第三十三話 四半刻では足りません ―シトリン―
二度目の面会までに、私の問いは八つから十一へ増えた。
コロンダム様は、前回使わなかった四枚の図に加えて、新しい図を三枚持ってきた。学院の受付で筒の中を改められ、小実習室へ入った時点で、残りは四半刻半。挨拶と図を並べるだけでも、いくらか時間を使う。
「本日は、排水路が詰まった場合からですね」
コロンダム様が、前回の図を一番上へ置いた。
「その前に、一つよろしいですか?」
「ええ」
「壁が崩れかけた池は、もう補修されたのでしょうか」
「そちらからですか?」
「気になっていたのです」
コロンダム様は筒の中を探り、下から一枚の紙を取り出した。
「補修の方法は、大学へ戻ってから決まりました。こちらです」
「その図も、持ってきてくださったの?」
「お尋ねになるかもしれないと思いましたので」
図には、古い壁の横へ新しく石を積み、間へ砕いた石を詰める方法が描かれていた。
「水をすべて抜いてから直すのですか?」
「半分だけ抜き、残りは隣の池へ回します。すべて止めると、坑道の方へ水が戻りますから」
「その間も鉱山では仕事を続けるのですね」
「ええ。補修のために全体を止めれば、働く者の給金にも関わります」
そこで、後ろの卓にいた教師が時計を見た。
「ルドック様。まだ本日の最初の問いに入っておりません」
「こちらも排水の話です」
「アザフォード嬢の手帳では、前回の問いの続きに入っていないようですが」
「……確かに」
コロンダム様は補修の図を右端へ動かした。
「では、排水路が詰まった場合へ戻ります」
「はい」
「ただし、先ほどの池の補修とも関係があります」
「やはり戻るのですね」
教師が答案へ赤い線を引きながら言った。
私たちの面会には、毎回違う教師が同席した。数学の教師は、水路の傾きから計算の話へ加わり、鉱物学の教師は、取り除いた土に何が含まれるかをコロンダム様へ尋ねた。歴史の教師が同席した日には、百年前の鉱山法まで話が広がった。
教師が説明へ加われば、その分だけ私の問いも増える。
三度目の面会では、最初に紙へ書いておくことにした。
――本日聞くこと。二つまで。
コロンダム様にも見えるよう、机の中央へ置く。
「二つだけですか?」
「一つのお話が長いので」
「今日は短くお話しします」
「前回も、そうおっしゃいました」
「前回は、教師の方から御質問がありました」
「その前も長かったでしょう?」
「最初の池の仕組みを御説明する必要がありましたから」
ラピス殿下が、後ろから紙を覗いた。
「シトリン様。一つにしておいた方がよいのでは?」
「ですが、それではいつまでも終わりません」
「二つにしても同じだと思います」
アメージュが、自分の手帳を取り出した。
「だったら、終わらないものだと思えばいいじゃない」
「どういうこと?」
「毎回、聞きたいところまで聞くの。鐘が鳴ったら、次はそこから。終わらせようとするから困るのよ」
「私は、すべて伺うとお約束しております」
コロンダム様が言う。
「では、終わらなくてもよいの?」
「アザフォード嬢が、もう聞くことはないとおっしゃるまで続けます」
「それは、ずいぶん先になると思います」
「構いません」
そう言われると、二つまでと書いた紙が急に不要なものに見えた。
私は紙を裏返した。
「では、今日は車輪へ使う金属についてお願いします」
「はい。まず、荷の重さによって――」
「待ってください。大きさではなく、重さで変えるのですか?」
「その御説明からいたします」
この日は結局、車輪の外側へ鉄を巻くところまでで鐘が鳴った。
*
四度目からは、学院の事務員も私たちの面会申請に慣れた。
コロンダム様から大学の紹介状が届くと、授業の予定と小実習室の空きを確かめ、私へ日を知らせてくれる。受付では、図を入れた筒のほかに、本や小さな鉱石の標本も調べられた。
「今回は、危険な器具はございませんね」
「ございません」
「水も?」
「持ってきておりません」
「砂も?」
「ありません」
「油は?」
「使いません」
「では、お通りください」
合同祭の準備で床を水浸しにしたことが、まだ覚えられているらしい。
面会を重ねるうち、私の手帳の頁は一つでは足りなくなった。問いを書いた頁と、答えを書き込む頁を分け、あとで関係するものを線で結ぶ。
コロンダム様の図にも、少しずつ変化があった。
最初は、池や水路の全体を一枚へ収めていた。私が細かなところを尋ねるため、次からは水門だけ、車輪だけ、石垣の積み方だけを大きく描いた図が増えた。難しい名称の横には、何に使うものかが短く書き添えられている。
「これは、前の図より見やすいです」
「前回、アザフォード嬢が水門の板と枠を混同なさったので、分けました」
「私が分からなかったところを、覚えていらしたの?」
「次に御説明するとき、同じところで止まると思いましたから」
「その通りですけれど」
私は新しい図を手帳へ写した。
コロンダム様は、私がどこで分からなくなったかを覚えている。分からないと言えば、同じ言葉を繰り返すのではなく、別の図を出す。私が考えている間には待っているし、見当違いのことを言えば、どこまで合っているかを先に教えてくれた。
勝手に、私が本当は何を言いたいのか決められることもない。
「シトリン様。こちらの線は、水ではありません」
「では、何です?」
「水路の下にある岩盤です。紛らわしいですね。線の種類を変えましょう」
コロンダム様は私の手帳を自分の方へ引き寄せず、別の紙へ二種類の線を描いた。
「こちらが水で、こちらが岩盤です」
「では、この部分には水路が二本あるのではなく、下に岩があるのですね」
「ええ。その岩が固いため、深く掘れませんでした」
「それなら、先ほどの傾きの話にも戻りません?」
「戻ります」
話が戻り、そこからまた別の話へ進む。
四半刻では、やはり足りなかった。
*
冬が近づく頃には、面会のない日にも手紙が届くようになった。
最初の手紙は、学院で借りられる本の一覧だった。その次は、私が尋ねた石の見分け方について。薄い紙へ図が描かれ、封筒には、大学で使っている本の題名が添えられていた。
私も、読み終えた本の感想と、新しく分からなかったことを書いて返した。
学院から出す手紙は、女子部の担当教師に宛先と内容を確かめてもらう。アザフォード家からも、学習上の文通であれば構わないと許可が届いた。
そのため、隠す必要は何もなかった。
「また厚くなったわね」
談話室で、アメージュが私の封筒を横から見る。
「図を二枚入れたからよ」
「前は一枚だったでしょう?」
「一枚では、水路を上から見た形しか分からないもの。横から見た図も必要なの」
「コロンダム様の封筒も、毎回厚くなってるけど」
「あちらも図が増えているからでしょう」
「二人とも、同じことをしているのね」
何がおかしいのか、アメージュは笑いながら木苺の砂糖煮を載せたパンを食べている。
ラピス殿下は、ロルカから届いた手紙を読み終えたところだった。
「学年替わりの休暇に、トパーズがこちらへ来ることになりました」
「ルライト様が?」
「ええ。公使館へ御用がある父の使者と一緒に来ます。数日は王都に滞在できるそうです」
「それはよかったですね」
殿下は学院へ戻ってからも、トパーズ様と手紙を交わしていた。手紙が届いた日は、夕食のあともいつもよりよく話す。今の殿下なら、来訪を心から喜んでいるのだと、私にも分かる。
「コロンダムにも、知らせてあるそうです」
「コロンダム様に?」
「二人は友人ですもの。久しぶりに会いたいのでしょう」
私の手は、まだ封をしていない手紙の上にあった。
「その頃なら、大学も休みに入りますか?」
「講義はお休みになるはずです。ただし、研究室には行くと思います」
「そうですか」
それなら、トパーズ様がアルヴェインへいらしても、コロンダム様と会えない心配はなさそうだった。
数日後、実家から手紙が届いた。
父の字で、ラピス殿下とトパーズ様を、学年替わりの休暇に我が家へ招きたいと書かれている。長く御迷惑をおかけしたお詫びと、私のために動いてくださった御礼を、改めて家族から申し上げたいらしい。
その下には、母の字で追記があった。
――殿下の御都合がよろしければ、アマンド様、フレグラント様、ルドック様にも御一緒いただきたいと思っております。
「私も?」
手紙を読んだアメージュが、最初に自分の名を指した。
「ええ。母は、あなたにも御礼を言いたいのよ」
「お菓子は出る?」
「招待状へ書くことではないでしょう」
「でも、出るわよね?」
「それは出ると思うけれど」
ラピス殿下も手紙を読み、ベリル様へ渡した。
「トパーズの予定を確かめます。わたくしは、ぜひ伺いたいわ」
「ありがとうございます」
あとは、コロンダム様の都合だった。
次の面会の日、説明が始まる前に、私は実家から届いた招待状を差し出した。
「学年替わりの休暇に、家族が皆様を御招待したいそうです」
「私も、ですか?」
「はい。トパーズ様もいらっしゃいますし、ラピス殿下とベリル様、アメージュも一緒です」
コロンダム様は招待状を開き、日付を確かめた。
「その日は、大学へ出る予定です」
「では、難しいでしょうか」
「いいえ。午前中に試料を確認すれば、昼前には出られます」
「研究は、お休みにならないのですね」
「試料は休暇に合わせて変化してくれませんから」
「それはそうですね」
招待状を受け取ってもらい、私は手帳を開いた。
「本日は、石切り場についてお話ししてもよろしいですか?」
「石切り場?」
「我が家の領地にも、小さなものがあるのです。今まで鉱山とは別だと思っていましたが、運び出す方法には似たところがあるのではないかと」
「どのような石を切り出しているのです?」
「薄い灰色の石です。領内の建物や、水路に使っています」
「水へ強い石ですか?」
「分かりません。けれど、古い水路にも使われています」
「石切り場から水路までは、どのくらい離れています?」
「それも、正確には……」
後ろで、同席の教師が時計を見た。
「御二人とも。本日の話を始めてください。招待の日まで、ここで石切り場の話を続けるおつもりですか」
「申し訳ございません」
「すみません」
コロンダム様は図を広げた。私も手帳の頁を戻す。
「今日は、坑道で使う灯りについてでしたね」
「はい。ただ、その前に石切り場について一つだけ」
「ルドック様」
「……次回にします」
学年替わりの休暇までは、まだしばらくある。
それまでに面会できる日は、あと二度。
四半刻では、たぶん石切り場の入口へも辿り着かない。




