第2話:生きる希望の飯盒炊爨(サバイバル)
「喉乾いて腹減ってんのは、皆一緒だろ!!」
壕の中に、ひかりの容赦ない言葉が再び響き渡った。
「動ける兵隊はな、トカゲでもドブネズミでも何でも捕まえて鍋にぶち込むんだよ! 肉食えば血になるべ! 四の五の言わずに動けコラァ!」
その大声に、さっきまで死を待つだけだった重傷兵や残存兵たちが、ポカンと口を開けたままひかりを見つめていた。金髪ウェーブを振り乱し、ピンクのネイルでトカゲを指さす看護婦。だが、その瞳には一切の絶望がなかった。
「……肉を、食えば……」
「生きられる、のか……?」
一人、また一人と、兵士たちがのそのそと這うように動き出し、立ち上がり始めた。
どんなに極限状態であっても、大日本帝国陸軍の兵士たちが、たとえ全裸になろうとも肌身離さず持ち歩く「飯盒」。彼らは泥にまみれた腰から、あるいはボロボロの背嚢から、命の器であるアルミ製の飯盒をガタガタと音を立てて取り出した。そこに「生きる希望」という名の火が灯ったのだ。
「おい、そこ、濡れた葉っぱの裏にでんでん虫いんじゃん! 捕まえろ!」
ひかりが鋭く指さす。一人の兵士が、ジャングルの湿ったシダの葉から、ぬめり気のある大きなカタツムリを恐る恐るつまみ上げた。
「看、護婦殿……これは本当に食えるのでありますか……?」
「ハァ? でんでん虫は主食だろ! フランス人だってエスカルゴとか言ってオシャレに食ってんだぞ! 高級食材だよ、ガタガタ言ってねえで飯盒に入れな!」
令和の美容師ならではの、出鱈目だけど圧倒的に力強いお墨付きに、兵士は「は、はい! フランス料理!」と目を輝かせて飯盒にカタツムリを放り込んだ。
戦場が、ひかりの気合いによって一瞬で「生きるためのサバイバル会場」へと変貌していく。
「つーか、誰かヤシの実取れよ。……おい、佐藤一等兵!」
ひかりは、立ち上がったばかりの佐藤を振り返った。
「あんたのそのチャカ(銃)で、あの高いところにある実を狙いな!」
「えっ!? 三八式(歩兵銃)でヤシの実を、ですか!?」
佐藤一等兵は戸惑った。三八式歩兵銃は、その銃身の長さから命中精度が非常に高い。しかし、揺れるヤシの枝の根元を、この薄暗いジャングルで撃ち抜くのは至難の業だ。だが、ひかりのピンクの爪が、容赦なく佐藤の背中をバチンと叩く。
「男だろ! 気合いで当てろ!」
「は、はいッ!」
佐藤一等兵は泥水に膝をつき、愛銃を構えた。じわりと額に汗がにじむ。照星の向こう、遥か高いココヤシの木に実る、青い果実。
深く息を吐き、引き金を――引いた。
パーン!!
鋭い発射音がジャングルに木霊した瞬間、見事に撃ち抜かれたヤシの実が、ドサリと重い音を立てて泥の上に落ちてきた。
「やった……! やりました、看護婦殿!」
「上等じゃん! やればできんじゃん、佐藤!」
ひかりはニカッと笑うと、転がってきたヤシの実を拾い上げ、横山少尉の足元に刺さっていた軍刀をひっこ抜いた。そして、ヤンキー時代に培った(?)見事な刃物の扱いで、銃剣をヤシの実に突き立ててガツンと叩き割った。
中から、透明で冷たいヤシの実のジュースが、なみなみと溢れ出る。
ひかりは、割ったヤシの実を、まだ呆然と立ち尽くしている横山少尉の目の前に突き出した。
「ほら、ポンコツ隊長」
「……え?」
横山少尉が驚いてひかりを見る。ひかりはぶっきらぼうに、だが真っ直ぐに横山の目を見つめて言った。
「喉乾いただろ? あんたから先に飲みな」
「……っ……」
横山少尉の胸の奥に、熱いものが込み上げてきた。軍紀や面子ではなく、泥まみれになりながら、真っ先に指揮官である自分を立て、そして生きろと命を繋いでくれる金髪の少女。
横山は震える手でヤシの実を受け取ると、一気にその瑞々しい果汁を喉に流し込んだ。乾ききった身体に、生きるための水分が染み渡っていく。
「うまい……うまいぞ……!」
少尉の目から、今度は絶望ではなく、生きるための涙がこぼれ落ちた。
それを見た兵士たちが、飯盒を掲げて歓声を上げる。玉砕の狂気に包まれていたブナの地下壕は、今、完全に柴山ひかりという「ヘッド」によって、生き残るための強固なワンチームへと生まれ変わった。
(第3話へ続く)




