第6話:パンチパーマのガキと、ヘッドの照れ隠し
敵の砲撃が遠のいた一瞬の隙を突き、大森婦長に案内されたジャングルの大きなヤシの木の陰。ひかりは周囲を警戒しながら、ようやく我慢していた気持ちをスッキリさせることができた。トイレットペーパーの代わりに千切った大きな熱帯の葉っぱの感触には「マジありえない」と心の中で悪態をついたが、背に腹は代えられない。
しかし、立ち上がって国防色の看護婦衣の裾を直した、まさにその時だった。
ゾクッ、と強烈な冷や汗がひかりの背中を襲った。
生い茂るバナナの葉の隙間から、二つの爛々とした瞳がこちらをじっと見つめていたのだ。
「……っ! なんだこいつ……」
レディースの修羅場で大抵の人間には怯まないひかりだったが、この緑の地獄の暗闇から突如現れた未知の存在には、流石に少しビビってしまった。
その影は、筋骨たくましい黒い肌をした子供だった。ひかりと完全に目が合ったその瞬間、その子は恐怖に怯える風でもなく、暗闇の中で白い歯をこぼして、ニカッと無邪気な笑顔を見せたのだ。
「…………は?」
ひかりは再び目が点になった。令和の横須賀でも見ないような、完全に想定外のリアクション。
「ちょっと光さん、危ないわ! 早く戻りましょう!」
大森婦長に腕を引かれ、ひかりは急いでその場を離れ、泥まみれになりながら息を切らせて野戦病院の地下壕へと駆け戻った。
壕に飛び込むや否や、ひかりは中にいた横山少尉と佐藤一等兵に向かって大声でまくし立てた。
「おい、聞いてよポンコツ隊長、佐藤! 外に黒人のガキがいたんだけど! なんかパンチパーマの女のガキだよ! しかもウチの顔見て、思いっきりニヤニヤ笑いやがったの! マジ何なのあいつ!」
ひかりの令和ヤンキー丸出しの表現――パプアニューギニアの原住民特有の縮れ毛を「パンチパーマ」と呼び、現地の少女を「黒人のガキ」と言い放つ独特の焦りっぷりに、横山少尉はいつになく冷静な表情で軍人としての見解を述べた。
「……落ち着きなさい、光看護婦。それはおそらく、この地域に住む原住民(パプア人)の子供だろう。米豪軍は彼らを案内人や運搬手として雇用している。あの子供が敵と繋がっているスパイの可能性もある。我々の位置が米軍の司令部に無線で通報されれば、瞬時にこの壕は戦車砲で更地にされる。慎重に動かなくてはならないな……」
少尉が語る「現地住民を使った米軍のゲリラ・情報戦」という、ブナ戦線の極めて冷徹なミリタリーの現実に、壕の中には再びピリッとした緊張感が走る。
しかし。
そんな少尉の緊迫した解説の横で、佐藤一等兵と大森婦長は、ひかりの顔をじっと見つめながら、張り詰めていた表情を心なしか緩めていた。
(あぁ……。大本営の秘密兵器だとか、未来の恐ろしい部隊のヘッドだとか言っていたけれど……)
佐藤一等兵は、焦って顔を赤くしている金髪のひかりを見て、どこかホッとしたような、温かい安心感を覚えていた。
(やっぱり、暗闇の生身の人間を怖がって、一生懸命に身内に報告してくる、二十歳そこそこの『普通の女の子』なんだな……)
大森婦長もまた、羞恥心がないと怒っていた先ほどの態度を忘れ、どこか自分の娘を見るような優しい目でニヤニヤとひかりを見守っている。壕内の兵士たちの間にも、彼女が自分たちと同じ「血の通った人間」であるという親近感が広がり、温かい空気が満ちていく。
だが、その男たちの、すべてを察したかのような「生温かい視線」を、元ヤンキーヘッドの柴山ひかりが見落とすはずがなかった。
「……あ? テメエら、何ニヤニヤしてんだよ。」
ひかりの細い眉がピキッと跳ね上がる。
「あ、いや、看、護婦殿、別に私たちは不謹慎な意味では――」
言い訳をしようとした佐藤一等兵のセリフが終わる前に、ひかりの細い右足が電光石火の速さで跳ね上がった。
ドゴォッ!!!
「ぎゃんっッ!?」
ひかりは、弁解しようとした佐藤一等兵の尻に、強烈な蹴り(ローキック)をお見舞いした。
ガリガリに痩せていたとはいえ、ちゃんこ鍋を食って少し馬力の戻った佐藤の身体が、泥の上をツーーッと2メートルほど滑っていき、アルミのバケツに頭を突っ込んで止まる。
「ウチを普通の女だと思ってナメてんじゃねえぞ、コラァ! 照れてねえよバカ! さっさと次の作戦立てろ、ポンコツ大将!!」
金髪ウェーブの頭から湯気を立てながら、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすひかり。バケツを頭にハメたままお尻を押さえる佐藤一等兵のシュールな姿に、今度は壕の中から、兵士たちの堪えきれない爆笑がドッと沸き起こった。
(第7話へ続く)




