↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの婚約者、何とかなりません?」と隣国の王女殿下に苦情を言われました。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/43

第二十六話 学院が聞きたいこと ―オーパス―

 合同祭が終わった翌朝、男子部四年一組の教室へ、事務員が一枚の呼出状を持ってきた。


「オーパス・フレッグ。二時間目が終わったら、管理棟の第二面談室へ来てください」


 授業を始めようとしていた教師が、呼出状を受け取る。


「時間は、どのくらいかかりますか?」

「分かりません。学院長と学年主任から、聞き取りを行うと伺っています」

「では、三時間目に遅れる場合はこちらへ連絡を」

「承知しました」


 呼出状が僕の机へ置かれた。

 紙の下には、合同祭当日の出来事について、とだけ書かれている。

 僕は事故の起きた馬車寄せにはいなかった。担当していたのは、男子部校舎の公開教室である。案内板が倒れた音も聞こえず、騒ぎを知ったのは、見学者を送り出したあとだった。

 それでも、何を聞かれるのかは分かる。

 上着の内ポケットへ手を入れると、小さな手帳の角が指へ触れた。

 一斉集会のあとにも、僕はこの手帳を持って聞き取りを受けた。四人を止めたことを書いた一行も、そのとき学院へ見せている。

 呼出状にあるのは、合同祭当日の出来事だ。僕は事故の現場にはいなかった。それでも今回もあの四人について聞かれるのなら、以前のことから話す必要があるのかもしれない。


 *


 二時間目の終了を知らせる鐘が鳴り、僕は管理棟へ向かった。

 合同祭の飾りは、まだすべて片づいてはいない。中央校舎の柱には花を結んでいた紐が残り、壁際には空になった木箱が積まれている。事務員と学院使用人が、来賓用の椅子を一脚ずつ数えていた。

 第二面談室の前には、長椅子が二つ置かれていた。

 一方には男子部四年の生徒が一人座っている。ジャスパーたちと備品を運んでいた生徒だ。僕が来ると、少し場所を空けた。


「君も、呼ばれたのか?」

「ああ。昨日、舞踏室の前にいただろ?」

「僕は公開教室だった」

「なら、その前のことか」


 それ以上は話せなかった。

 面談室の扉が開き、先にいた生徒が呼ばれる。入れ替わりに出てきたのは、昨日ジャスパーたちを監督していた教師だった。

 教師は僕を見ると、一度足を止めた。


「フレッグ。中では、自分が見たことだけを話しなさい」

「はい」

「人から聞いたことは、誰から聞いたかを分ける。分からないことは、分からないで構わない」

「……はい」


 教師は隣の部屋へ入った。

 閉まった扉を見ながら、上着のポケットを押さえる。

 この手帳は、一斉集会後の聞き取りでも教師へ見せた。学院には、あの一行の内容が残っている。

 手帳には、自分が見たことを書いてある。だが、全部ではない。

 あの日の朝、四人が何を話していたかは覚えている。教室の机や、ルビアスが描いた図も覚えている。

 そのあと教師へ知らせなかったことも。


「フレッグ、入りなさい」


 学年主任が扉から顔を出した。

 面談室には、学院長と学年主任、学院警備の責任者、それに記録を取る書記がいた。

 窓側の長卓には、何枚もの紙が広げられている。椅子へ座る前に、そのうちの一枚が目に入った。


「あ」


 数学の練習用紙だ。

 紙の端には計算の途中式が残り、中央へ大講堂と二本の回廊が描かれている。女子側の出口と通路には、四つの印がついていた。


「見覚えがありますか?」


 学院長が尋ねる。


「はい。ルビアスが描いたものです」

「本人が描いているところを見ましたか?」

「大講堂の形を書いたところは、たぶん見ていません。でも、四つの印について話しているところにはいました」

「話していたのは、いつです?」

「一斉集会があった日の朝です。一時間目の授業が始まる前でした」


 書記のペンが紙の上を進む。学院長は、座るよう僕へ示した。


「この聞き取りでは、昨日の合同祭だけでなく、それ以前の経緯も確認します。まず、その朝に何が話されていたか、覚えている範囲で説明してください」

「ジャスパーたちが、ラピス殿下へどう付き添うかを相談していました」

「付き添う、という言葉を使ったのですか?」

「護衛とか、守るとかも言っていました。四人でまとまると目立つから、別々の場所へ立とうとしていたんです」


 警備責任者が配置図を自分の方へ引いた。


「四つの印は、それぞれ誰の位置ですか?」

「女子側の出口にジャスパーです。ディアモンが先へ行って人の流れを確認して、ルビアスは中央回廊。ペリドは最後尾だったと思います」

「あなたには、何か役目がありましたか?」

「ありません。僕は、やめた方がいいと言いました」


 答えてから、ポケットの手帳が気になる。あの日も、同じ言葉を書いた。


「なぜ、やめるよう言ったのです?」

「学院から頼まれていなかったからです。それに、前の日にラピス殿下から必要ないと言われていました。アマンド護衛官からも、男子側へ戻るよう言われています」

「四人も、それを知っていましたか?」

「全員、その場にいました」


 学院長が、配置図の四つの印を順に見る。


「それでも、なぜ必要だと考えたのでしょう」

「ディアモンは、王女殿下が自国の護衛では不安だと、表立って認められないからだと言っていました」

「殿下御本人が、そうおっしゃったのですか?」

「いいえ。ディアモンが、そう考えただけです」


 警備責任者の指が、女子側出口の印で止まる。


「マーチモンドは?」

「ラピス殿下が周囲の噂を気にしているから、目立たないようにする必要があると言っていました。シトリン嬢と話したあとも……」


 そこで、言葉を切った。


「その日の午後ですか?」

「はい。大講堂で、ディアモンから話し合いがどうだったか聞かれていました」


 学院長は僕の返事を待っている。

 誰かの気持ちを推測するのではなく、言った言葉をそのまま話せばよい。


「ジャスパーは、シトリン嬢が噂や殿下の言葉に心を乱している、と言いました。それから、危険のない間は行動を控えると伝えた、と」

「危険のない間は?」

「はい。ペリドが、一切近づかないと約束したのか聞きました。ジャスパーは、一切近づかないとは約束できないと答えました」


 学年主任の手が、机の端へ置かれた二枚の紙へ伸びる。

 どちらにも、ジャスパーの署名があった。第一回の件と、合同祭前の件で出された命令書だろう。


「つまりマーチモンドは、最初の注意を受ける前から、危険があると自分で判断した場合は別だと考えていたのですね」

「そうだと思います。ただ、本人がその言葉を使ったのは、シトリン嬢と話したあとです」

「分けて記録します」


 書記が、今書いた行の下へ印をつけた。

 次に尋ねられたのは、ルビアスたち三人のことである。彼は配置図を描き、誰に説明する必要があるのかと言った。

 ディアモンは、最後までジャスパーの考えへ賛成していた。

 ペリドは途中で、本当に必要なのか、殿下は嫌がっていたのではないかと尋ねた。


「ペリドは、その場で計画から抜けましたか?」

「いいえ。僕に大声を出すなとは言いました。だけど、ディアモンに聞かれたときは、ジャスパーを信じていると答えました」

「集会のあとも?」

「女子側へ行きました。でも、その前にもう一度、やめた方がいいと話したら、分からなくなってきたと言っていました」


 昨日、ペリドはディアモンを止めた。最初から止められたわけではない。だが、最後まで同じでもなかった。


「ルビアスは、合同祭では担当区域に残りました」

「聞きました」

「それ以前の行動と、昨日の行動を同じものとして扱うことはありません。ディアモンとペリドについても同様です」


 学院長の言葉へ、学年主任がうなずく。


「だから、今は一人ずつ話を聞いているのだ」


 廊下の長椅子にいた生徒も、同じものを運んでいたから呼ばれたのだろう。

 四人が友人であったことと、同じ命令に同じように背いたかどうかは別の話である。


「フレッグ。あなたは、この計画を教師へ報告しましたか?」


 予想していた質問だった。


「……しませんでした」

「理由を聞かせてください」

「僕が言えば、やめるかもしれないと思いました。それに、一時間目の教師が来て、権限と命令系統の授業をしたんです。ジャスパーたちも真面目に聞いていたから……」


 学年主任が、わずかに眉を寄せた。


「授業を聞けば、自分たちのことだと気づくと思った?」

「はい」


 実際には、誰も気づかなくて、教師がすぐ近くにいても、ジャスパーたちは四人で別々の位置へ向かった。


「集会の前に、もう一度ペリドへは言いました。でも、教師へは言っていません」

「分かりました」


 学院長は僕を責めなかった。その方が、かえって話しづらい。


「前回の聞き取りで見せてもらった手帳を、今日も持っていますか?」

「はい」

「同じ記録か、もう一度確認させてください」


 ポケットから手帳を出す。

 何度も開いたため、表紙の角が丸くなっていた。日付を探し、学院長へ差し出す。

 その日の欄には、一行だけ書いてある。


『一斉集会後、ジャスパー、ディアモン、ルビアス、ペリドがラピス殿下へ付き添う予定。朝、止めた』


 学院長が読み、次に学年主任へ渡す。


「この『止めた』というのは?」

「僕が、やめるように言ったという意味です」

「計画を中止させた、という意味ではないのですね」

「はい。……今見ると、違う書き方をすればよかったと思います」


 ――止めた。


 あの日は、それで自分の役目を済ませたような気になっていた。でも、言葉を聞かせたことと、相手が実際に止まったことを、同じ一語へ入れている。


「前回と同じ記録であることを確認しました。手帳はお返しします」

「はい」


 学年主任から受け取り、ポケットへ戻す。


「最後に、もう一つだけ」


 学院長が二枚の命令書を重ねた。


「あなたから見て、マーチモンドはラピス殿下を害そうとしていましたか?」


 書記のペンが止まった。


「……そうは思いません」

「では、助けようとしていた?」

「《《本人は》》、そのつもりだったと思います」


 昨日から、ジャスパーは何度も同じことを言っているらしい。

 殿下を守ろうとした。助けようとした。危険があると思った。


「でも、ラピス殿下は頼んでいませんでした。学院も、ジャスパーへ護衛を頼んでいません」

「ええ」

「だから、本人がどういうつもりだったかと、近づいてよかったかどうかは、別だと思います」


 警備責任者が、配置図をほかの記録の上へ重ねた。


「その点は、昨日、本人へも説明しました」

「分かったんですか?」

「それを確認するため、調査を続けています」


 聞き取りは、そこで終わった。

 廊下へ出ると、正面玄関の方から何人もの足音が近づいてくる。先頭を歩く事務員が受付で立ち止まった。


「マーチモンド伯爵がお着きです」


 黒い上着を着た男性が、革鞄を手に管理棟へ入ってきた。

 学院長室の前で待っていた学年主任補佐が頭を下げ、奥の応接室へ案内する。

 伯爵は僕たちの方を見ず、そのまま扉の向こうへ入った。

 僕は三時間目の途中から教室へ戻った。

 教師へ呼出状を返し、空いている席へ座る。机の上では、隣の生徒が貸してくれたノートが、授業の進んだ頁で開かれていた。

 自分の手帳も出し、あの日の一行をもう一度見る。


『朝、止めた』


 僕はその三文字へ横線を引き、下の狭い余白へ、書き直した。


『朝、止めようとした。四人は行った』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。