第二十六話 学院が聞きたいこと ―オーパス―
合同祭が終わった翌朝、男子部四年一組の教室へ、事務員が一枚の呼出状を持ってきた。
「オーパス・フレッグ。二時間目が終わったら、管理棟の第二面談室へ来てください」
授業を始めようとしていた教師が、呼出状を受け取る。
「時間は、どのくらいかかりますか?」
「分かりません。学院長と学年主任から、聞き取りを行うと伺っています」
「では、三時間目に遅れる場合はこちらへ連絡を」
「承知しました」
呼出状が僕の机へ置かれた。
紙の下には、合同祭当日の出来事について、とだけ書かれている。
僕は事故の起きた馬車寄せにはいなかった。担当していたのは、男子部校舎の公開教室である。案内板が倒れた音も聞こえず、騒ぎを知ったのは、見学者を送り出したあとだった。
それでも、何を聞かれるのかは分かる。
上着の内ポケットへ手を入れると、小さな手帳の角が指へ触れた。
一斉集会のあとにも、僕はこの手帳を持って聞き取りを受けた。四人を止めたことを書いた一行も、そのとき学院へ見せている。
呼出状にあるのは、合同祭当日の出来事だ。僕は事故の現場にはいなかった。それでも今回もあの四人について聞かれるのなら、以前のことから話す必要があるのかもしれない。
*
二時間目の終了を知らせる鐘が鳴り、僕は管理棟へ向かった。
合同祭の飾りは、まだすべて片づいてはいない。中央校舎の柱には花を結んでいた紐が残り、壁際には空になった木箱が積まれている。事務員と学院使用人が、来賓用の椅子を一脚ずつ数えていた。
第二面談室の前には、長椅子が二つ置かれていた。
一方には男子部四年の生徒が一人座っている。ジャスパーたちと備品を運んでいた生徒だ。僕が来ると、少し場所を空けた。
「君も、呼ばれたのか?」
「ああ。昨日、舞踏室の前にいただろ?」
「僕は公開教室だった」
「なら、その前のことか」
それ以上は話せなかった。
面談室の扉が開き、先にいた生徒が呼ばれる。入れ替わりに出てきたのは、昨日ジャスパーたちを監督していた教師だった。
教師は僕を見ると、一度足を止めた。
「フレッグ。中では、自分が見たことだけを話しなさい」
「はい」
「人から聞いたことは、誰から聞いたかを分ける。分からないことは、分からないで構わない」
「……はい」
教師は隣の部屋へ入った。
閉まった扉を見ながら、上着のポケットを押さえる。
この手帳は、一斉集会後の聞き取りでも教師へ見せた。学院には、あの一行の内容が残っている。
手帳には、自分が見たことを書いてある。だが、全部ではない。
あの日の朝、四人が何を話していたかは覚えている。教室の机や、ルビアスが描いた図も覚えている。
そのあと教師へ知らせなかったことも。
「フレッグ、入りなさい」
学年主任が扉から顔を出した。
面談室には、学院長と学年主任、学院警備の責任者、それに記録を取る書記がいた。
窓側の長卓には、何枚もの紙が広げられている。椅子へ座る前に、そのうちの一枚が目に入った。
「あ」
数学の練習用紙だ。
紙の端には計算の途中式が残り、中央へ大講堂と二本の回廊が描かれている。女子側の出口と通路には、四つの印がついていた。
「見覚えがありますか?」
学院長が尋ねる。
「はい。ルビアスが描いたものです」
「本人が描いているところを見ましたか?」
「大講堂の形を書いたところは、たぶん見ていません。でも、四つの印について話しているところにはいました」
「話していたのは、いつです?」
「一斉集会があった日の朝です。一時間目の授業が始まる前でした」
書記のペンが紙の上を進む。学院長は、座るよう僕へ示した。
「この聞き取りでは、昨日の合同祭だけでなく、それ以前の経緯も確認します。まず、その朝に何が話されていたか、覚えている範囲で説明してください」
「ジャスパーたちが、ラピス殿下へどう付き添うかを相談していました」
「付き添う、という言葉を使ったのですか?」
「護衛とか、守るとかも言っていました。四人でまとまると目立つから、別々の場所へ立とうとしていたんです」
警備責任者が配置図を自分の方へ引いた。
「四つの印は、それぞれ誰の位置ですか?」
「女子側の出口にジャスパーです。ディアモンが先へ行って人の流れを確認して、ルビアスは中央回廊。ペリドは最後尾だったと思います」
「あなたには、何か役目がありましたか?」
「ありません。僕は、やめた方がいいと言いました」
答えてから、ポケットの手帳が気になる。あの日も、同じ言葉を書いた。
「なぜ、やめるよう言ったのです?」
「学院から頼まれていなかったからです。それに、前の日にラピス殿下から必要ないと言われていました。アマンド護衛官からも、男子側へ戻るよう言われています」
「四人も、それを知っていましたか?」
「全員、その場にいました」
学院長が、配置図の四つの印を順に見る。
「それでも、なぜ必要だと考えたのでしょう」
「ディアモンは、王女殿下が自国の護衛では不安だと、表立って認められないからだと言っていました」
「殿下御本人が、そうおっしゃったのですか?」
「いいえ。ディアモンが、そう考えただけです」
警備責任者の指が、女子側出口の印で止まる。
「マーチモンドは?」
「ラピス殿下が周囲の噂を気にしているから、目立たないようにする必要があると言っていました。シトリン嬢と話したあとも……」
そこで、言葉を切った。
「その日の午後ですか?」
「はい。大講堂で、ディアモンから話し合いがどうだったか聞かれていました」
学院長は僕の返事を待っている。
誰かの気持ちを推測するのではなく、言った言葉をそのまま話せばよい。
「ジャスパーは、シトリン嬢が噂や殿下の言葉に心を乱している、と言いました。それから、危険のない間は行動を控えると伝えた、と」
「危険のない間は?」
「はい。ペリドが、一切近づかないと約束したのか聞きました。ジャスパーは、一切近づかないとは約束できないと答えました」
学年主任の手が、机の端へ置かれた二枚の紙へ伸びる。
どちらにも、ジャスパーの署名があった。第一回の件と、合同祭前の件で出された命令書だろう。
「つまりマーチモンドは、最初の注意を受ける前から、危険があると自分で判断した場合は別だと考えていたのですね」
「そうだと思います。ただ、本人がその言葉を使ったのは、シトリン嬢と話したあとです」
「分けて記録します」
書記が、今書いた行の下へ印をつけた。
次に尋ねられたのは、ルビアスたち三人のことである。彼は配置図を描き、誰に説明する必要があるのかと言った。
ディアモンは、最後までジャスパーの考えへ賛成していた。
ペリドは途中で、本当に必要なのか、殿下は嫌がっていたのではないかと尋ねた。
「ペリドは、その場で計画から抜けましたか?」
「いいえ。僕に大声を出すなとは言いました。だけど、ディアモンに聞かれたときは、ジャスパーを信じていると答えました」
「集会のあとも?」
「女子側へ行きました。でも、その前にもう一度、やめた方がいいと話したら、分からなくなってきたと言っていました」
昨日、ペリドはディアモンを止めた。最初から止められたわけではない。だが、最後まで同じでもなかった。
「ルビアスは、合同祭では担当区域に残りました」
「聞きました」
「それ以前の行動と、昨日の行動を同じものとして扱うことはありません。ディアモンとペリドについても同様です」
学院長の言葉へ、学年主任がうなずく。
「だから、今は一人ずつ話を聞いているのだ」
廊下の長椅子にいた生徒も、同じものを運んでいたから呼ばれたのだろう。
四人が友人であったことと、同じ命令に同じように背いたかどうかは別の話である。
「フレッグ。あなたは、この計画を教師へ報告しましたか?」
予想していた質問だった。
「……しませんでした」
「理由を聞かせてください」
「僕が言えば、やめるかもしれないと思いました。それに、一時間目の教師が来て、権限と命令系統の授業をしたんです。ジャスパーたちも真面目に聞いていたから……」
学年主任が、わずかに眉を寄せた。
「授業を聞けば、自分たちのことだと気づくと思った?」
「はい」
実際には、誰も気づかなくて、教師がすぐ近くにいても、ジャスパーたちは四人で別々の位置へ向かった。
「集会の前に、もう一度ペリドへは言いました。でも、教師へは言っていません」
「分かりました」
学院長は僕を責めなかった。その方が、かえって話しづらい。
「前回の聞き取りで見せてもらった手帳を、今日も持っていますか?」
「はい」
「同じ記録か、もう一度確認させてください」
ポケットから手帳を出す。
何度も開いたため、表紙の角が丸くなっていた。日付を探し、学院長へ差し出す。
その日の欄には、一行だけ書いてある。
『一斉集会後、ジャスパー、ディアモン、ルビアス、ペリドがラピス殿下へ付き添う予定。朝、止めた』
学院長が読み、次に学年主任へ渡す。
「この『止めた』というのは?」
「僕が、やめるように言ったという意味です」
「計画を中止させた、という意味ではないのですね」
「はい。……今見ると、違う書き方をすればよかったと思います」
――止めた。
あの日は、それで自分の役目を済ませたような気になっていた。でも、言葉を聞かせたことと、相手が実際に止まったことを、同じ一語へ入れている。
「前回と同じ記録であることを確認しました。手帳はお返しします」
「はい」
学年主任から受け取り、ポケットへ戻す。
「最後に、もう一つだけ」
学院長が二枚の命令書を重ねた。
「あなたから見て、マーチモンドはラピス殿下を害そうとしていましたか?」
書記のペンが止まった。
「……そうは思いません」
「では、助けようとしていた?」
「《《本人は》》、そのつもりだったと思います」
昨日から、ジャスパーは何度も同じことを言っているらしい。
殿下を守ろうとした。助けようとした。危険があると思った。
「でも、ラピス殿下は頼んでいませんでした。学院も、ジャスパーへ護衛を頼んでいません」
「ええ」
「だから、本人がどういうつもりだったかと、近づいてよかったかどうかは、別だと思います」
警備責任者が、配置図をほかの記録の上へ重ねた。
「その点は、昨日、本人へも説明しました」
「分かったんですか?」
「それを確認するため、調査を続けています」
聞き取りは、そこで終わった。
廊下へ出ると、正面玄関の方から何人もの足音が近づいてくる。先頭を歩く事務員が受付で立ち止まった。
「マーチモンド伯爵がお着きです」
黒い上着を着た男性が、革鞄を手に管理棟へ入ってきた。
学院長室の前で待っていた学年主任補佐が頭を下げ、奥の応接室へ案内する。
伯爵は僕たちの方を見ず、そのまま扉の向こうへ入った。
僕は三時間目の途中から教室へ戻った。
教師へ呼出状を返し、空いている席へ座る。机の上では、隣の生徒が貸してくれたノートが、授業の進んだ頁で開かれていた。
自分の手帳も出し、あの日の一行をもう一度見る。
『朝、止めた』
僕はその三文字へ横線を引き、下の狭い余白へ、書き直した。
『朝、止めようとした。四人は行った』




