子守のバイト【下】
あやちゃんと名づけられた人形だけを持ったしのと一緒に玄関まで行ったのだが、ここもやっぱり開かなかった。戻りがてら緊急霊障窓口に電話をかけようとしても耳に当てた受話器からは何の音もしない。さらに、居間にあったはずのしのが直した人形と、人形の部品がすべてなくなっていた。
壁時計を見上げると、すでに夜の一時を回っている。
「しの、眠くない?」
「うん」
「ちょっと、あやちゃん貸してくれる?」
「え~~」
渋りながらも渡してくれて人形を受け取りしのの頭をなでてやる。
「う~ん」
こうやって持っても吐き気や頭痛とかいった妖気酔いの症状は出ないんだよなぁ。でも他の人形が姿を消したってことは中に何かいるんだろう。全く力をもらさずに中に納まっていられる何かが。
黒い長い髪、半分閉じたような黒い目、顔立ちは人形なだけあって整っている。
しのに少し似てるな。顔立ちが少し、口元はとても。
「あのさ、俺もしのも別に君たちをどうこうするつもりは無いんだからこの家から出してくれないかな?」
話しかけてみるも返事は無かった。人形だしな。
「はい、ありがとう」
あきらめてしのに返すとぎゅっと大事そうに抱きしめた。
それからしばらく、しののお医者さんごっこを眺めている。人形が着ているものは着物なのに脱がすのも着せるのも手馴れたもんだ。
こつこつ
居間のドアが叩かれてぎょっとしたが、おじさんおばさんがようやく帰ってきたのかと、
「お帰りなさい、すいません、しのはまだ起きてます」
なんて言って近づいた。
こつこつ
もう一度音がして気付く。
ずいぶん下のほうが叩かれている。
「あの、だれですか?」
こつこつこつごつっ!ごつっ!!
それからぱたりと音が止み、凝視する俺の前でゆっくりとドアノブが回りだした。
とっさにかばんから封の呪符を取り出してドアに押し当てる。
『発』
向こうでパシンとはじかれた音、とさっと軽いものが落ちる音。それから少しの間静かになって、
ドンッ!
部屋が揺れた。
どんっ
しのがきゅう、と人形と俺の服のすそを握り締めた。
がつ、がつ、ごと
一度目ほどではないが、時折、思い出したようにぶつかる音がし、ドアがゆれる。
ああ、人生どこで間違えたんだろ、今日の仕事は単なる留守番兼子守のはずだったのに……。
「子供を守っているんだから、コレも子守か、一応」
ため息をつきつつ無理にでも納得してみた俺を、不思議そうにしのが見上げる。
とにかく、今のところは部屋のドアと壁、天井と床に一枚ずつ封符を張ったので、入ってはこれない様子。このまま朝になったら無理やりにでも窓を開けて逃げよう。
いつの間にか、音がしなくなっていた。力尽きたのか、それともあきらめたのか。
「小休止……だったらイヤだなぁ」
その場合、後に今まで以上の力で襲ってくるのだろうから。
「仕方ないか、じゃ、せめて今のうちに作っておこうかな」
「何を?」
「ん~、ピッキングツール?まぁ、外に出るための道具だよ、しの、ちょっと動くよ」
すそをつかんだままついてくるのが少し可愛い。テーブルの上に白紙を一枚置いた。
そして、非常に気が進まないのだが、取り出した小さいナイフを右の親指にあて、あ、何をやるのだろうとしのが興味津々だ。あまり見て楽しいものじゃないんだけどな。
ぴ
「いたいっ!」
ナイフを走らせると同時にそれを見ていたしのが俺の服から手を離し小さな声をあげた、が、今は気にせずにゆっくりと親指を紙の上に滑らせる。
部屋に入らせないようにと貼った呪符は、とある神社に祭られている神の加護がかかった物が放り込まれた井戸の水で磨った墨で描いた。というよく判らんもので、そんな間接的なものでも効力があるのだから、直接の加護を受けた俺の血で札を作ればそりゃもう効果は絶大だ。
今まで使おうとしなかったのは、痛いから。それと、体が持たないから、だ。
さっきも言ったけど俺は霊的抵抗性が低く、その辺にいる退魔師と比べたらもちろん、一般平均をもはるかに下回るというからこんな事は体質的に向いていないのだ。
霊障、妖魔はもちろん、加護を与えられているはずの神の力にさえ耐えられない。俺の健康のためにも早く就職先見つけてこっち系の世界からはおさらばしたいんだけどな。
簡略化していない開の呪符を作ってふぅっとひと息。よし、神気漏れはしてないな、後は朝になるまで篭城だ。
気を抜いたところで向こうは活動を再開したらしい。
どんっ!どんっ!どんっ!!
けたたましく叩かれるドアに振り返ると、力を使い切った呪符がはらりとはがれる所だった。
「ちょ、まじで!?」
再び呪符を取り出してドアに貼ろうとしたのだが、触れるか触れないかのところで弾かれてしまう。もう対処してきた!?霊か妖魔かは判らないけどかなり知性が高いらしい。呪符を使うのは諦めて開きかけたドアのノブをつかんで引っ張った。くそう、せめて部屋側に開くドアだったらバリケードとかできたのに!
いざとなったらすぐにでも窓を開けようかとテーブルのほうを見ると、人形が立っていた。
しのが目をまん丸にしてそれを見ている。
あやちゃんと呼ばれた人形は先ほど作ったばかりの呪符を拾い上げ、小さな手で上の真ん中を持ち、
「待って、それ、まず……」
俺の静止を気にもせず、あっさりと破り捨てた。
フダにこめられた神気が行き場を無くしてあふれ出し、封呪が張られてあるがゆえに部屋に濃密にただよう。ぐらりと視界がゆれる。それでも、人形がしのに近づくところは見えた。
よたよたとしのに駆け寄り後ろにかばう。人形はこてん、と首をかしげた。
『どうして、隠すの?』
子供の様な、老人の様な、不思議な声が響く。俺はかばんから出した酔い止め薬を口に放り込み噛み砕いた。この声だけで頭が痛い。
『しのちゃんと遊びたいのに』
「残念ながらよい子はとっくに寝る時間なんだよ。こんな妙な家に閉じ込めやがって、体内時計が狂って幼稚園に起きれなくなったらどう責任とってくれんだ?」
『しのちゃん、遊ぼう?』
「無視かい、とにかく子供同士で遊ぶときは保護者の許可が要るんだよ。んで、今の保護者の俺はお前らがしのと遊ぶことは許可しません」
一瞬、生贄という言葉が脳裏を走った。ひょっとして、しのはこの人形達に捧げられた遊び相手なんじゃないか?前に座敷童子を留めておくために長子を捧げていたって言う家を聞いたことがある。
後ろを見ると、しのが少し困り顔。少し釘をさしておこう。
「遊びたいなんて言ったらもう帰れなくなるかもしれないぞ?」
そのまま、困った顔でしのはうなずいた。
そしてついにドアが開き、他の人形もぞろぞろご入場。対峙する為に一枚の呪符を取り出すと人形たちはいっせいに息を呑んだ。ま、息なんてしていないだろうからそれっぽい動きをした。さすがに人形だけあって火は苦手と見える。発火符を人差し指と中指ではさんで突き出すとおろおろと数歩下がった。火事になるとまずいけど、いざとなったらためらわないつもりだ。
「お前たちに危害を加えるつもりは無い、ただ、この家から出して欲しいんだ」
『嫌。せっかくしのちゃんに会えたんだもの』
あやちゃん人形がつぶやいた。
『遊ぼう』
『遊ぼうよ』
他の人形たちもしのに呼びかける。
ゆっくりと人形達が近づいてくる。
呪符を構えるとおびえた顔になり、その中に悲しそうな顔をしたみやこちゃんを見つけてしまった。
「……っつ」
よく甘いと言われるが、見知ったものがいるとちょっとな。
危害を加えようと思えばいつでもできた、本当にただ遊んで欲しいだけかもしれない。でも、その『遊び』がどの程度なのか、開放される時が来るのか……
「いいよ」
後ろで声がした。
『本当!?』
『あそぼっ!』
「うん、遊ぼう」
今度はすぐ横で。
人形の元へ向かうしのを止める。
「ちょっと、今の無し!しの、帰れなくなったらどうするんだ!?」
しゃがんで、目を合わせるとやっぱり困った顔をしていた。目をそらしたしのは人形のほうを向き、
「ねえ、お兄ちゃんはお家から出してくれる?」
『うん、いいよ』
『しのちゃんが遊んでくれるなら、いい』
『遊ぼう!』
口々に騒ぐ人形たちはこの際放って置く。
「しの、あのな、朝会った時に言ったけど、俺は今日一日お前のお兄ちゃんなんだから、妹置いてくことなんてしないからな。絶対お前もつれて帰る、わかった?」
「……でも」
少しして口を開いたしのはやっぱり困った声で、
「しの、今日が終わったらどこに帰るの?お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなって、おじちゃんもおばちゃんも帰ってこなかったら、しの、帰るところなくなっちゃう……」
えぐえぐと泣き出したしのに昨日両親を亡くしたばかりだということを思い出す。きっと何が起こったかもわからずにここに連れて来られて、さらに一人で放置されて、そりゃ平気でいられる訳が無いんだ。
よく考えたら通夜や葬式にも出て無いんじゃないか?
何か他にも色々おかしい所だらけな気がする。何で俺今まで気付かなかった?
頭が多少働いたせいか方針が決まった。全員に聞こえるように手を打ち鳴らす。
「ハイ、ちょっとちゅうも~く」
人形達も、びっくりして泣き止んだしのもこちらを見た。
「まずしの、一人くらいなら何とかするから帰る場所が無くなったらうちおいで。明日からもずっと俺がしののお兄ちゃんな、決定。面倒なことは竜、あ~、知り合いに頼めばたいてい何とかしてくれるから大丈夫。
んで、人形達。俺としのは人間なんでずっとここにはいられません。遊ぶのは一回だけな。それが終わったらちゃんと俺達をここから帰すこと。じゃ、それでいいならみんなで何するか決めるぞ~」
『鬼ごっこ!』
『かくれんぼ!』
はいはいと人形達が手を挙げてやりたい遊びを主張する。
遊びに考えを向かせて条件を飲んだことになるってのを気付かせない。どうよ、この高等テクニック。
『鞠つき!』
「おままごと!!」
『あ、おままごと!』
『飯事!』
わぁ、圧倒的。女の子ってどうしてこうもままごと好きなんだろうな。
やっぱり俺の役目はお父さん。しのはお母さん役をじゃんけんで見事勝ち取った。
あやちゃんとみやこちゃんはそのまま、残りの十四人にすらすらと、まるで知っていたかのように名前をつけていく。
「はなちゃん、いちちゃん、いよちゃん、たえちゃん、りんちゃん、やえちゃん、はなこちゃん、ななおちゃん、かずこちゃん」
俺はというと、何とも言えない表情で白々と明け始めた空を見ていた。
貫徹なのに全く眠くない。これが徹夜ハイと言うやつか。
「のりこちゃん、ももちゃん、さわちゃん、つるちゃん!お兄ちゃん、おままごと始めるよ?」
「はいは~い」
「もうっ、ハイは一回!」
「ハーイ」
その後、無事に家から出たしのは待ち構えていたおじ、おば夫婦に抱きしめられていた。
何でもしのは16代続く人形使い一族の後継者だったそうな。
しのの両親が亡くなったのは本当に不幸な事故で、前々からこの日にしのを預かることは決まっていたらしい。
先代からの引継ぎができない場合、後継は何も知らない女児でないといけないという決まりから断腸の思いで、それでも危険が無いようにと俺を子守として雇ったと。
せめて何らかの説明が欲しかったと言うと、知っている人は後継の儀に立ち会えないから言えなかったと謝られた。
後継の儀っていうのは先代が亡くなったことで封じられた人形達に再び名前を与えること。ままごと遊びの延長で無事に済ませたということだ。
まぁ、結果良ければすべて良し、か?
色々と聞きたいことはあったけれど、一族のことにそこまで口挟むのも後が怖いし、しのは大事にされてるみたいだし、いいか。
「大川君、本当にありがとう」
「いや、まぁ、はぁ。そういえば、何で俺のメールアドレス知ってたんですか?」
依頼人であるしののおじに両手をぎゅっと握られて、頭を下げられて、とても居心地が悪いながらも必要な事なので聞いてみた。
「ああ、それは、上森学園の理事長に誰かいい人がいないか聞きに行った時に息子さんが教えてくれたんだよ」
上森学園、理事長の息子って……春明じゃねぇか!
色々と釈然としないものを感じつつの帰り際、来たときと同じく運転手付きの車で駅まで送ってくれるというので乗り込むと、しのが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん!」
「お、おじさんとおばさんがちゃんと帰ってきてくれてよかったな」
「うん!お兄ちゃん、あのね、あやちゃん達がお兄ちゃんにまた遊ぼうって。それとね、もう今日は終わっちゃったけど、これからもお兄ちゃんって呼んでいい?」
「しのが呼びたかったらいいよ。遊ぶのは……まぁ、暇があったらって言っといて」
「うん!」
そんなこんなで、途中まではホラーに、最後はあっけなく今回のバイトは無事終了したのだった。




