竜一の非日常【上】
思いついたものを勢いで書いただけなので、基本説明不足です
ゆっくりと浮上する意識。そうっと目を開けると板張りの天井が見えた。
「竜一!よかった……」
声のした方に顔を向けると女性が一人、隈ができた目を見開いている。
「だ……」
誰ですか、と聞こうとして先ほどこの人が自分のことを竜一と呼んだことを思い出した。竜一?じぶん?ぼく?おれ?……あれ?ぼくは……誰?
「体は大丈夫?何か食べたいものは?どこか痛いところがあるの?竜一?まさか声が出ないんじゃ!?」
「落ち着け、母さん。きっと竜一も驚いているんだよ」
反対側から声がして、そちらには男性がいた。
「でも、お父さん……」
多分、この二人はぼくの両親なんだろう。心配そうにしているのは、交通事故にでもあったか?さっきどこか痛いところはとか聞いていたし。もしくは病気で寝ていたとかかもしれない。
「大丈夫だよ、母さん」
とにかく安心させようと体を起こすが、支えたはずの腕にどうにも力が入らず布団の上に倒れてしまった。
「どこが大丈夫なんだ、全くお前は」
心配しつつもどこか呆れたような父の声。元通り寝かしつけられ頭を軽くたたかれた。
「もうしばらく寝ていなさい。部屋からは出るんじゃないぞ。部屋の外に一人付けておくから何かあったら声をかけること」
「……ハイ」
父と母が部屋を後にして、ぱたりと障子が閉じられた。寝てろと言われたが体を起こして部屋を確認する。三方をふすま、一方を障子で囲まれた八畳の部屋だ。ぼくが寝ている布団以外は何も無い。障子の向こうは明るく、窓に面した廊下があるのかもしれない。起きているのがつらくなった為体をたおし、両手を顔の前で広げてみた。ごつごつもしわしわもしていない普通の手。ぼくの手。ぼくって何だ?
今判ることを確認しておこう。ぼくは竜一、父と母がいる。布団が敷かれているだけの殺風景な和室で目を覚ました。部屋の外に人が控えている事と、両親が着物を着ていた事から考えて結構裕福な家のようだ。裕福、とか着物、とかその辺りの常識は頭の中に残っているらしい。だがぼくに対する情報は一切ない。手で顔を覆う。そうしたい気分だったんだ。布団の外に出していた手は少し冷えていて気持ちがよかった。
父に言われたとおり、少し寝ようか。
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか、眠れない。どこかが寝るなと叫んでいるようで眠りに落ちかける度にはっと目が覚める。身体は思うとおりに動かせないほど弱っているし、頭は考えすぎて疲れ切っている。それなのに眠ることができない。夕方に一度母が様子を見に来たが、目を閉じてやり過ごした。外が暗くなってからかなりの時間が経っている。
「あぁ、くそっ!」
慎重に体を起こして小声でつぶやいた。
そもそもなぜ部屋から出てはいけないんだ?あの人達は本当にぼくの親なのか?ぼくの名前は本当に竜一なのか?考えたって答えは出ない、情報が少なすぎるんだ。
寝巻き一枚の姿で布団から出て、部屋から出ようと障子に向かったところでぼくの意識は途切れた。
はっ、と目を覚ますと布団の中にいた。どうやら誰かが運んでくれたようだ。いつの間にか寝ていたということに気付き、どっと冷や汗が出る。何だ?寝ることを怖がっているのか?体を起こして汗をぬぐうと障子が開いて父が入ってきた。障子の隙間からわずかに庭が見え、庭に面している廊下だと判った。父は今日も着物だ、普段からなんだろう。
「……ひどい隈だな。寝なさいと言っただろうに」
「ちょっと、寝付けなくて」
父は何か言いたそうな顔をしたのだが、何も言わなかった。記憶が不確かな事を言おうかとも思ったが、こういうものは時間とともに回復するという知識があったので、余計な心配をかけることは無いだろうと、ぼくも何も言わなかった。
「何か食べられそうか?食べるのなら運ばせるが」
「あ、うん。でもその前に手水行ってくる」
なぜか手水に行くだけなのに人をつけられた。あれか、過保護なのか?
手を出そうとするお手伝いさんを断って、用を済ませた帰り道。ふらついた体を支えようと手を伸ばした先がちょうど障子だった。
「もう、竜一さんはこんな時位人を頼って下さい!」
障子を破り、仕事を増やしてしまったにもかかわらず、まずぼくの事を心配するお手伝いさん。それでもぼくは手を借りずに部屋に戻った。中庭では楓の葉色が抜け始めていたのでもうすぐ秋なのだろう。
持ってきてくれたおかゆを食べながら考える。
先ほどの鏡で初めて自身の姿を見たところ、多分ぼくは成人前の子供だ。年齢はいまいち判らないが10~15歳だと思われる。黒目黒髪、まあ典型的な日本人顔。学校には行っているのかいないのか、何か普段とは違う状況におちいり両親に心配をかけて目を覚ました。お手伝いさんには日頃から頼らない人間だった。今のところこれくらいか。
半分ほど残ったおかゆをどうしようかとかき混ぜてみた。作ってもらった物を残すのもなんだがこれ以上食べる気もしない。ちらりとお手伝いさんを見ると『またお昼に温めますね』と言ってさげてくれた。
洗面具を持ったお手伝いさんが部屋から出て行くと、再びぼくは一人だ。横になるもののやっぱり眠れない。眠りたくない。うつうつしては目を覚ますを繰り返していると、廊下で人の声がした。
「あら、ミルさん。竜一さんは寝てますよ?」
あわてて目を閉じて寝ているふりをする。障子が開けられ、閉まる音。ミルさんとかいう人が入ってきたのだろうか?
ぞり
「うわっ!?」
ざらついた舌で顔をなめられ飛び起きた。
目の前には巨大な猫の顔。猫?大型犬並みの猫っていたっけ!?見た目は毛の少し短いヒマラヤン。青いきれいな目がこちらをじっと見つめている。
「ミル……さん?」
なぁお
ミルさんは一声鳴くとごろりと横になった。ちょうどお腹が枕になる位置。のどを鳴らしながら尻尾でぼくの体をこてんと倒した。頭が毛皮に埋まる。この猫はぼくの事をよく知ってるみたいだ。
「なぁミルさん」
外には聞こえないように小さな声でつぶやく。
「ぼく、自分が誰なのか判らないんだよ」
ぐるぐる、ぐるぐる。お腹ごしに音が伝わってくる。
「ぼくの名前は本当に竜一なのかな?」
なん
返事があったことに少し安心して、ぼくはようやく眠りに落ちた。
目を覚まして、隣に巨大な毛玉がいることにほっとする。体は明らかに軽くなっていた。
「ちょっといいかな?」
声をかけるとすぐに外から声がする。
「はい」
「今日の新聞と、あと、適当に本持ってきてもらえる?」
いくらも経たないうちに新聞と3冊の本、昼食が運ばれてきた。もう昼だったのか。時計、いや、携帯が欲しいな。ミルさんの腹を背もたれ代わりに梅干の加わったおかゆを食べ終えた。
ふむ、今日は安成28年10月8日土曜日。一面には崩れた公園の写真がでかでかと掲載されている。『都内公園崩壊、原因は流動化現象』住民は避難済みで特にけが人等はいなかったらしい。……突然公園が崩れたのに何で付近住民が避難済みなんだ?その辺りには特に触れておらず、流動化現象についての詳細がつらつらと書かれていた。
特に必要と思われる情報も無く、新聞をたたみ直してぽいっと横に投げる。まぁ一番の目的は本だったからな。ああやって頼めばぼくがよく読んでいるものや、好みそうなものを持ってきてくれるはず。
一冊目は『裏と表の交渉術』難しい漢字がたくさん並んでいる。内容はたしかに楽しそうだけど、こんな本を読んでいたのか?
次は『妖魔伝記』昔話みたいなものか。
最後に『妖魔辞典1』2以降もあるのか!?
試しに妖魔伝記を開いてみたのだが、なぜかところどころに空欄があって読みづらい。
妖魔辞典には大きめの挿絵と共にその妖魔の解説が書かれていた。ファンタジーとかが好きな子だったのかな?交渉術を読むみたいに大人びたところもあったのかもしれない。うわ、解説の所に肉を裂いて骨を取り出すとか、鼻の穴から舌を入れて鼻水をすするとか気持ちの悪いことが書いてある。こんなものを好んで読んでいたのか……。適当にページをめくっていくと、一番最後に作者のひとことが書いてある。
「この本を読んでいかがでしたか?妖魔は人を食べる物だという皆様の常識が覆せたのなら幸いです。もちろん日ごろ見られる妖魔のほとんどは人を糧としており、この本をご覧になられた皆様にとっての脅威とは思われますが、それだけではなく、昔から人と共存関係にある妖魔もいることを心の隅にでも置いて頂けたら、そう思いこの『妖魔辞典1』を書き上げた次第でございます。Mr.D」
なるほど、ゲームか何かに出てくる敵キャラクターをまとめた図鑑か。こんなものを買ってしまうくらいだからよっぽどぼくはそのゲームが好きだったんだろうな。
でもDさん。鼻水すする奴とか説明されても読者は嫌いになるばかりだと思うよ。
ふと顔を上げて障子を見ると今日はよい天気らしく暖かそうだった。縁側で読むか。
布団から出るとミルさんも立ち上がり、ぐいっと伸びをする。そのまま頭をこすりつけてきてちょっとよろめいた。体の大きさ考えてくれよ。
その頭をぽんぽんとなでて部屋の外に出ようと障子を開けた。やっぱりいい天気……?遠くは少しかすみがかってるな。太陽の光も少しぼやけ気味だ。まぁ、日差しが気持ちいいことには変わりが無い。外に控えていたお手伝いさんが慌てていたけれど、大丈夫だからと縁側に腰を下ろした。隣にはミルさん。
裏と表の交渉術を半分ほど読み進めたところで少し眠くなってきた。まだ本調子じゃないのだろう。そういえば、一日経ったのに全く記憶が戻る気配が無いな。一度ぼくの部屋に行くかアルバムを持ってきてもらうか、いや、アルバムは怪しまれるか。
「ちょっと部屋に行ってくる」
案内してもらえれば儲け物とそばにいるお手伝いさんにそう言ったのだが、
「だめですよ、御当主様からも言われてるでしょう?さ、戻ってください」
促されて素直にミルさんと部屋に戻る。判った事が増えた。父はこの家の当主、で、ぼくはその息子、お坊ちゃんってわけだ。それにしても、部屋があるのにそこに戻ってはいけないって、よっぽど散らかってるのか?ゲーム機とか漫画とかが散乱していたら嫌だな。
ミルさんのお腹を枕にして、少し昼寝をすることにしよう。
長い髪を後ろでくくった和服の男が一人、妙な生き物の中で棒を振るっていた。凶悪な模様にして赤子ほどに巨大化させたハチのような虫の群れ。黒と黄色に埋め尽くされた中、服の灰色が見え隠れしている。取り囲まれながらも男の振るう棒の威力はすさまじく、一振りで辺りの虫をなぎ払うのだが一向に減る様子が見られない。
男のわずかな隙を狙って襲ってきた虫は目の前で切り裂かれて散っていった。
「ありがと、ミルさん」
男がこちらを見て笑う。
そんなことを何度繰り返しただろうか、襲ってくる虫の数も減り、ようやく空が白み始め男が一瞬東の空を見たその時、地面が陥没した。下には広い空洞とひしめく白い幼虫達。ぼくの視界はめまぐるしく動き、降りる場所を探しているようだ。
「ぐぅっ!?」
男の声にあわてて振り返ると手足の細い猿のような動物に襲われていた。視界が下に向けられる隙を突いて上から降ってきたのか?
落下する中瓦礫を蹴って男を助けに向かうとそれはすぐに離れて姿を消した。どこか見覚えが……いや、それよりもあの人は無事なのか?
「いって……」
首に傷を負ったようだが大事は無いようだ。と、思ったのだが様子がおかしい、さっきよりも小さくなってないか?あれは……ぼく?
大きくなってしまった着物のせいで動きが制限されてしまい、おされ気味になるぼくの姿をした男。幼虫はハチほど脅威ではないのだが、ひたすら邪魔になる。さらにハチは目標を変えたのか、生き残った半分が一斉にこちらに向かってきた。
「あぁ、くそっ!ミルさん!!」
男は焦った声を上げると一枚の紙を取り出して、それをぼくに向かって投げつけた。
目を覚ましたのは夕方だった。何か、すっごく現実的だったんだけど、今の夢。夢の中でミルさんって呼ばれてたよな?ミルさんの見てた夢?もしもあれが本当に起きた事ならちょっと色々考え直さないといけないんじゃないか?それにしてもあの猿、どっかで見たような、記憶が無いのに覚えがあるってのも変な話しだけど……あ、妖魔辞典!一度見ただけなのによく覚えていたな、あった、これだ。
『トキアサリ、若返りの伝説のある温泉でまれに見かけることがある。生物、無生物問わずに時を食べるが、いまいちよく解っていない妖魔である』他にもちょこちょこ書いてあるけれど、あんまり関係ないことだから無視。特に最後の『捕まえたら一攫千金間違いなし!』なんて何故書いた、本当に捕まえに行く人がいたら危ないでしょ!?
とにかく、今までのことは頭の隅に置いておいてこの本や、先ほどの夢が現実だとして考え直そう。
ぼくの名前は竜一、父と母がいる。この家の当主の息子で、多分成人してる。妖魔と戦うことができて、多分強い。多勢に無勢でやられて、何とか助かった……のかな?そりゃ両親も心配するはずだ。
なぁおん
ミルさんが突然大きな声で鳴いた。寝ぼけたのかきょろきょろと辺りを見回してから、顔をなめられる。ぞり、ぞり。
「ちょっと、ミルさん。痛い」
うつ伏せになって避けようとするが、今度は首筋をなめられる。
「うひ、ちょい、ミルさん、余計痛いって!?」
仕返しだと乗りかかって頭をわしわしなでると前足でぼくをのっしと押し倒して再びぞりぞり、くっ、負けてなるものか!!
「何をしているんだ、お前達は」
いつの間にやってきたのだろうか、父の呆れた声がした。
畳の上で正座をし、隣にミルさんが座る。目の前には同じように正座をした父がいる。
「何か考えがあるんだろうとあえて聞かなかったが、さすがに今日で二日目だ。竜一、あの時何があったんだ?」
父は真剣な顔をしているのだが、あの時がどの時なのかさえさっぱりだ。一人で考えていても埒が明かないし、そろそろ正直に言うべきか。
「実は、言いにくいんだけど……記憶が無いんだ」
父の眉間にしわがよる。
「そういう事なら余計に早く言うべきだったろう。いつから無いんだ?家を出た時は?」
ああ、これは記憶の一部が欠けている状態ととらえているんだろうな。……この先が余計に言いにくい。
「あーっと、自分が誰なのか、から記憶に無い」
しっかり十数秒間、父は固まった。
「今、何て?」
「とりあえず、名前は竜一で合ってるのか?」
読んで頂きありがとうございました




