↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの婚約者、何とかなりません?」と隣国の王女殿下に苦情を言われました。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/43

第二十五話 危険物だったのはあなたです ―ラピス―

 合同祭は、この一件では中止にはならず、そのまま続いた。


 管理棟の応接室へ移ってからも、窓の外では楽団の演奏が続いている。先ほど混乱の起きた馬車寄せは一時閉鎖されたが、別の中庭と校舎内の展示は、そのまま公開することになったらしい。

 廊下を行き来する事務員の腕には、通行止めを知らせる札が何枚も抱えられていた。壁際に置かれた卓には、来賓へ出す予定だった茶器と焼き菓子が載っている。茶はすでに冷めていた。


「手を見せて」


 隣に立つベリルへ、小声で頼む。


「問題ございません」

「見てから決めます」


 差し出された右手には、薄い革の手袋がはめられている。手首の留め具を外してもらうと、親指の付け根が少し赤くなっていた。


「痛むでしょう?」

「マーチモンド令息を床へ伏せた際、石へ当てました。ですが拳銃を扱うのに支障はございません」


 ベリルは手袋を戻し、指を二度曲げる。確かに動きに問題はないらしい。


「殿下のお召し物も、裾に少し埃がついております。お部屋へ戻りましたら、すぐ着替えましょう」

「わたくしの服より、あなたの手の方が大事だわ」

「どちらも大事です」


 そう返されると、続けて何か言うのは難しい。

 扉が開き、学院長と男子部四年の学年主任が入ってきた。その後ろには学院警備の責任者と、先ほどジャスパー様たちを監督していた教師がいる。

 学院長は窓際の席へわたくしを案内し、警備責任者が向かいへ座った。卓の上には、すでに何枚かの記録用紙が用意されている。


「まず、事故そのものについて御報告いたします」


 警備責任者が馬車寄せ周辺の見取図を広げた。


「仮設の案内板を固定していた紐が外れ、板が倒れました。その音で、来賓の馬車につながれていた馬が驚きましたが、御者がすぐ手綱を引き、厩務員とともに正門側へ移動させています。周囲の方々にも大きな怪我はありません」

「紐が外れた理由は?」

「午後から強くなった風で、上部の紐が外れたと見ています。設置した者から話を聞き、固定方法も確認しております」


 見取図の上で、警備責任者の指が馬車寄せから中央玄関へ動く。


「ラピス殿下の近くには、学院警備員が一名、ロルカ側の近衛が一名、それにアマンド護衛官がおりました。馬が暴れた時点で、学院警備員が人の流れを止め、アマンド護衛官が殿下を指定の通路へお連れしています」

「ええ。わたくしも、そのように覚えております」


 実際、わたくしは馬をよく見ていない。

 ベリルに腕を取られ、石柱の奥へ移ったときには、学院の警備員が来賓を壁際へ寄せていた。馬が正門側へ移されたのは、その後である。


「本来でしたら、それで終わる出来事でした」


 警備責任者の指が、見取図の反対側へ移る。そこには、ジャスパー様たちが備品を運んでいた場所が印されていた。


「マーチモンド令息は担当区域を離れ、殿下の避難経路へ向かいました。監督教師から停止を命じられましたが、従わなかったとのことです」


 男子部の教師が記録用紙を一枚、卓の中央へ出す。


「私は、マーチモンドにその場で待つよう二度命じました。一度目は聞こえなかった可能性もあります。二度目は、こちらを見て返事をしました。そのあと、通常時ではないと言って走り出しています」

「ディアモン様たちは?」

「ディアモンも追おうとしましたが、ペリドが止めました。ルビアスは持ち場に残っています」


 教師は用紙の端へ書かれた時刻を確かめた。


「ペリドには、ディアモンを押さえたまま警備員を待つよう命じました。こちらには従っています。二人とも、殿下の避難経路までは来ておりません」


 少なくとも、三人が同じように動いたわけではない。

 ルビアス様は最初から残り、ペリド様は途中でディアモン様を止めた。少し前までなら、四人ともジャスパー様についてきただろう。


「マーチモンド様は、今どちらに?」

「男子部の面談室におります。医務室で手首と背中を確認したあと、教師二名をつけました」


 ベリルが伏せたジャスパー様を、学院警備員が引き取った。手を後ろへ回されながらも、彼は自分が何をしようとしたのか説明し続けていたという。


 ――助けようとした。

 ――危険があると思った。

 ――間に合わなくなる前に、動かなければならなかった。


 ……一体彼の中では、どんなことが起こっていたというのだろう?


「本人からも話を聞いたのでしょう?」

「はい」


 学院長が、別の記録をわたくしの前へ置く。


「マーチモンドは、馬車寄せで馬が暴れたため、護衛が足りない可能性を考えたと申しております。混乱の中では一瞬の遅れが事故につながるので、教師の命令より殿下の安全を優先した、と」

「……護衛が足りないと、誰かから聞いたのですか?」

「いいえ。本人の判断です」

「学院警備員が二人いることは、見えていたのでしょう?」

「見えていたと申しています。ただ、事故に対応している警備員だけで、()()()()()()()()()()()()()まで備えられるか分からなかったそうです」


 警備責任者が見取図を畳み、端をそろえた。


「その点について、本人へ説明しました」


 *


 ジャスパー様が応接室へ連れてこられたのは、それから四半刻ほど後だった。

 濃紺の制服の背には、石床へ伏せられたときについた白い埃が残っている。右手首には細い包帯が巻かれていた。教師に示された椅子へ座ると、まずわたくしを見て、その次にベリルの右手へ目を移す。


「殿下。御無事で何よりです」

「ええ。学院警備とベリルが、すぐに動いてくれましたから」


 ジャスパー様の口が少し開き、すぐ閉じた。

 学院長は彼の正面へ、先ほどの見取図と三枚の報告書を並べる。


「マーチモンド。確認を続ける。君は監督教師から待機を命じられた。それを聞いたうえで、担当区域を離れた。間違いないな」

「はい。ただ、あのときは非常事態でした」

「非常事態だからこそ、配置と命令に従う必要がある」


 学院長の横で、警備責任者が一本の鉛筆を手に取った。見取図の避難経路へ、ジャスパー様が通った道を引いていく。


「あなたは、この位置で教師の命令を離れました。その後、警備員から停止を命じられ、さらにアマンド護衛官からも戻るよう命じられています。それでも進みましたね」

「護衛官は殿下から離れられません。ならば私が、外側を確かめるべきだと考えました」

「誰から、その役目を与えられましたか」


 ジャスパー様の包帯が、膝の上でわずかに擦れた。


「誰からも与えられてはいません。しかし、私は軍務に就く家の者です。危険を前にして、何もしないわけには――」

「あなたが何者の息子であるかは、あの場の警備配置に関係ありません」


 警備責任者は鉛筆を置き、見取図の印を一つずつ指した。


「学院警備員は、当日の配置と殿下の移動経路を事前に知らされています。服装と腕章も統一し、互いの担当を確認しています。アマンド護衛官とは、緊急時の合図も決めてありました」

「ですが、実際に馬が――」

「馬への対処は終わっていました」


 窓の外で、演奏している曲が変わった。

 馬車寄せの閉鎖を知らせる声も、もう聞こえない。事故が起きた場所では、倒れた看板を撤去し、落ちた菓子や花を片づけているころだろう。


「あなたには、警備員の腕章がありません。担当もなく、避難経路も知らず、現場の指示にも従わなかった。警備側から見れば、()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()です」

「私は、そのようなことをする人間ではありません」


 ジャスパー様の返事が重なった。

 警備責任者は記録用紙へ一行書き加えてから、もう一度彼を見る。


「私どもは、非常時に相手の善意を確かめてから動くことはできません。停止を命じられても進み、護衛官を回り込もうとした者は、()()()()()()()()取り押さえます」

「私は殿下を害そうとしたのではありません。助けようとしたのです」

「そのつもりだったことは、記録へ残します」


 警備責任者の手が、先ほど引いた線の終点で止まる。


「しかし、あの場で殿下の近くに()()()()()()()()()()()()()()()


 ジャスパー様は見取図へ目を落とした。

 教師が止めた。

 学院警備員が止めた。

 ベリルも止めた。

 それでも彼は、全員より自分の判断の方が正しいと考えて進んだ。


「……危険というのは、実際に害する者を指すのではないのですか?」


 ……まだ、そこなのか。

 わたくしが口を開く前に、男子部の教師が椅子を引いた。


「お前が何を考えているかなど、あの距離から分かるものか! 命令を無視して王女殿下へ向かう生徒がいれば、警備員はそちらにも人を割く。馬と群衆だけを見ていればよかったところへ、お前が別の危険を持ち込んだんだ」

「ですが先生、私は――」

()()()()()()()()()、と言っている」


 椅子の脚が、床の上で短く鳴った。


「善意であろうが、伯爵家の息子であろうが、関係ない。止まれと言われて止まらない人間を、護衛対象へ近づける者はいない」


 ジャスパー様は包帯の上へ左手を重ねた。


「……結果として、そう判断されたことは分かります。しかし、あの時点では、本当に危険がないと確定していたわけではありません」

「ええ。確定しておりませんでした」


 ベリルが、わたくしの椅子の横から答える。


「ですから私は、殿下の周囲にいる者を一人ずつ確認しておりました。そこへ、命令を無視して近づくあなたが加わりました」


 ベリルの右手は、腰の革製ホルスターに収めた小型拳銃の近くへ戻っている。


「あなたを排除している間、私は殿下の護衛と、あなたへの対処を同時に行わなくてはなりませんでした。学院警備員の一名も、あなたを拘束するため本来の位置を離れています」

「それは、あなたが私の説明を聞かなかったからでしょう」

「説明を聞くため、殿下の近くへ通すことはできません」


 わたくしは、卓の上の見取図を自分の方へ引いた。

 学院警備員の位置――ベリルがわたくしを連れて通った道――馬車が正門側へ移された道。

 そこへ、鉛筆で一本余計な線が引かれている。


「マーチモンド様」


 彼が顔を上げる。


「わたくしにとって、あの場で警戒しなくてはならない人間が一人増えました」

「殿下まで、そのようにおっしゃるのですか」

「わたくしがそう考えたからではありません。あなたが、そう扱われる行動をなさったのです」


 ジャスパー様は何か言おうとして、学院長の方を見た。けれど学院長は記録を確かめ、男子部の教師は次の用紙へ日付を書いている。

 助けようとした自分と、危険人物として拘束された自分が、まだ彼の中ではつながっていないのだろう。


「マーチモンド。君は本日、このまま男子部の面談室で待機するんだ。合同祭の仕事から外し、帰寮まで教師二名をつける」


 学院長が新しい紙を彼の前へ置いた。


「明日以降の授業についても、学院の決定が出るまで個別指導とする。ディアモンも本日の仕事から外し、別室で待機させている。ペリドとルビアスには、確認が終わり次第、戻ることを認める」

「ペリドは私たちの邪魔をしました!」

「彼は教師の命令に従い、ディアモンが持ち場を離れるのを止めていた。学院として問題にする行動はない」


 ジャスパー様の指が、署名欄の上で止まった。


「私は、殿下をお守りしようとしただけです。それで合同祭から外され、授業まで――」

「先に二度、命令を受けています」


 学院長が、以前の文書を二枚並べた。

 一枚目は、わたくしへ近づかないこと。二枚目は、シトリン様へ直接話しかけず、合同祭では指定区域を離れないこと。

 どちらにも、ジャスパー様の署名がある。


「今回は、この二枚の命令に加えて、現場で教師と学院警備員とアマンド護衛官から止められています。君が従わなかった事実について、学院は正式な調査を開始する」


 学院長がわたくしを見る。


「ラピス殿下。先日お話しいただいた件について、改めて御意向を伺ってもよろしいでしょうか」

「ええ」


 以前は、学院内で扱うようお願いした。

 ジャスパー様たちはまだ学生で、母の祖国にある学院で起きた不始末だった。両国の間へ持ち出すほどではないと考えたからだ。

 けれど、その配慮は、同じことを繰り返すために差し上げた猶予ではない。


「先日のお願いを撤回いたします」


 ジャスパー様がこちらを向いた。


「今回の件を、アルヴェイン王宮とロルカ王国へ正式に御報告ください。学院からの記録に加え、わたくしとベリルからも報告書を提出いたします」

「殿下、お待ちください」


 包帯を巻いた手が、卓の縁へ触れる。


「私は、本当に殿下のためを思って――」

「御配慮は、一度だけです」


 学院長が報告書を入れる封筒を取り出した。


「承知いたしました。事故そのものと、警備経路への侵入を分けて記録し、本日中に王宮へ届けます。ロルカ側への送付についても、殿下の御担当者と確認いたします」

「お願いいたします」

「正式な抗議については、いかがなさいますか」

「報告を受けた父と、こちらの王家の御判断を伺ってから決めます」


 わたくし一人で、今この場で決めることではない。

 学院長は封筒の表へ宛先を書き、警備責任者へ渡した。警備責任者が見取図と報告書を重ね、封筒へ収めていく。

 最後に入れられたのは、避難経路へ引かれた一本の鉛筆の線だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。