第四十二話 互いを知るために ―シトリン―
学院へ戻って三日後、父から手紙が届いた。
今度の休養日に、王都の屋敷へ戻るようにとある。その下には、私が領地から出した手紙と入れ違いで、コロンダム様から正式な面会の申し込みがあったと書かれていた。
私へではなく、父へ宛てた手紙だった。
「早かったわね」
手紙を読んだアメージュが言う。
「何が?」
「話の続きを作らずに会いたい、って返事をしてからよ」
「今までのように大学から紹介状を出しても、面会の目的を書けないでしょう?」
「目的ならあるじゃない」
「何と書くの?」
「シトリンに会うため」
「学院の事務員が困るわ」
「だから、御父様へ申し込んだのね」
アメージュは、領地から持ち帰った木苺の焼き菓子を二つに割った。
「きちんとしているわねえ」
「コロンダム様は、ロルカの侯爵家の方です。こういうことは御存じでしょう」
「知っていても、しない人はいるじゃない」
誰のことかは尋ねなかった。
ラピス殿下は、林檎の菓子を切り分けている。木苺の種が入っていないことを確かめてから、ベリル様の皿にも一つ載せた。
「ルドック様は、何を申し込みなさったのかしら」
「父の手紙には、私との今後の交際について話したい、としかありません」
「婚約ではなく?」
「それなら、そう書くと思います」
今度の休養日まで、あと四日ある。
父の手紙を読み直しても、それ以上のことは分からない。コロンダム様から届いた手紙にも、侯爵へ願い出たとだけ書かれていた。
私は返事を書くために便箋を出した。
けれど、何を尋ねればよいのか決まらない。
侯爵家へ何を申し込んだのかと聞けば、四日後に分かる。今度は図で説明してもらうようなことでもなかった。
――父から手紙が届きました。
――休養日に、王都の屋敷へ戻ります。
そこまで書いたあと、アメージュを見る。
「話の続きがなくても手紙を書きたいときは、何を書けばいいのかしら」
「今日の昼食」
「豆と鶏肉の煮込みよ」
「それでいいじゃない」
「コロンダム様も召し上がったことがあると思うけれど」
「じゃあ、今日は豆が少し固かった、と書けば?」
「そんなことまで?」
「定規が空箱から出てきたって書いてくる人でしょう?」
それもそうだった。
私は、豆がいつもより少し固かったことと、ラピス殿下の林檎菓子を父まで食べようとした話を手紙へ加えた。
質問は一つも書かなかったが、それでも翌々日には、返事が届いた。
大学の昼食は魚の入ったスープで、午後まで魚の匂いが研究室に残ったこと。石切り場の報告書を教授へ渡したところ、古い運搬路について詳しく尋ねられたこと。私が描いた地図を使って説明したこと。
最後に、
――休養日に、私から御説明します。
とあった。
何を、とは書かれていない。
四半刻で終わる説明なのかも、分からなかった。
*
休養日の朝、家の馬車で学院を出た。
王都の屋敷へ着くと、父と母だけでなく、領地にいるはずの姉も来ている。
「お姉様まで?」
「領地へいらした方の話ですもの。わたしも聞いておいた方がよいでしょう」
「昨日の夕方に着いたのよ」
母が、姉のために用意させた客間を示した。
「コロンダム様は、いついらっしゃるの?」
「午後だ。その前に、シトリンの考えを聞いておきたい」
父に呼ばれ、家族で小さな談話室へ入る。
卓には、コロンダム様から父へ届いた手紙が置かれていた。
「読んでもよろしいの?」
「シトリンに関わる申し込みだ。読んでおきなさい」
封はすでに切られている。
コロンダム様は、これまでの文通と面会について最初に書いていた。
――大学から紹介状を出したのは、鉱山や水路についての質問へ答えるためだったこと。
――アザフォード領へ招かれ、石切り場と水車小屋を案内してもらったこと。
――現在は、最初に話していた研究上の問いがすべて終わっていること。
そのうえで、今後は学問上の交流としてではなく、将来を考えた交際として、私との文通と面会を続ける許しを求めていた。
すぐに婚約を申し込みたいとは書かれていない。
「これを読んで、どう思った?」
父が尋ねた。
「私にも、同じことを書いてくださいました。話題が決まっていなくても会いたいと」
「シトリンは、会いたいの?」
「はい」
答えは、領地にいる間に決まっていた。
「鉱山のお話が、まだ残っているからではなく?」
母が、手紙の二枚目を読んでいる。
「残っているお話は、たくさんあると思います。コロンダム様は、新しいことを調べれば、またお話しくださるでしょうから」
「それなら、今までと同じではないの?」
「今までは、何を聞くかを先に決めていました。でも、水車小屋へ行ったのは、私が面白いと思っていたからです。コロンダム様の研究には、必要のない場所でした」
「それでも、一緒に行きたがったのね」
「はい。私も、コロンダム様が何を面白いと思うのか知りたいです。それだけでなく、何を食べたのか、大学で何があったのか、そういうことも」
母は、父へ手紙を戻した。
「では、文通だけを続けたいのかしら」
「お会いしたいです」
「婚約を考えることになっても?」
その言葉には、すぐ答えられなかった。
コロンダム様はロルカの侯爵家の方で、私はアルヴェインの侯爵家の娘である。
正式な交際を始めれば、いずれ、どちらの国で暮らすか、コロンダム様が大学に残るのか、ロルカへ戻るのかも話さなければならない。
父は、私が答えるまで待っている。
「今すぐ婚約を決めるのは嫌です」
「それは、ルドック様も求めていない」
「はい。だから、交際を始めたいと思います。コロンダム様がどこで暮らしたいのかも、私はまだ知りません。私も、卒業したあとに何をしたいのか、すべて決めているわけではありません」
姉が、領地から持ってきた帳面を膝の上へ置いた。
「それを話すための交際でしょう?」
「そうだと思います」
「では、今日、本人から聞きなさい。お父様やわたしたちが代わりに決めることではないわ」
父も頷いた。
「家柄と素行については、すでに調べてある。ルドック侯爵家へも、本人から交際を申し込むつもりだと知らせたそうだ」
「もうロルカへも?」
「ああ。返事はまだだが、コロンダム殿が自分で知らせたそうだ」
「早いですね」
「その点は、感心している」
父は手紙を二つに折った。
「ただし、今日の話を聞いて断っても構わない。交際を始めても、合わないと思えば婚約へ進む必要はない。そのことは忘れないように」
「はい」
以前の婚約が終わったから、次を決めなければならないわけではない。
家族は、私が急いで誰かを選ぶことを望んでいない。私も、急ぎたくはなかった。
だからこそ、コロンダム様が求めているものを、本人から聞きたかった。
*
午後になると、コロンダム様が一人の従者を伴って屋敷へ来た。
濃い灰色の上着には大学の印も、研究室の札もついていない。学院で会っていたときより改まった服装で、持っているのも図を入れた筒ではなく、手袋と帽子だった。
父と母、姉、私が客間で迎える。
挨拶のあと、コロンダム様は父の向かいへ座った。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
「手紙は読んだ。娘にも見せてある」
「はい」
「最初に確かめておきたい。これは婚約の申し込みではないのだね?」
「違います」
コロンダム様は、すぐに答えた。
「私は、アザフォード嬢と将来について考えられる交際を始めたいと思っております。ですが、今の私は大学で研究を続けており、この先もアルヴェインへ残るのか、ロルカへ戻るのか決めておりません」
「決めてから申し込もうとは思わなかった?」
「それでは、私だけでアザフォード嬢の将来まで決めることになります」
父は次の問いを待った。
「アザフォード嬢が、卒業後に何を望んでいるのかも、私はまだ伺っておりません。領地の仕事へ関わりたいのか、王都へ残りたいのか、外国で暮らすことを考えられるのか。そうしたことを互いに知らないまま、婚約を申し込むべきではないと思いました」
「では、交際中に娘がロルカへ行きたくないと言えば?」
「私がアルヴェインに残れるかを考えます。それも難しければ、婚約へは進めません」
父はそこで私を見た。
「シトリンにも、聞きたいことがあるだろう」
コロンダム様が、椅子ごと少しこちらへ向く。
今までの面会では、私が質問を用意していた。今日は何も手帳へ書いていない。
「コロンダム様は、なぜ私と交際したいと思われたのですか?」
「御手紙を待つようになったからです」
答えは短かった。続きがあると思い、待つ。
「アザフォード嬢から質問が届けば、何を調べるか考えました。質問のない手紙が届くようになってからは、何をお返しすればよいか考えるようになりました」
「お返事に困りました?」
「最初は。ですが、返さずにいる方が落ち着きませんでした」
「それで、昼食や庭のお話を?」
「ええ。アザフォード嬢が、どう思われるか知りたかったのです」
コロンダム様は、膝の上へ置いた手袋を揃えた。
「領地では、私が見たいものを、アザフォード嬢が調べて御案内くださいました。翌日には、私の研究と関係のない水車小屋へも連れていってくださった。石切り場について知りたいのではなく、アザフォード嬢が面白いと思ったものを知りたいと考えたからです」
「私も、同じです」
思ったより先に、言葉が出た。
「鉱山のお話を聞きたいだけなら、質問が終わったところで、手紙も終わっていたと思います。でも私は、大学の庭に何が咲いたのかも、昼食の魚の匂いがいつまで残ったのかも知りたいです」
「魚の匂いは、その日の夕方まで残りました」
「そこは、今お答えになるところなの?」
姉が口を挟む。
「御手紙では、午後までとしか書いておりませんでしたので」
「続きを聞かれていたのではないでしょう」
「でも、気になっていたわ」
「シトリンもなの?」
「少し」
父が片手で額を押さえた。
「二人の話が合うことは、よく分かった」
母は笑いながら、卓の上の茶を勧める。
コロンダム様はようやくカップへ手を伸ばした。
「ルドック様。交際を始めたあとの面会は、これまでのように学院でなさるおつもり?」
「学院の規則で許される間は。ただし、学問上の面会ではありませんので、今後はアザフォード侯爵家から申請していただくことになると思います」
「休養日には、こちらへいらしても構いません。もちろん、家族か、こちらで認めた者が同席します」
「承知しております」
「手紙も、今までどおり学院と我が家の決まりに従っていただきます」
「はい」
父が一つずつ条件を伝え、コロンダム様はすべてに答えた。
最後に、父は私を見た。
「シトリン。ルドック殿との交際を望むか?」
「はい。望みます」
「ルドック殿は?」
「私も、アザフォード嬢との交際を望みます」
「では、今日から正式に認めよう。ただし、婚約については急がない。二人で話し、互いの家とも相談したうえで、改めて決めること」
「ありがとうございます」
コロンダム様が立ち上がり、父と母へ礼をする。
私も立った。
何かがすぐに変わるわけではない。
次の手紙も学院で確認される。面会には教師か家族が同席し、時間も決められる。卒業までは学院の生活が優先される。
ただ、次に会う理由を、鉱山や水路の中から探す必要はなくなった。
*
父たちとの話が終わったあと、コロンダム様と私は庭へ出た。
姉も少し離れて一緒に歩いている。
「今日は、図をお持ちではないのですね」
「はい。何を持ってくるべきか迷いました」
「手紙も、父へ出してしまいましたものね」
「それで、こちらを」
コロンダム様が、従者に預けていた小さな包みを受け取る。
中に入っていたのは、一冊の薄い本だった。
「花の本?」
「大学の庭で見つけた花を、植物学の研究室で確かめました。やはり、アザフォード嬢がおっしゃった春星草でした」
本を開くと、青い花の図と、葉の形が載っている。
「私の答えが合っていたのですね」
「ええ。ただ、私の図では葉が一枚足りませんでした」
「花を摘まずに描いたのでしょう? それなら仕方ありません」
「今度は、葉の裏も見ます」
「また見つけたら、ということ?」
「はい。別の花も咲くそうです」
大学の庭の話は、これからも続くらしい。
「次は、いつお会いできますか?」
今までなら、先に話す内容を決めていた。
今日は、日を先に尋ねた。
「大学の講義を確かめます。アザフォード嬢の御都合は?」
「来週の休養日は、学院におります。午後なら面会を申し込めると思います」
「では、その日に」
「何についてお話しします?」
「まだ決めておりません」
「私もです」
それでも、次に会う日は決まった。




