会に向け、部員総出で長編のWeb小説を執筆しており、そのためのローカルサーバーや大量のプリンターの保守管理に、写楽くんの技術がどうしても必要だったのだ。


「……王様、文句言わない。ロッジのオーナー特製の三食昼寝付きで、ハンモックから一歩も動かなくていいって条件でついてきたんでしょ」


私が苦笑していると、ロッジの奥の「執筆ルーム」から、文芸部の部長である三年生の涼太りょうた先輩の、悲鳴のような声が響き渡った。


「……消えてる!! 俺の原稿が、全部消えてるぞ!!」


#2

私と、機材の調整をしていた写楽しゃらくくんが執筆ルームに駆けつけると、涼太先輩が真っ青な顔で「ただの白い紙の束」を握りしめていた。


「……視聴覚の二人、見てくれ! 昨日の夜、徹夜で書き上げてプリントアウトした『秋の展示会用のプロットと序盤50ページ』の原稿が、ただの白紙になってるんだ!」

「……白紙?」


私が覗き込むと、確かに50枚のコピー用紙には、文字のインクが一滴も残っていなかった。しかし、紙の表面にはプリンターのローラーが通った微かな圧痕があり、間違いなく「一度は印刷された紙」であることがわかる。


「……昨日の夜中3時に印刷を終えて、この机の上に置いておいたんだ。最後に部屋を出た俺が、内側からサムターン(鍵)を回してドアを閉めた。今朝、俺が鍵を開けるまで、ここは完全な密室だったはずなんだ!」


涼太先輩がパニックに陥る中、写楽くんは静かに歩み寄り、その「白紙の束」を一枚手に取った。


「……密室での、印刷済みテキストの完全消失か」


写楽くんは、事も無げに眼鏡を押し上げた。


「……先輩。ポルターガイストやデータ消失のバグなど存在しない。これは極めて物理的な化学反応だ。……さらん、この紙を厨房の『業務用冷凍庫』に5分間入れてきてくれ」

「えっ? 冷凍庫?」


私が言われた通りに紙をマイナス20度の冷凍庫に入れ、5分後に取り出して戻ってくると……。


「……うそっ! 文字が……浮き出てる!」


真っ白だったはずの紙に、黒々とした文字が完全に復活していた。


「……フリクション(消せる)ボールペンなどでおなじみの『熱消去性インク』だよ」


写楽くんは、プリンターのインクカートリッジの蓋を開けて確認した。


「……誰かが、このプリンターの黒インクを、60度以上の熱で無色透明になる『特殊なサーマルインク』にすり替えていたんだ。……だが、問題はそこじゃない」


写楽くんの鋭い双眸が、密室だった部屋の中を舐めるように観察する。


「……インクの性質はわかった。しかし、昨夜は冷え込んだ。この部屋の室温で、紙が勝手に60度以上になるはずがない。……誰かが、あるいは『何らかの熱源』が、この机の上の紙を60度以上に加熱したはずだ」


#3

写楽くんは、原稿が置かれていた机の周囲を調べ始めた。

暖房器具はない。直射日光が集まるようなガラス玉(収斂火災の原因)もない。


やがて彼の目は、机の端に置かれた一台の『分厚いノートパソコン』に釘付けになった。それは文芸部が3Dの表紙イラストを作成するために持ち込んだ、排熱ファンの大きなゲーミングPCだった。


写楽くんは、自分のタブレットをそのPCに接続し、稼働ログ(履歴)を抽出した。


「……完全に見えたぞ」


写楽くんが、自信に満ちた声で告げる。


「……犯人は、この部屋に侵入してドライヤーなどで紙を温めたわけではない。……このゲーミングPCの『排気口エキゾースト』を利用したんだ」

「排気口?」

「……ああ。ログによれば、昨夜の午前4時……つまり先輩が密室にして立ち去った1時間後から、このPCで『極めて負荷の高い3Dレンダリング処理』がタイマー起動されている。

……処理が始まると、PCの冷却ファンは猛烈に回転し、側面の排気口から『65度以上の熱風』を吐き出し続けた。……そして、その排気口の真横に、この原稿の束が置かれていた」


写楽くんは、PCの排気口と、原稿が置かれていたスペースの距離を指で示した。


「……数時間にわたって65度の熱風を浴び続けた原稿は、サーマルインクの消去温度に達し、徐々に文字が透明になっていった。……密室を破る必要などなかった。犯人は『タイマー起動による排熱』という物理現象を使って、密室の中で自動的に文字を消し去ったんだ」


写楽くんは、タブレットを閉じ、静かに結論を告げた。


「……タイマーをセットし、インクをすり替えた人物。……物理的証拠(熱消去性インクとPCの排熱ログ)から導き出せる『事実(HOW)』はここまでだ。……僕の領域は、ここで終わる」


写楽くんは、それ以上の憶測……なぜそんな手の込んだ方法で、部長のプロット原稿を白紙にする必要があったのか……を一切口にすることなく、静かに部屋の奥へと視線を送った。


「……完璧な物的証拠の提示と、熱力学の証明です、写楽くん」


部屋の入り口に、いつの間にか、人数分の冷たいレモネードを持った愛瑠来えるきさんが立っていた。彼の灰色の瞳が、復活した原稿の束を優しく、しかし鋭く見つめている。


「……インクをすり替え、排熱を利用してまで、ただ原稿を『捨てる』のではなく『見えなくした』理由。……人間の非効率な行動には、必ず切実な『心理(WHY)』が存在します。……ここからは、私の灰色の脳細胞の出番ですね」


文芸部の合宿を揺るがす、第一の事件。

写楽からバトンを受け取った愛瑠来が、白紙に隠された「犯人の心」へと迫る。

【第百四十三章:合宿の白紙原稿と、写楽の熱力学 - 了】

(第二話へ続く)


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