第10話:大漁だぜ、アメリカンの御馳走!
「ただいまー! おい、みんな、大漁だぜ!!」
地下壕の薄暗い闇を切り裂くように、ひかりの弾んだ大声が響き渡った。
泥まみれになりながら麻の袋をズッシリと担いで戻ってきたひかりと、その背後で九〇式鉄帽を揺らしながら興奮を隠せない佐藤一等兵の姿に、壕内の兵士たちが一斉に顔を跳ね上げた。
「ひ、光看護婦! 本当に何か調達してきたのか!?」
横山少尉が驚愕の声を上げる。ひかりは不敵にニカッと笑うと、担いでいた大きな麻の袋を、壕の真ん中の泥の上にドサリとひっくり返した。
中からゴロゴロと転がり出てきたのは、当時の日本軍の常識を遥かに超越した、目も眩むような「アメリカンの物量」だった。
「な、何だこれは……!?」
兵士たちが生唾を飲み込みながら詰め寄る。
オリーブドラブ色に美しく塗装された頑丈な肉の缶詰をはじめ、厳重に防水包装されたチョコレート、分厚いビスケット、そして口の中で甘く溶けるキャラメル。さらに、ひかりが何より切望していた本物のタバコ(チェスターフィールドやラッキーストライクのパック)までが、奇跡のように目の前に積み上がったのだ。
「す、凄い……! 敵さんは毎日こんなに素晴らしいものを食うておるのですか……!」
負傷した主計兵が、震える手でチョコレートの包みを手に取り、信じられないというように呟いた。当時の日本軍が、1日わずか一合未満の雑穀や、現地で捕まえたトカゲで食い繋いでいたブナの地獄において、それはまるで天国から降ってきた魔法の宝箱だった。
だが、山積みの御馳走の奥から、ひかりが「あ、あとさ、これ婦長さんたちにあげるわ」と、白くて柔らかい、奇妙な紙のロールをいくつか取り出した瞬間。
壕の奥にいた大森婦長をはじめとする女性看護婦たちの動きが、完全にフリーズした。
「……光さん、これ、は……?」
大森婦長が、まるで壊れ物を触るかのように、おそるおそるその白いロールに手を触れた。
「え? トイレットペーパーだけど。あのガキの袋に入ってた。これでもう、そこらのガサガサしたハッパでケツ拭かなくて済むじゃん」
ひかりが平然と言い放ったその瞬間、大森婦長をはじめとする女性たちの目から、大粒の涙がボロボロと溢れ落ちた。
「あ、ああ……! なんて柔らかくて、清らかな紙かしら……!」
「神様……本当に、本当にハッパを使わなくていいのですね……!」
お国のためにと羞恥心を捨て、爆撃の中で泥まみれの葉っぱを千切って用を足していた女性たちにとって、米軍の真っ白で清潔なトイレットペーパーは、肉の缶詰よりも、チョコレートよりも、何よりも気高く、魂を救う「感動の塊」だったのだ。大森婦長はトイレットペーパーを胸に抱きしめ、天を仰いで泣いた。
男たちが「紙……?」とポカンとする中、ひかりだけは「いや、泣くほど喜ぶとか、ウチのトイレットペーパーのありがたみの基準がバグるんだけど」と、呆れたように笑っていた。
「よし、ポンコツ隊長! これでハラも膨れるし、ケツも綺麗になる! 文句ねえだろ!」
ひかりは横山少尉の前に立つと、転がっていた肉の缶詰を軍刀の先でガツンとこじ開け、壕の中の全員を見回した。
「美味いもん食って、タバコ吸って、気合い入れ直すぞ! 玉砕なんてクソ喰らえって言ったろ? ウチらはな、全員生きて、この贅沢なアメリカンどもをブチのめして帰るんだよ!!」
「おおおおおおおーーーーーーッ!!!」
肉の缶詰の濃厚な脂の匂いと、本物のタバコの煙が地下壕の中に広がっていく。
米軍の圧倒的な食糧の差に戦慄しつつも、それを「自分たちの血肉」に変えて飢えを吹き飛ばした男たちの瞳には、もう迷いはなかった。ブナの湿地帯に、生き残るための、そして勝つための本当の「ド根性」が満ちていく。
(第11話へ続く)




