第4話:ここはどこ?クソ暑いんだけど!
即席の特製ちゃんこ鍋は、飢えていた男たちの手によって、あっという間に底をついた。飯盒の底にこびりついた乾燥味噌まで舐めとった兵士たちの顔には、さっきまでの死相が嘘のように、生気ある血色が戻り始めている。
鍋の横では、少し体力の回復した佐藤一等兵が、割れたヤシの実の内側にある白い果肉――コプラを、三八式歩兵銃の銃剣の先で器用に着脱し、前線サバイバルの手慣れた手つきで口に運んでいた。
そんな少し落ち着いた空気の中、ひかりは国防色の看護婦衣の胸元を手でパタパタと仰ぎながら、ぶっきらぼうに呟いた。
「あー、ハラは膨れたけどさ。……ねえ、誰かタバコない? セッタ切れてマジイライラすんだけど」
その突飛な要求に、ヤシの実ジュースを飲み干した横山少尉が、眉をひそめて首を振った。
「……タバコ? 光看護婦、そんな贅沢品、この前線にとっくにあるわけがないだろう。軍から配給される『ほまれ』も『あさひ』も、数ヶ月前に底を突いている」
「チッ、使えねえな。……っていうかさぁ」
ひかりは地下壕のジメジメした天井を見上げ、心底うっとうしそうに顔をしかめた。
「ここ、どこよ? マジでクソ暑いんだけど。ウチ、横須賀のコンビニに行こうとしてただけなんだけど、何この熱帯雨林エリア」
「「「…………は?」」」
壕の中にいた全員の動きが、ピタリと止まった。
佐藤一等兵がコプラを口に運ぼうとした手のまま固まり、横山少尉も大森婦長も、ポカンと口を開けてひかりを凝視している。
「看、護婦殿……今、なんと仰いましたか?」
佐藤一等兵が恐る恐る尋ねる。
「だから、ここどこだって聞いてんの! 派手なアメ車だか飛行機だかがドッカンドッカンうるせえし、泥だらけだし、スマホの電波も入んねえしよ!」
横山少尉は、目の前の金髪の少女が、実は戦況をすべて把握した上で「気合い」を叩き込んでいたわけではないことに、今更ながら気づいて戦慄した。彼は居住まいを正すと、現在の日付と場所を、軍人らしく、かつ極めて詳しく噛み砕いて言い聞かせた。
「……落ち着いて聞くのだ、光看護婦。ここは昭和17年(1942年)12月。大日本帝国陸軍・東部ニューギニア守備隊の最前線、ブナ陣地だ。我々は今、圧倒的な物量を誇る米豪連合軍に完全包囲され、死闘を繰り広げている……」
ひかりは細い眉をこれ以上ないほど跳ね上げ、ピンクのネイルで自分の頭をガシガシと掻いた。
「はぁ? 昭和17年? ニューギニアのブナ? ……ガチで? タイムトラベルじゃん。」
「たいむ……とらべる……?」
横山少尉が聞いたこともない英語に首を傾げる。
「マジかー、あの過積載のクソトラック、ウチをはね飛ばした拍子に過去に飛ばしやがったな。異世界転生かと思ったら、ガチの昔の戦場とか、ロケ地が悪質すぎなんだけど」
ひかりが一人で「マジありえない」とブツブツ文句を言っている間、佐藤一等兵をはじめとする兵士たちは、再び完全に呆然としていた。自分たちに「生きる気合い」をビンタと共に叩き込んできた最強のヘッドが、まさか「自分がどこにいるかも分かっていない、未来から来た美容師」だったなんて、あまりの事実に脳の処理が追いつかない。
壕の中を、何とも言えないシュールで気まずい沈黙が支配する。外では相変わらず「ドォン!」と遠くで砲撃の音が響いている。
そんな中、ひかりがふと、モジモジと足をすり合わせながら、大森婦長の方を振り返った。
「あ、。婦長さん。……ちょっとトイレに行きたいんだけど。どこ?」
「「「…………!!」」」
その瞬間、横山少尉も、佐藤一等兵も、負傷した主計兵も、全員が「どうしたらいいか」分からずに完全に途方に暮れてしまった。
ここはブナの地下壕だ。外に出ればM3軽戦車の37mm戦車砲とB-25の12.7mm機銃掃射の嵐。壕の中に臨時の便器(ドラム缶やバケツ)はあるものの、アメーバ赤痢の蔓延するこの凄惨な男だらけの密集地帯で、令和の24歳の女性に「そこでしろ」とは、いくら極限状態の軍人たちであっても口が裂けても言えなかった。
全員が真っ赤になって視線を泳がせ、お互いに顔を見合わせながら無言で固まっている。
そんな男たちの異様な慌てぶりに、当のひかりだけが、首を傾げてキキョトンとしてしまっていた。
「……何? みんなして。ウチ、ただ連れションの場所聞いてるだけなんだけど?」
(第5話へ続く)




