竜一の非日常【下】
これでおしまい とっても尻切れトンボです
翌日、外からの呼び声に目を覚まそうとして昨日寝る前に考えたことを思い出した。
「眠いからまだ寝る」
「わかりました、お休みなさい」
眠れるだけ寝ようと思ったのだが、昨日の就寝が早かったせいか一度目を覚ましたら眠気が去ってしまった。でもさっき寝ると言った手前、寝ない訳にも行くまい。……ばかばかしい、起きよう。
何もせずに虚空を眺めたり、ミルさんの尻尾を握ってみたり、でろりと寝そべってみたり。退屈だ。
身体は拭いているけれどそろそろ風呂に入りたい。そういえば髪もざんばらになっていたっけ。一度整えてもらわないと。
着替えを持ってきてくれるように頼んだのだが、差し出されたのは和服だった。ぼくの家では着物が標準なのか?いや、昨日妹と弟は洋服だったぞ?まあ、いいか。浅葱色のそれを着て、さあ、何をするか。何がしたいか。
「風呂行っていい?」
「だめです」
「髪整えたいんだけど」
「すみません、それもちょっと……」
仕方が無いので部屋に戻って身体の調子をみる.
痛いところは無し、ふらつき、だるさ、熱っぽさも無し。うん、問題ないな。
こっそり部屋を出ようと障子の反対側にあるふすまを開けると、お手伝いさんが控えていたのでそっと閉じた。
何でいるんだ。全方位に一人ずつなのか、ひょっとして。試しに別のふすまに耳を押し当てていると障子が開く音、おどろいて振り返ったら父と目が合った。
「何をしているんだ?」
「いや、えっと、おはようございます」
「そろそろ抜け出しそうだと報告を受けて来てみれば、記憶があろうが無かろうがお前はお前と言う事か」
そしてため息。どうやらぼくの言動は普段とそう変わりないものらしい。
「前にも言ったがこの部屋からは極力出ないように」
畳に腰を下ろして父が言う。あの時は安静にしていろという意味かと思ったが、少し違うようだ。
「それは、いつまで?」
「せめて記憶が戻るまで、だ」
やっぱり色々と不便だな。説明されないとわからない事が面倒くさい。
「その理由と、他にぼくが知っておくべきことはある?」
この際すべて聞いてしまおうと父に尋ねると、少し考えてから口を開いた。
「お前は……妖魔に狙われやすい体質でな、今の状態なら家から出たとたんに間違いなく襲われる」
襲われる、か。恨みが積もってとかじゃなくて体質ね。普段はどんな生活をしていたのやら。
「具体的には?」
「喰われる」
当然か、ほとんどの妖魔は人を食うと書いてあった。納得して聞いていたのだが、その先に続いた言葉は予想外だった。
「性質が悪い場合は飼われる」
飼われる、家畜……勘弁。そのうち戻るだろう、戻らなくても何とかなるだろうと楽観視していたが、考えを改める必要がありそうだ。
「今までぼくはどうやってた?」
「上手く隠していたし、力でねじ伏せていたな。……とにかく今は身体を治せ、話はそれからだ」
回復したけれど?早く大きくなれということか?
去りぎわ、父はミルさんの頭に手を置いて話しかけた。
「ミルさん、竜一を頼むよ」
言い終わると同時にすぱんと障子が開いた。現われたのは修平と春明。そして怒った顔のお手伝いさん。
「どうした、二人とも、何かあったのか?」
父の言葉と、
「どうした、二人で。何があったんだ?」
ぼくの言葉が重なった。
「あ、おじさん……」
「げ、親父さん」
父の姿を認めた二人は部屋に入ろうとせず気まずげに目をそらす。
「だから取り込み中だと申しました!すみません、お話し中に」
「ちょうど戻ろうとしたところだから構わないが、二人とも、何があった」
父に尋ねられ口ごもる二人。見ると、春明の手の中で何かが動いた。
「それ、何だ?」
ぴ
ぼくが尋ねると、ちょうどタイミングよく親指と人差し指の隙間から一羽の鳥が顔をのぞかせる。ウズラ?ぴ、ぴ、と短く鳴いてその手から飛び出した。
「あ、こら、木の葉!」
春明が伸ばした手は間に合わず、木の葉と呼ばれた枯葉色の鳥はぺしゃりと床に落ちるとよろよろしながらこちらに向かってきた。これは、妖魔辞典に載ってたな。言盗、書物に書かれた言葉を食べる珍しい妖魔だ。
「怪我しているのか?」
拾い上げようとかがんだ時に、庭に黒っぽい犬がいるのが見えた。
『ミ・ツ・ケ・タ』
ミルさんが庭へ飛び出し、犬の首を食いちぎる。その光景を見て気分が悪くなったのか、修平は口元を押さえてうずくまった。多数の妖魔に太陽がさえぎられ陰る空。
「見つかったらしいが、どうする?」
たずねるが、返事は無い。
ぴ
いや、あったか。言盗を拾って立ち上がる。
ぴ、ぴ
あまりに鳴くのでそちらを見下ろすと、言盗は小さなくちばしで自らの身体を探り藍色の石ころをつまみ出した。足元、ぼくの手の上にそれを置くともう一度ぴ、と鳴いた。
「石?」
それが手の上に置かれたのは一瞬で、溶けるように崩れて消えていく。
「あ~、なんと言うか、もっと劇的なもんだと思ってたんだけどな……」
とりあえず、木の葉を布団の上にそっと乗せてやる。
ぴ?
「うん、話は後で聞くから、今はあれをどうにかしてくるよ」
昼間から動ける妖魔は結構力が強いし、放っておく訳にも行かないし、ずっと部屋にこもってて退屈だったしね。
まずはどう動こうか迷っている父に声をかける。
「父さん、いいから母さんの所に行ってやって。ここにはミルさんもいるし、一応春と修もいるから」
「一応って何だよ!?」
春が何か言ってくる。今の一応って言うのは十分ではないという意味で使ったんだが?木の葉がマーキングされてるのに気付かないような退魔師はまだまだ半人前だ。僕がそう決めた。
「竜一、お前、記憶が?」
父が気付いたようだ。
「うん、だから大丈夫」
そう言うと、父はひとつうなずいて母屋へ急いだ。僕のこの体質は母からの遺伝だし、戦う力のない母は怖い思いをしているだろう。安心させるためにもそっちのほうがいい。
それを見送ってからうずくまっている修を軽く蹴る。
「妖気酔いしてる場合じゃないだろ。呪符出せ呪符」
「き、昨日春に渡したから無い……」
青い顔を上げた修が情けない声で情けないことを言う。
「お前の仕事道具だろう。無いなら書け。道江さん、紙と僕の棍持ってきて」
声をかけるとおろおろしていた道江さんはすぐに持ってきますと動いてくれた。
「春は木の葉に付いた印を……もう終わったのか」
先ほどから木の葉の前にしゃがんでいた春が立ち上がる。
「うん、消した。これ以上は集まらないはず。にしても、お前いつ記憶戻ったんだ?」
「ついさっきだよ、戻ったと言っていいのかわからないが。言盗に『退魔師』を盗まれたせいで僕の中のそれに関することが認識できなくなってたのが原因。まさか書物から以外にも文字が盗れるとは」
単に、覚えているのだがそれに気付くことができなかった。それだけだけど、影響は大きかったな。
「う~ん?よくわからないけど、お前から退魔師取ったら確かに何も残らないな」
辺りを見回していたミルさんが戻ってきて、手の下に頭をもぐりこませたのでなでてやる。
「お待たせしました!」
息を切らせた道江さんから棍を受け取り、修に紙の束を渡したのだが、
「あれ、筆は?」
首をかしげる修に、春がそっと小さなナイフを渡した。顔を引きつらせてこちらを見たので、微笑んでうなずいてやる。
「過剰戦力で行こう」
「ったく、これ他のより書くのしんどいんだぞ」
文句を言いながらも修は血文字で呪符を書き上げた。
奴らを始末するだけなら簡単だけど、絶対敵わないと見せ付けて逃がした方が後々が楽になるんだよな。そしてここには高威力の呪符を作れる符術師が一人。あるものは使わないともったいない。
「じゃあ、やるか」
家に貼られていた結界の内、中庭部分だけを春に消させると僕の気配に気付いた妖魔達が一斉に頭上へたかってきた。春の張った新しい結界に阻まれているのだが、お構い無しにぶつかっている。
「春が結界に穴あけると同時に修が呪符な」
僕が確認すると二人がうなずいて作戦開始。
まずは修の呪符による目のくらむような閃光と、空気を震わせる轟音。小型な雷にうたれた半分弱の妖魔が消し飛び、ほとんどが逃げ去り、残ったものがこちらをうかがって遠巻きになった。僕は春に結界をといてもらって庭の木に跳び上がる。
「さて、どこからどんな話を聞いたのかは知らないが……」
人が話しているというのに襲ってくる行儀の悪い奴が3匹。うち2匹を棍で叩き潰し、1匹を目刺しに、それを肩に担いで話を続けた。
「この通り僕はいつもと変わらないんだが、まだやる?」
優しい説得が功をそうしたのだろう、妖魔達は戦意を喪失して去っていった。
「はい、終了、終了。春、もう結界戻していいよ」
そう言って、僕は手に持った棍を妖魔ごと落として地上に戻り、直後に結界が戻ってほっと息をつく。
「素直に帰ってくれて助かった……」
再び妖気酔いを起こした修を介抱していた春が不思議そうな顔をした。
「記憶が戻ったのなら別に大した相手じゃないだろ?」
「いや身体が持たない、今だって腕が折れたし」
「はぁ!?」
「そこらじゅうが痛んでる。なんだこれ?」
「あ~、そういえば西のが術かけてようやく命だけはつなぎとめたって言ってたっけ」
西の、西宮の術というとあれか、損傷を全身に分散させたのか。父が安静にしてろと言うわけだ。
「あぁ、くそ。痛って。はぁ、利き腕じゃなかっただけましか」
僕がため息をついた横で修がよろよろと起き上がり、
「気持ち悪い、俺、ちょっと吐いてくる」
熱を持ち始めた左腕を押さえながらそれを見送った。後ろではミルさんが妖魔を食べる何とも言えない音が聞こえる。
「……平和だ」
「腕が折れてて、修が青い顔して吐きに行ってて、後ろでミルさんが骨噛み砕いてる音聞きながらそんな事言える竜はすごいな」
「もっと褒めていいぞ」
「嫌味だ「知ってる」
「……」
「どうやら僕の勝ちの様だな」
「何の勝負だよ……」
痛みをごまかすための会話だとは気付いているのだろう、苦笑しながらも春が続けようとしたその時、修の声がした。
「竜、春、トキアサリいた!」
何よりも早く動いたのはミルさん。食べかけの妖魔を放っぽりだして修の所へ走り、戻ってきた時には1匹のトキアサリをしっかりと口にくわえていた。
「今日は怒涛の一日だった」
数日ぶりに戻れた自室で道江さんの入れてくれたお茶をすすった。
快く僕の時間を返してくれたトキアサリは今、春の結界に捕らわれてこちらをおびえたように見つめている。めったに見ることのできない妖魔なんだからこの機会にしっかりと観察しておこう。しゃべることのできる個体でよかった。ちなみに、体調を崩した修はすでに家に帰った。さて、質問を再開するか。
「ふむ、食べた時を消費して生きている、と。何が美味いとかあるのか?」
『あ、新しい時、まずい。古い時、美味い』
お、これは新しい情報だ。妖魔辞典改訂版に載せないと、そういえば言盗も書き直さないといけないな。
「この本を50年くらい食べて欲しいんだけど」
『無理、もう無理、食えない』
限界か、身体小さいもんな。朽ちかけた古書が数冊新しくなったから良しとしよう。
「そろそろ帰る?」
『帰る、助けて!逃がして!!』
「助けて?人聞きの悪い。僕はむしろ君に傷つけられた方だろ?」
『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、許して、助けて』
泣きながら謝る姿は結構可愛いかもしれない。そう思ったとたんトキアサリがびくっと身をすくめた。
「春、この子帰るって」
「ん~、じゃぁな、もう竜には捕まるなよ?」
泣きながら逃げていくトキアサリ。
「かくして、僕の非日常は終わりを告げ、いつもの日々が戻ったのだった」
「どうした、急に?」
「なんとなくね。そういえば、修がまたバイト始めたんだって?」
「げ、お前裏から手を回してクビにするのやめてやれよ」
「いやいや、僕はあいつのことを思ってやってるんであって……」
お粗末さまでした~




