竜一の非日常【中】
続きです ミルさん触りたい もふもふしたい
翌日、朝から母と女性と青年が部屋に来た。
「竜一、記憶が無いって本当なの!?お母さんの事も判らないの!?」
母は心配そうにぼくの顔をのぞきこんできた。
「会話の流れから母親だろうなとは思ったけど……」
申し訳ないとは思いつつ正直に答えると女性の隣にいる青年がぶはっとふきだした。
「うっわ、マジで兄貴小さくなってやんの」
「樹、言葉遣いが悪い。部屋でこっそりビール飲んでたことお母さんに言いつけるよ」
女性がぎろりと青年を睨み、脅迫めいたことを口にする、とは言ってもそれをここで言った時点でばらしてる。
「ちょ、姉貴ッ!?」
「たつ!あなたまだ未成年でしょうが!!」
にぎやかだ、一体どう返せばいいんだろうか。
「お母さんも、あんまりうるさくするとお兄ちゃんが休めないでしょ?
お兄ちゃん、覚えてないって聞いたから説明するけど、この人が私達のお母さん、名前は佳枝ね。私は妹の怜子、今年で20歳。こっちが弟の樹、18歳。ちなみにお兄ちゃんの名前は竜一で、24歳だから」
ぼくの本当の年齢は24歳か、覚えておこう。りょうの気遣いで母と妹弟はひとしきりミルさんをなでるとすぐに部屋から出て行った。後で時計を持ってきてくれるらしい。
ようやく静かになった部屋だが、お手伝いさんが次の来客を知らせてきた。
「ご友人が二人みえてますが……上森様と大川様です」
これは、むしろ会えって事かな。
なんとなしにミルさんを見るが別段警戒した様子も無い。
「通してくれる?」
「はい」
それからしばらくして、何の声かけもせずに障子がぱしーんと開けられた。現われたのは二人、普通の洋服を着たのと少ししゃれた服を着こなすの。
「竜、これお見舞いな……」
普通の方は鉢植えの花を持って入ってきて、ぼくの姿を見たとたんに固まる。もう一人が引き笑いをしながらその顔を携帯でチャリラン、チャリランと撮っている。何だこれ?友人?
「おま、何撮ってんだよ!?」
それに気付いて後から来たのに詰め寄るが、その表情も面白かったらしく写真に収められている。
「いや、記憶戻ったときに竜に見せたら笑うだろうなって」
ふむ、こっちは事情を理解しているっぽい。こちらから話を聞けって事か。
「記憶ぅ!?何、記憶喪失ってやつか?俺の呪符使うくらいだからよっぽどの事だろうって思ってたけど、想像以上だな。つか、何でお前縮んでるの?」
それを聞きたいのはぼくの方だよ。先ほどの弟の言葉でも思ったが、やっぱり夢で見たとおり僕の体は縮んでるのか。
妹弟といい友人達といい、ずいぶんにぎやかな人物がそろっているな。
「立ってるのもなんだから座ったら?」
畳の上にどっかりと腰を降ろす二人。この花はどうしようか、鉢植えは見舞いの品には良くないんじゃなかったか?
「あ、お前今この花見て呆れただろ。これはわざと。前に花舞のとこに切花もって行ったらうるさいから次からは鉢植えにしてくれって言われたんだよ」
自慢げに言われたのだが、花舞って何だ?うるさいっていうのも、花が?
「お前なぁ、花舞と河上を一緒にすんなよ。切花でいいんだよ、切花で」
河上はぼくの苗字だから花舞というのも誰か人の事なんだろう。ずいぶん楽しそうな二人だけど、記憶があればぼくも同じように仲間に加わってたのか。
「そっちがさっき言ったように今ぼくには記憶が無いんだ。あなた達が誰なのか説明してくれると助かる」
見てる分には楽しいのだが、このままではいつまでたっても二人で話し続けそうだったので、こちらから切り出した。
「お、そうだったな。俺は上森春明。竜一の大親友だ!」
春明ね、親友うんぬんは保留。笑顔が胡散臭い。
「俺は大川修平。なんて言うか、腐れ縁ってやつかな?俺としては早く就職してこんな世界から縁を切りたいんだけど……。そうだ、今のバイトがさ、まだ二日目なんだけど仕事の出来次第では正社員もありえるって!」
嬉しそうな修平を春明がかわいそうな子を見るような目で見ている。もちろんその視線には気付いていない。何か事情があるのだろう。
「景気も上向きだって話だし、正社員になれるといいな」
仕事が無いのは大変だろうと応援すると、やけにおどろいた顔をされた。
「なんか、竜にそう言われたのは初めてかもしれない。いつもバイトなんかやめて になれって言うのに」
ん?最後の一言が聞こえなかった。
「何になれって?」
「え? 」
言い直してもらったのだが、やっぱり聞こえない。ふむ、歳と記憶だけじゃなくて、他にも不備があるか。
「もう一度」
「 」
口は動いているのにさっぱり言葉が聞き取れない。これは修平に限ったことなのか、それとも……。
「春明、ちょっと言ってみてくれ」
「 ・ ・ ・ 」
一言一言を区切ってくれたようだが、やっぱり聞こえない。何が起きているのかは後で考えればいいか。少し不安そうな顔になった二人に気にするなと手を振る。
「で、何でぼくがこんな状態になったかの心当たりはあるか?」
たずねると、修平がわずかに顔をゆがめた。
「俺は、近づけなかったから判らない。春」
春明の方に目をやると、何を思い出しているのか。ややあって口を開いた。
「俺がお前を見つけたときはもうその姿だったよ。記憶が無いのは昨日親父さんから聞いた」
「俺、聞いてない!」
「いい加減固定電話か携帯持て」
「だって、金かかるし」
ひとつ、修平が貧乏な事は判った。別に要らない情報だけどな。
「修は連絡手段が竜のお古のパソコンだけだから面倒くさいんだよな。携帯くらい買ってやるって言ってるのに」
「話を戻す。見つけたっていうのは?ああ、もう面倒くさいから一から話してくれる?」
始まりは散歩中の犬が突然連れ去られたという事件だった。
怪奇現象、UFOの仕業、などと噂が流れたがこういう事件は大抵妖魔が原因だ。都内の公園に巨大なハチの姿をした妖魔が巣を作っているのが発見された。巣がかなり大きくなっているということで、封じ込め作業が行われ、最後に妖魔の一掃と巣の撤去となったのだが、その仕事にあたったぼくがいつまでたっても帰ってこずに、戻ってきたのは尋常ではない様子のミルさんだけ。ミルさんの案内で父と春明が妖魔の巣に向かうと、地中に崩れた公園とおびただしい数の妖魔の死骸、そして生き残った妖魔に喰われかけているぼくがいたらしい。巣の大きさにしてはありえないほどの数だったため、未だに専門家が調査に当たっているという。
「俺が知ってるのはそれくらい。多分、今回の件で一番詳しいのはお前と一緒にいたミルさんだよ」
新聞に載ってた公園ってそれか。関係ないどころか当事者だったとは。ミルさんの方は夢で見たから体が縮んだ理由は判った。問題は記憶のほうなんだが、手掛かりは失われた記憶の中に、か。
「それにしてもさ」
春明があらためてぼくを見る。
「あの状態でも生きてるなんて、さっすが『最強の餌』ふぐぅ!?」
気付いたら春明は顔を抑えてうずくまり、ぼくの手はずきずきしていた。
「あ、ごめん。勝手に体が動いた」
意識していないのに気がつけば殴っていた。結構暴力的な人間だったのか?
「竜、お前ほんとに記憶が無いのか……?」
くぐもった声の春明。
「まぁ、とりあえず元気そうで良かった。食われかけたって言ってたけど大きな怪我も無い様だし、事故とかの記憶喪失はおいおい戻るって言うしね」
目の前で人が殴られたというのに動じない修平。
それからしばし、他愛の無い雑談をした。もちろんぼくはほとんどが聞き役に。記憶は無いのだが、この空気は居心地が良かった。
長居するのも悪いからと帰りかけた友人達に別れの挨拶を。
「二人の話で大体原因も判ったし、助かったよ、来てくれてありがとう」
すると、部屋から出ようとしていたのにすごい勢いで振り向く二人。
「どういうことだ!?」
詰め寄る春明。
「お前治るの!?」
顔を輝かせる修平。
二人とも、思いの他ぼくの事を気に病んでいたようだ。そして、詳しく聞くまで帰る気も無い、と。
「ミルさんが見た光景を夢で見たんだが、この本に書いてあるこの、トキアサリに襲われたらしい」
妖魔辞典を覗き込む二人。
「トキアサリってまた幻の妖魔を引き当てて、しかも最悪のタイミングで。お前といい修といい運が良いんだか悪いんだか」
「おい、俺は竜ほどの悪運は無いぞ」
「俺から見たら二人とも変わんねーよ」
どうやらぼくは悪運が強いらしい。今ここで生きているのもその悪運のおかげなんだとしたら、一応は感謝しておこう。
「よし、俺はトキアサリ探すから、修も手、貸せ」
なにやら決めたようで立ち上がった春明が修平に声をかけたのだが、かけられた方は少し困ったように、
「いや、妖魔探しには俺役立たずだろ?」
「端からそっちには期待して無い。呪符よこせ、今持ってる分だけで良いから」
修平がバックパックから取り出した数枚の紙を春明がひったくるように受け取った。
「ち、こんだけか?しけてんな」
どこぞのカツアゲを見ている気分だ。
「じゃ、行ってくる。修、今から俺んち来い」
「へいへい、じゃ、竜は早く記憶戻ると良いな」
二人が帰ってから、昼食を終え一冊の本を開く。妖魔伝記、空欄があって読みづらかった本だ。
「あのさ」
障子を開けて声をかけるとお手伝いさんは少し怒った顔をした。
「あら、竜一さん。あまり部屋の外に出てはいけませんよ」
「ちょっと聞きたいだけだから。これってなんて読む?」
「え? ですよね?」
空欄の部分を指差して読んでもらったのだが、やっぱり聞こえない。特定の文字が認識できなくなっているようだ。これも何かの手がかりになるか?
「うん、ありがとう」
部屋に戻って妖魔辞典を1ページずつ読んでいく。記憶を食べるような妖魔は載っていないだろうか。
妖魔辞典3まで読み終えて成果なし。4から先はまだ刊行されていないらしい。
「そういえば、ミルさんも妖魔なのか?」
なん
当たり前だとでも言うように背もたれが鳴いた。そっか、こんな大きな猫いる訳無いもんな。
「辞典には載ってなかったけど、何食べるんだ?」
ふすっ
返事は鼻息のみ、答える気は無いって事か?
障子越しに外を見ると夕方が近いことがわかる。今日もほとんど外に出なかった。一日中寝たきりだと体が鈍りそうだな。ああでも、今日はたくさんの人と会って少し疲れた。そういえば、春明が言ってたけどぼくは妖魔に食われかけたんだっけ。寝るのが怖かったのはその影響かもしれないな。
次第に判ってきたぼくの正体。でも、よく考えたら記憶さえ戻れば今考えていることは全部無駄になるのか。……ここは、何も考えずに好きなことを好きなだけやっていた方がいいのかもしれない。よし、とりあえず今は眠いから寝よう。
「ミルさん、ぼくは明日から記憶が戻るまで我がままになることにした」
そう宣言すると、バカなことを言うなといわんばかりに尻尾で顔をはたかれた。
ここまで読んで頂きありがたく存じます




