↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの婚約者、何とかなりません?」と隣国の王女殿下に苦情を言われました。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/43

第三十三話 四半刻では足りません ―シトリン―

 二度目の面会までに、私の問いは八つから十一へ増えた。


 コロンダム様は、前回使わなかった四枚の図に加えて、新しい図を三枚持ってきた。学院の受付で筒の中を改められ、小実習室へ入った時点で、残りは四半刻半。挨拶と図を並べるだけでも、いくらか時間を使う。


「本日は、排水路が詰まった場合からですね」


 コロンダム様が、前回の図を一番上へ置いた。


「その前に、一つよろしいですか?」

「ええ」

「壁が崩れかけた池は、もう補修されたのでしょうか」

「そちらからですか?」

「気になっていたのです」


 コロンダム様は筒の中を探り、下から一枚の紙を取り出した。


「補修の方法は、大学へ戻ってから決まりました。こちらです」

「その図も、持ってきてくださったの?」

「お尋ねになるかもしれないと思いましたので」


 図には、古い壁の横へ新しく石を積み、間へ砕いた石を詰める方法が描かれていた。


「水をすべて抜いてから直すのですか?」

「半分だけ抜き、残りは隣の池へ回します。すべて止めると、坑道の方へ水が戻りますから」

「その間も鉱山では仕事を続けるのですね」

「ええ。補修のために全体を止めれば、働く者の給金にも関わります」


 そこで、後ろの卓にいた教師が時計を見た。


「ルドック様。まだ本日の最初の問いに入っておりません」

「こちらも排水の話です」

「アザフォード嬢の手帳では、前回の問いの続きに入っていないようですが」

「……確かに」


 コロンダム様は補修の図を右端へ動かした。


「では、排水路が詰まった場合へ戻ります」

「はい」

「ただし、先ほどの池の補修とも関係があります」

「やはり戻るのですね」


 教師が答案へ赤い線を引きながら言った。

 私たちの面会には、毎回違う教師が同席した。数学の教師は、水路の傾きから計算の話へ加わり、鉱物学の教師は、取り除いた土に何が含まれるかをコロンダム様へ尋ねた。歴史の教師が同席した日には、百年前の鉱山法まで話が広がった。

 教師が説明へ加われば、その分だけ私の問いも増える。

 三度目の面会では、最初に紙へ書いておくことにした。


 ――本日聞くこと。二つまで。


 コロンダム様にも見えるよう、机の中央へ置く。


「二つだけですか?」

「一つのお話が長いので」

「今日は短くお話しします」

「前回も、そうおっしゃいました」

「前回は、教師の方から御質問がありました」

「その前も長かったでしょう?」

「最初の池の仕組みを御説明する必要がありましたから」


 ラピス殿下が、後ろから紙を覗いた。


「シトリン様。一つにしておいた方がよいのでは?」

「ですが、それではいつまでも終わりません」

「二つにしても同じだと思います」


 アメージュが、自分の手帳を取り出した。


「だったら、終わらないものだと思えばいいじゃない」

「どういうこと?」

「毎回、聞きたいところまで聞くの。鐘が鳴ったら、次はそこから。終わらせようとするから困るのよ」

「私は、すべて伺うとお約束しております」


 コロンダム様が言う。


「では、終わらなくてもよいの?」

「アザフォード嬢が、もう聞くことはないとおっしゃるまで続けます」

「それは、ずいぶん先になると思います」

「構いません」


 そう言われると、二つまでと書いた紙が急に不要なものに見えた。

 私は紙を裏返した。


「では、今日は車輪へ使う金属についてお願いします」

「はい。まず、荷の重さによって――」

「待ってください。大きさではなく、重さで変えるのですか?」

「その御説明からいたします」


 この日は結局、車輪の外側へ鉄を巻くところまでで鐘が鳴った。


 *


 四度目からは、学院の事務員も私たちの面会申請に慣れた。

 コロンダム様から大学の紹介状が届くと、授業の予定と小実習室の空きを確かめ、私へ日を知らせてくれる。受付では、図を入れた筒のほかに、本や小さな鉱石の標本も調べられた。


「今回は、危険な器具はございませんね」

「ございません」

「水も?」

「持ってきておりません」

「砂も?」

「ありません」

「油は?」

「使いません」

「では、お通りください」


 合同祭の準備で床を水浸しにしたことが、まだ覚えられているらしい。

 面会を重ねるうち、私の手帳の頁は一つでは足りなくなった。問いを書いた頁と、答えを書き込む頁を分け、あとで関係するものを線で結ぶ。

 コロンダム様の図にも、少しずつ変化があった。

 最初は、池や水路の全体を一枚へ収めていた。私が細かなところを尋ねるため、次からは水門だけ、車輪だけ、石垣の積み方だけを大きく描いた図が増えた。難しい名称の横には、何に使うものかが短く書き添えられている。


「これは、前の図より見やすいです」

「前回、アザフォード嬢が水門の板と枠を混同なさったので、分けました」

「私が分からなかったところを、覚えていらしたの?」

「次に御説明するとき、同じところで止まると思いましたから」

「その通りですけれど」


 私は新しい図を手帳へ写した。

 コロンダム様は、私がどこで分からなくなったかを覚えている。分からないと言えば、同じ言葉を繰り返すのではなく、別の図を出す。私が考えている間には待っているし、見当違いのことを言えば、どこまで合っているかを先に教えてくれた。

 勝手に、私が本当は何を言いたいのか決められることもない。


「シトリン様。こちらの線は、水ではありません」

「では、何です?」

「水路の下にある岩盤です。紛らわしいですね。線の種類を変えましょう」


 コロンダム様は私の手帳を自分の方へ引き寄せず、別の紙へ二種類の線を描いた。


「こちらが水で、こちらが岩盤です」

「では、この部分には水路が二本あるのではなく、下に岩があるのですね」

「ええ。その岩が固いため、深く掘れませんでした」

「それなら、先ほどの傾きの話にも戻りません?」

「戻ります」


 話が戻り、そこからまた別の話へ進む。

 四半刻では、やはり足りなかった。


 *


 冬が近づく頃には、面会のない日にも手紙が届くようになった。

 最初の手紙は、学院で借りられる本の一覧だった。その次は、私が尋ねた石の見分け方について。薄い紙へ図が描かれ、封筒には、大学で使っている本の題名が添えられていた。

 私も、読み終えた本の感想と、新しく分からなかったことを書いて返した。

 学院から出す手紙は、女子部の担当教師に宛先と内容を確かめてもらう。アザフォード家からも、学習上の文通であれば構わないと許可が届いた。

 そのため、隠す必要は何もなかった。


「また厚くなったわね」


 談話室で、アメージュが私の封筒を横から見る。


「図を二枚入れたからよ」

「前は一枚だったでしょう?」

「一枚では、水路を上から見た形しか分からないもの。横から見た図も必要なの」

「コロンダム様の封筒も、毎回厚くなってるけど」

「あちらも図が増えているからでしょう」

「二人とも、同じことをしているのね」


 何がおかしいのか、アメージュは笑いながら木苺の砂糖煮を載せたパンを食べている。

 ラピス殿下は、ロルカから届いた手紙を読み終えたところだった。


「学年替わりの休暇に、トパーズがこちらへ来ることになりました」

「ルライト様が?」

「ええ。公使館へ御用がある父の使者と一緒に来ます。数日は王都に滞在できるそうです」

「それはよかったですね」


 殿下は学院へ戻ってからも、トパーズ様と手紙を交わしていた。手紙が届いた日は、夕食のあともいつもよりよく話す。今の殿下なら、来訪を心から喜んでいるのだと、私にも分かる。


「コロンダムにも、知らせてあるそうです」

「コロンダム様に?」

「二人は友人ですもの。久しぶりに会いたいのでしょう」


 私の手は、まだ封をしていない手紙の上にあった。


「その頃なら、大学も休みに入りますか?」

「講義はお休みになるはずです。ただし、研究室には行くと思います」

「そうですか」


 それなら、トパーズ様がアルヴェインへいらしても、コロンダム様と会えない心配はなさそうだった。

 数日後、実家から手紙が届いた。

 父の字で、ラピス殿下とトパーズ様を、学年替わりの休暇に我が家へ招きたいと書かれている。長く御迷惑をおかけしたお詫びと、私のために動いてくださった御礼を、改めて家族から申し上げたいらしい。

 その下には、母の字で追記があった。


 ――殿下の御都合がよろしければ、アマンド様、フレグラント様、ルドック様にも御一緒いただきたいと思っております。


「私も?」


 手紙を読んだアメージュが、最初に自分の名を指した。


「ええ。母は、あなたにも御礼を言いたいのよ」

「お菓子は出る?」

「招待状へ書くことではないでしょう」

「でも、出るわよね?」

「それは出ると思うけれど」


 ラピス殿下も手紙を読み、ベリル様へ渡した。


「トパーズの予定を確かめます。わたくしは、ぜひ伺いたいわ」

「ありがとうございます」


 あとは、コロンダム様の都合だった。

 次の面会の日、説明が始まる前に、私は実家から届いた招待状を差し出した。


「学年替わりの休暇に、家族が皆様を御招待したいそうです」

「私も、ですか?」

「はい。トパーズ様もいらっしゃいますし、ラピス殿下とベリル様、アメージュも一緒です」


 コロンダム様は招待状を開き、日付を確かめた。


「その日は、大学へ出る予定です」

「では、難しいでしょうか」

「いいえ。午前中に試料を確認すれば、昼前には出られます」

「研究は、お休みにならないのですね」

「試料は休暇に合わせて変化してくれませんから」

「それはそうですね」


 招待状を受け取ってもらい、私は手帳を開いた。


「本日は、石切り場についてお話ししてもよろしいですか?」

「石切り場?」

「我が家の領地にも、小さなものがあるのです。今まで鉱山とは別だと思っていましたが、運び出す方法には似たところがあるのではないかと」

「どのような石を切り出しているのです?」

「薄い灰色の石です。領内の建物や、水路に使っています」

「水へ強い石ですか?」

「分かりません。けれど、古い水路にも使われています」

「石切り場から水路までは、どのくらい離れています?」

「それも、正確には……」


 後ろで、同席の教師が時計を見た。


「御二人とも。本日の話を始めてください。招待の日まで、ここで石切り場の話を続けるおつもりですか」

「申し訳ございません」

「すみません」


 コロンダム様は図を広げた。私も手帳の頁を戻す。


「今日は、坑道で使う灯りについてでしたね」

「はい。ただ、その前に石切り場について一つだけ」

「ルドック様」

「……次回にします」


 学年替わりの休暇までは、まだしばらくある。

 それまでに面会できる日は、あと二度。

 四半刻では、たぶん石切り場の入口へも辿り着かない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。