子守のバイト【上】
前話とはまた別の話です
「さて、何をしようか?」
部屋にあるのはソファとテーブル、テレビと十六の小さな引き出しがある古いたんす。それだけ。
「おままごと」
と、しのが言った。
「しのがお母さんで、お兄ちゃんがお父さんで、あと赤ちゃん!」
「赤ちゃんか……」
子守のアルバイト依頼によりこの家に来たのだが、いたのはしの一人。
正社員ではないものの、久方ぶりのまともな仕事だと喜んで来たが、こんな小さな子を一人家に残したまま外出なんて、まともな親ではないのかもしれない。
「困ったな」
しのの手を引いて家の中を歩いてみたが、人形やぬいぐるみなんてどこにも無い。
「こうなったらさ、二人でままごとする?」
「赤ちゃんがいないとヤ」
もう、頑固なんだから。ぷいとそっぽを向いたしのと一緒に暗い、長い廊下を歩く。
少しして、大きなドアが見えた。
「あれ、行きにこんなドアあったっけ?」
しのはまだ横を向いたまま。
とにかくドアを引いて中に入ってみると、それは一番初めにいた居間だった。
「そっか、出た部屋ならドアを覚えて無くてもおかしくないよな……」
もちろんそんな言い訳をしのが聞く義務はなく、握っていた手を放し、部屋の隅に走っていった。あの、小さい引き出しがいくつもついたたんすの元へ。
そして、引き出しを開け閉めして遊びだす。
俺がこの部屋に入ってきたときもこのたんすで遊んでたっけ、コレがこれくらいの子には遊びになるんだなぁと、苦笑しながらしのの元へ行き、後ろからたずねた。
「楽しい?」
「うんっ!えっとね、これ押すとね」
真ん中辺りの引き出しをめいいっぱい開けて、それをすばやく閉めると、両隣のがぱくっと出てきた。
「ほら、ね」
それを同時に押すと、また別の引き出しが出っ張る。それが面白いらしい。
この様子なら大丈夫だろうと、その後俺はソファに座ってしのに背を向けていたので気づかなかった。
引き出しをひとつ押し込んだとたん、他のすべての引き出しが勢いよく開いた事なんて……ただ、大喜びするしのの声だけが聞こえていた。
さわ、さわ……
ああ、窓の外で葉ずれの音が聞こえる。少し風が出てきたんだなぁ。
ざわ…ざわ……
いや、これは、声?
何を話しているんだろう。誰に話しているんだ?
「お兄ちゃんっ!」
「ぅわっと、え、寝てた?」
ゆすぶり起こされ、うとうとしていた事に気づく、
「呼んでも起きないんだもん」
訂正、うとうとではなく熟睡していたようだ。
「どうした?」
日が少し黄味がかって窓から差し込み、時間の経過を教えている。
二時、いや三時前くらいかな、
「箱取れちゃった……」
しのが指差したのは、例のたんす、引き抜かれた引き出しが二個、転がっていた。
取れちゃった=壊れちゃった、らしい、くすりと笑って、安心させるようにしのの頭をなでてやった。
「取れちゃったか、大丈夫、壊れたわけじゃないからすぐ元にもどすよ」
かがみこみ、引き出しを一つ手に取ったときにちょっとした違和感があった。たんすと見比べ気づく、奥行きに比べ、ずいぶん引き出しが浅い。
「奥に何かあるのかなっと」
のぞきこんでみても暗くてよく分からない、取り出そうにも手が入らない。ちょうど小さな子供の手が入るくらいの大きさだ。
「しの、ちょっと来てくれる?」
「はーい。どうしたの?」
「この奥に何かないか見てくれないかな?」
「うん、いいよ……うーん、紙が入ってる」
しのが取り出してくれたそれは、紙に包まれた人形の足だった。包んでいた紙は、広げておいてある。ティッシュペーパーほどの大きさで、墨で書かれた文字はよく読めない。ずいぶん古いものらしく、端から黄ばみ、ところどころ破れている。
何でこんなところに人形の足が?
しのは嬉しそうにそれを持ってはしゃいでいた。
「ねえお兄ちゃん、他のところも出していい?」
「じゃあお願いします」
「はい、分かりました!」
しのが積極的に引き出しを抜いて手を突っ込み、結局すべての引き出しの奥に一つずつ、頭、手、足、胴のうちいずれかが納まっていた。
「今日はどうしましたか~?はい、先生、頭が取れちゃったんです・・・」
どうやらしのは、頭を一つ手に取りお医者さんごっこをし始めたらしい。
一体当り六つに分割された人形の部品が十六個、これを元通りつなぎ合わせたとしても、余りが出るんだろうなぁ。
お医者さんらしいせりふであれやこれやと人形を元通りにしようとくっつけているが、なかなか正しいものが見つからないようだ。
「手伝おうか?」
「うん」
しばらく二人で試していたが、どうにもくっつかない。ひとつもくっつかない。
「う~ん、なんでかなぁ?」
「なんでだろね」
もう、外は夕焼けで、しのも、人形も赤く染まっていた。
これらの部品がそれぞれ別の人形から外された物だとしたら……ふと、体の一部がもがれた人形が何体も飾られている光景を思い浮かべてしまってあわてて打ち消した。こわいこわい。
「それにしても、お母さんたちの帰りが遅いね」
今日の昼過ぎには帰ってくるはずだったが、何か予定が長引いているのだろうか。
「お母さんじゃないよ、おばちゃんとおじちゃんだよ」
「え、じゃぁお母さんとお父さんは?」
「うんとね、しんじゃった」
人形の頭を手の中で転がしながら、しのは続ける。
「だからこれからはここがしののお家なんだって」
「そっか……」
相槌を打ちながらも無責任すぎやしないかと少し腹が立った。引き取った小さな子供を家に置きっぱなしか?俺が来るまでこの家にはしのしかいなかった。
それに、自分で言うのもなんだが、俺みたいなバイトに任せるなんて……
「今日、おじちゃんたちが帰ってきたら、しのが家に来たおいわいするんだって」
しのがこの家に来てからもう大分経っているだろうに、今更お祝いか。
今日も中々帰ってこないし、よっぽど仕事が忙しいのか。
依頼主だし、なるべくなら好意的に見たいところだが、ちょっと悪条件が重なりすぎてるな。依頼を受けたのが一週間前、今日だけどうしても家を空けなければならなくてしょうがなく、なのかも知れないが。
でも普通、両親が死んで引き取った場合お祝いなんてするか?
「いつもしのは一人でお留守番してたのか?」
「え?ううん、いつもはお母さんがいたよ?」
「あ……ごめんな、えっと、この家に来てからは、いつもおじさんたちの帰りを待ってるの?」
「違うよ、今日はじめてきたんだよ」
「……しの、言いたくないなら言わなくていいけど。お母さんは、いつ死んじゃったんだ?」
「んと、昨日」
「お父さんは?」
「お父さんも」
沈みかけた夕日のせいで、部屋の中は赤黒く染まっていた。なんか、うっすらと犯罪臭がただよってきたんだけど。あれか、遺産相続とかそういった金持ちのどろどろした争いか何かなのか?俺、このバイト受けないほうが良かった!?
「お兄ちゃん?」
「ちょっと、帰るのが遅いからおじさん達に電話して見ようか?」
『・・・・・留守番サービスに接続いたします』
プツ
三回かけてみてあきらめた、十数回ほどコールするが、留守電へとつながってしまい結局誰も出ない。
この家はおかしい。
人形の一部が隠してあったたんす。しのの親が亡くなる一週間前に、俺に子守の依頼をしていたおじ・おば夫婦。引き取ったばかりの姪っ子を家に残したまま帰って来ない。連絡を取ろうとしても電話に出ない。
……あれ?
となると、この家でおかしいのは初めのたんすだけであって、変なのはしののおじ・おば夫婦になるな。一体どういう人たちなんだろう。そういえば、この仕事はメールで引き受けたものだから夫婦の顔も知らないや。
今更ながらなんだか嫌な予感がしてきて俺はもう一度、しのと家の中をめぐることにした。
ざっと見渡しつつ一周したが成果なし。さすがに引出しとかを漁るのは失礼だと思ったから本当に見渡しただけだ。居間に戻ろうとしてドアを開けた時、しのと俺は同時に気づいた。
窓の下に何か落ちている。
「あっ!」
止めるまもなくしのが駆け寄り、歓声を上げた。
「お人形だ」
「どれ、ちょっと見せてみて」
受け取ったそれは確かに人形だ、先ほど家を探したときには見つからなかった物がここに落ちている。
さっきまで何も無かったはずのところに。
「しーのーのー」
「あ、ごめん。はいどうぞ」
おもちゃ屋で売っている女の子用の人形ではない。
日本人形、よりも少し細い感じで?どこかで見たか?
うれしそうにいい子、いい子、と人形をいじくり回していたしのだが妙な顔をした。
「あれ?」
「どうしたんだ?」
「このお人形おなかが無いよ」
触ってみると確かに、着物の胴体部分は妙にへこんでいる。
「落としちゃったのかな?」
冗談のつもりで言ったのだが、不意に思い当たった。
あのたんす……
しのも思いついたのだろう、人形のパーツが転がっているところへ向かい、胴体を拾い上げた。
小さな手が器用に四肢と頭をついでいく。
「上手だね」
「うん、だってしのお人形好きだもん」
やはり、この人形の胴体はあのたんすの奥にあったうちのひとつだったらしい。五体(六体?)のそろった人形に服を着せ、しのは満足げだ。
「前のうちにも……人形があったのか?」
尋ねかけて口ごもったが、そのまま止めるのも変かと思い最後まで尋ねてしまった。しかし、あまり気にしないでくれたようで。
「んーん、買ってくれなかった。お母さんお人形嫌いだったの」
でもね、と、すぐに何か思い出したのか顔が輝く。
「しのの幼稚園にはお人形もぬいぐるみもいっぱいあるよ。
お正月におじちゃんとおばちゃんにお人形が好きだって言ったら、お家だとお母さんが嫌がるからって幼稚園にいーっぱい持ってきてくれたの。
だから幼稚園ではいっつもみんなでおままごとするんだ!」
「そっか、よかったね」
「うん。ね、お兄ちゃん、おままごとしよう」
お父さんは会社に出かけるものだと部屋の外に追いやられ、そろそろいいかな、とドアを開けた。
「ただいま~」
「おかえりなさ~い。ご飯をどうぞ」
しのの前に腰を下ろしてぎょっとした。人形が増えてる?
「お父さん、二人目がうまれましたよ~」
「え、あ、うん。おめでとう。その人形、どこにあったの?」
そう言うと、しのは口を尖らせた。
「もお、お父さん!人形じゃなくてあやちゃん!みやこちゃんの妹なの!!」
怒られてふい、と外を見ると真っ暗だった。そういえば、十時にここに来てから何も食べてないよな?
「しの、お腹減ってない?」
「減ってないよ?お兄ちゃんお腹減ったの?」
「いや、減ってないけど……」
今日、昼食とおやつと夕食が付いているからって朝飯を抜いてきたんだけど、全く空腹を覚えない。
ちょっとこれ、まずいんじゃないか?
困ったときの竜頼み、ということでそういったことに詳しい幼馴染の竜一に電話をかけるもつながらない。仕方が無いのでもう一人の腐れ縁に電話をかけてみる。
『はい、もしもし、春明です』
「あ、春。ちょっと助けてほしいんだけど……」
『ただいま電話に出る気がありません、御用の方はピーという発信音の後に…』
くっそ、本当に春が出たと思って話した俺がバカみたいじゃないか。
何で留守電が本人の声なんだよ、あれか、ハイテクって奴か!?しかも電話に出る気がないって、じゃあ携帯すんなよ!むしろ俺によこせ!!俺も留守電のやつ使ってみたい!!!
「はぁ」
ため息をついてしのの元へと戻ると、なぜかさらに増えた二体の人形を直しているところだった。
「あ、お父さん。今度は双子ちゃんが生まれましたよ~」
合わせて四体、いつの間にか増える人形って、怖いな。どこのホラー映画だよ。諦めて認めよう。この状態はおかしい。しかもあんまり係わりたくなかった方面におかしい。
まず、全く空腹を覚えないことから俺やしのの身体が何らかの影響を受けている。供給を受けているのか隔絶されているのか。外は暗くなってるが、実は全く時間が経過していない、なんて事もあるかもしれないな。そうしたら今日の時給どうなるんだろ、いやいや、そんなことより無事この状況から抜け出すことを考えよう。
今のところ、ここには妖気も霊気も神気も無い。俺は霊的抵抗性が極端に低いため、そういうものには敏感なんだ。
「お父さん、みやこちゃんをお風呂に入れてね?」
「あ、はいはい」
「ハイは一回」
「はーい」
しのから人形を渡されて眺めてみる。精巧に作られた可愛い人形だよな。特に何も感じられないし、動くこともないし、これで中に何か入ってるとしたらよっぽどの存在だろう。
少し髪が乱れていたので整えてやる。
「よっし、可愛くなった」
別に人形は嫌いじゃない。昔竜一の妹の怜ちゃんにひたすら付き合わされたことを思い出すな。
人形のみやこちゃんをソファに座らせて窓へと向かう。
「すっかり暗くなっちゃったな?」
しのは人形を直すのに夢中で返事は無かった。独り言みたいで少し恥ずかしい。ごまかすために窓を開けようか。
古い閂を外して開き戸を押すが、開かない。さび付いてるのか?
「くぬぅ!」
先ほどよりも力を入れてみるも、だめ。
「ふんっ!」
……びくともしない?
ベルトにつけてある小さなかばんからメモ帳とペンを取り出して簡略化した『開』の呪文字を描く。少しいたずら心で発呪をいじって完成。文字が破れないように点線にそって切り取り窓に押し付ける。ま、これで開くならただ単に力が足りなかっただけだな……むしろそうでありますように。
『オープンセサミ』
発呪を唱えたとたん、ばちぃ!と青白い火花が飛んで、呪符が窓からはじかれた。やっぱむりかぁ。
妙な力が働いてない限り何でも開けられる呪符(販売、譲渡、悪用は退魔法違反)がはじかれたことで確定した。これ、超常現象だ。
「しの、おじさん達遅いからちょっと迎えに行こうか」
人形を直し終わったしのに声をかけてから気付いた、このセリフは誘拐犯っぽいな。




