第8話:ゲリラ豪雨と、ヘッドのシマ荒らし計画
P-38の機銃掃射が去った直後、ブナの南洋の空の雲行きが、不気味なほど急激に怪しくなった。
次の瞬間、まるで天の底が抜けたかのような、バケツをひっくり返したような大雨が、滝のごとき勢いでジャングルへと襲いかかってきた。
「うわあああッ!? 何これ、最悪なんだけど! ゲリラ豪雨かよ!!!」
頭から一瞬でズブ濡れになったひかりが絶叫する。衣服が肌にべったりと張り付き、白ギャルメイクが泥水でさらに混沌としていく。そんなひかりの横で、少し体力の回復した佐藤一等兵が、雨音に負けない大声で叫んだ。
「看護婦殿! これはゲリラ豪雨ではなく、南洋特有のスコールですよ! 早く水を飲みましょう、喉が渇いたでしょう!」
佐藤一等兵はそういうと、腰から手慣れた手つきで、帝国陸軍の兵士が愛用する丸みを帯びたアルミ製の昭5式水筒をひっつかみ、コルクの栓を抜いて雨空へと掲げた。
「水だ! 水を確保しろ!」
壕の中にいた動ける兵士たちが、待ってましたとばかりに一斉にのそのそと外へ這い出し、昭5式水筒や、凹んだタライを雨の中に突き出して、天からの恵みの水を必死に集め始めた。
激しい雨の暴力は、わずか数分ほどでピタリと止み、驚くほどの速さで再びギラギラとした南洋の太陽が顔を出した。
「ふぅ……生き返った……」
兵士たちは水筒にたっぷりと溜まった冷たい雨水を喉に流し込み、ようやくそのカラカラだった喉を潤すことができた。
しかし、雨が上がった直後のジャングルは、太陽の熱に炙られて、凄まじい蒸気と湿気が立ち込め始めていた。まるで巨大なサウナの中に放り込まれたかのようだ。
ひかりは濡れた金髪ウェーブの髪を引っ張りながら、心底イライラした様子で顔をしかめた。
「ハァー……しかし、何このクソ凄い湿気。ウチの自慢のウェーブが完全にボサボサなんだけど。ピンクのネイル(爪)の隙間には泥が入って汚れるし、マジでありえない。つーか……」
グゥゥゥ、とひかりの細いお腹から、ちゃんこ鍋を消化しきった虫の鳴くような音が響く。
「……また腹減ってきたな。でんでん虫ちゃんこだけじゃ、全然足りねえわ」
ひかりは地下壕の天井(洞窟の上)をジト目でじっと眺めながら、何かを必死に考えていた。
あのパンチパーマの黒人のガキ。ニヤニヤ笑っていた現地の子供。あいつがスパイだか何だか知らねえけど、ここら辺の土地に住んでるってことは、だ。
ひかりの脳内で、ピキーンとヤンキーとしての天才的な閃きが走った。
「あ、そうだ! あのガキンチョの家から、食い物をかっぱらえばいいんだ‼️」
「「「…………はい!?」」」
水を飲み終えて一息ついていた佐藤一等兵と横山少尉が、同時に素っ頓狂な声を上げてひっくり返りそうになった。
「ひ、光看護婦……今、なんと? かっぱらう、とは……敵前での略奪行為のことか!?」
横山少尉が血相を変える。先ほど、原住民の集落は米軍のスパイかもしれないから慎重に動かねば、とあれほどシリアスに軍事的な警戒を説いたばかりだったのだ。
「あ? 略奪とか人聞きの悪いこと言ってんじゃないよポンコツ隊長! ウチを見にきてニヤニヤ笑ってたんだから、それなりの『挨拶料』を置いてくのが筋だろーが! あいつらのアジト(家)に行けば、芋だかバナナだか、なんか美味い食い物がいっぱいあるに決まってんじゃん!」
ひかりはピンクの爪をパチンと鳴らすと、完全に「地元の他校のシマに殴り込みに行くヘッド」の顔になってニカッと笑った。
「やられたらやり返す。ウチらのシマ(野戦病院)を偵察されたんだから、今度はウチらがそのガキの家に行って、気合いで美味いもん全部巻き上げてくんの! 佐藤、行くぞ!」
「ええええーーーっ!? 私もですか!?」
佐藤一等兵が昭5式水筒を持ったまま目を剥く。
米軍の包囲網を突破するための隠密撤退作戦を考えていたはずの横山少尉は、ひかりの「お腹が減ったから原住民の家を襲撃する」という、大本営の教本を180度無視したヤンキー流の超展開に、もはや言葉を失って頭を抱えるしかなかった。
(第9話へ続く)




