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あなたの婚約者、何とかなりません?」と隣国の王女殿下に苦情を言われました。  作者: さんけい


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第二十話 どちらが分かりやすいですか ―コロンダム―

 合同祭用の説明札は、書き直すたびに文字が増えた。


 ――傾斜軌道における二車交走式運搬装置。


 題名だけで一行を使っている。

 その下に、滑車、索条、制動機、乗降台と書き足したところで、大学の助手が私の肩越しに紙を見た。


「これは、誰に読ませるものだ?」

「合同祭へ来た方ですが……」

「……鉱山技師の集まりだったか?」

「……学院と大学の合同祭です」

「なら、学院の生徒にも分かるように書け」


 助手は机の上に散らばっていた木片を、空箱へ入れ始めた。

 人を乗せる車の模型を作るため、昨日切ったものだ。寸法の違う座席が三つ、乗降口も二種類ある。車体の外へつける制動具は、まだ針金で仮留めしただけだった。


「図を見れば分かるかと」

「……お前は図の横へ、図と同じことを難しい言葉で書いているんだよ」

「必要な名称です」

「そりゃ、名称を知っている者は、説明札を読まなくても分かるだろうが」


 ……言われてみれば、そのとおりかもしれない。

 だが、どの言葉を残し、どれを易しくすればよいのか、自分で書いていると分からなくなる。

 鉱山で使う者にとっては、索条も制動機も特別な言葉ではない。私自身、幼い頃から父の持ち帰った図面で見てきた。

 助手も同じである。難しいと言いながら、説明札に使える言葉までは教えてくれない。


「本当に初めて見る者へ、読んでもらえばよいのでは?」

「そのつもりです」

「誰か来るのか?」

「約束をしております」


 三枚の図を大きさ順に並べる。

 一枚目は、鉱石を運ぶ車の後ろへ座席をつけたもの。

 二枚目は、人を乗せる専用の車。

 三枚目は、雨や雪を避ける屋根と、荷物を置く場所まで加えたものだ。

 合同祭の展示へ使える図は一枚である。全部を並べれば、またラピス殿下から説明が長いと言われる。

 ……結局、どれを選ぶか決めきれず、中央学院の大実習室まで持ってきた。


 机の端へ図を広げ終えた頃、廊下に授業終了の鐘が響いた。

 しばらくすると、生徒たちの話し声や靴音が近づいてくる。合同祭の準備へ向かう者と、寄宿舎へ戻る者が、中央校舎の階段で分かれているらしい。

 実習室の扉が開いた。


「失礼いたします」


 アザフォード嬢が、大学から貸し出した本を三冊抱えて立っていた。

 いつも一緒にいるフレグラント嬢や、ラピス殿下の姿はない。代わりに女子部の教師が廊下で待っている。こちらへ会釈をしたあと、向かいの展示室へ進んだ。


「お一人ですか?」

「先生が、寄宿舎へ戻る前にこちらへ寄ることを許可してくださいました。本をお返ししなくてはなりませんので」


 アザフォード嬢は机まで来ると、三冊を重ねて置いた。

 一番上の本が少し斜めになっている。彼女は直そうとして表紙へ手を伸ばしたが、指先で角へ触れたまま止まった。

 ……何だか、おかしい。


「そちらへお掛けください」

「先に、借りた本を――」

「返却は私が受け取ります。まだ時間はありますから」


 作業机の前にあった椅子を引く。

 アザフォード嬢は礼を言って腰を下ろし、鞄を膝へ置いた。留め具を外しかけて、また閉じる。


「お疲れですか?」

「少し、いろいろありまして……」

「では、図を見ていただくのは別の日にしましょうか」

「いいえ!」


 返事と同時に、アザフォード嬢の手が机の上の三枚へ伸びた。


「こちらを見せていただくために来たのです。人を乗せる車のお話をしてくださると、約束なさいましたでしょう?」

「覚えておられたのですね」

「楽しみにしておりました」


 声が弾む。

 一枚目の図を取り、車体の後ろについた小さな座席を見ると、先ほどまで途切れ途切れだった返事が、図を前にすると元へ戻ってきた。


「こちらは、鉱石と人が同じ車へ乗るのですか?」

「人は後ろです。荷台とは仕切ります」

「石が崩れた場合は?」

「仕切りだけでは危ないですね。実際には、鉱石を載せる車と人を乗せる車を分けた方がよいでしょう」

「では、こちらの二枚目ですね」


 アザフォード嬢は一枚目を左へ寄せた。

 三枚目には屋根があるが、その分、車体が大きい。これを実際の坑道の中で使うには、高さと幅を確保しなくてはならない。


「雨や雪が入る場所なら、屋根がある方がよいのでは?」

「ええ。ただし、これは地上の傾斜地向けです。坑道内なら二枚目の方が使いやすい」

「合同祭では、どちらの使い方を御説明なさるのですか?」

「両方です」

「でも、図は一枚だけなのでしょう?」


 すぐに困るところを見つけられた。私は三枚目を持ち上げ、裏へ鉛筆で地上用と書く。


「では、図を二枚に増やしましょう」

「ですが、ラピス殿下から、御説明を短くするよう言われていません?」

「展示時間の中へ収めます」

「殿下は、次に見る音楽資料の展示を一つ減らしていらしたわ」

「それなら少しくらい長くなっても大丈夫ですね」

「そういう意味ではありません」


 アザフォード嬢が、図の陰で小さく笑った。

 鞄の上に重ねていた両手も、今は机へ出ている。二枚目と三枚目を並べ、車の高さや座席の位置を見比べていた。


「今日はお疲れのところを、申し訳ありません」

「……このお話をしている方が楽です」


 鉛筆を持っていた手を止める。


「楽、ですか?」

「ここでは、何を考えればよいのか分かりますから。乗る場所はどこか、どうやって止めるのか、故障したらどうするのか。考えたことを、そのままお尋ねできます」


 なるほど。何か思うことがあるらしい。

 アザフォード嬢の指は、図に描いた乗降口をたどる。


「それで、こちらは動いている途中でも開くのですか?」

「開きません。留め金を車外から外す形です」

「では、乗っている人が勝手に降りることはできない?」

「傾斜の途中で降りられては危険ですから」


 私は別の紙を引き寄せ、乗降台の図を描いた。

 坂の上と下に平らな場所を作り、車が着いたときだけ扉を開ける。車輪の下には留め具を入れ、動き出さないようにする。


「乗り降りしている間、反対側の車はどうなります?」

「同じように止まります。二台は一本の綱でつながっていますから」

「片方だけ動かすことはできないのですね」

「綱を外せば別ですが、普段は同時です」


 模型の車を二台、斜面の上下へ置く。

 上の車へ小石を載せ、留め具を外すと、重い車が下がり、その力で下にあった空車が上がってきた。

 アザフォード嬢は、上へ着いた空車を押さえた。


「人が乗った場合、重さは毎回違いますよね?」

「ええ。人数や荷物によって変わります」

「下りる車の方が軽かったら、上りません」

「その場合は、巻き上げ機を使います。重さが近いときも、急に動かないよう速度を調整します」

「綱が切れたら?」


 机の端へ置いていた小さな金具を取り、車体の下へ差し込んだ。


「この爪が開き、軌道の溝へ引っかかります」

「本当に止まります?」

「模型では、まだ試していません」

「まだ?」

「昨日、部品ができたところです」


 アザフォード嬢が模型から手を引いた。


「先に試してください」

「もちろんです」

「人を乗せる前に、石を積んで」

「それも考えています」

「実際に人を乗せるつもりなのですか?」

「大学の敷地に短い軌道を作れれば」

「ルドック様が、最初に乗るのでしょう?」

「作った者が試すべきですから」

「止まることを確かめてからにしてくださいね」


 助手が少し離れた机で咳払いをした。聞こえていたらしい。


「アザフォード嬢、その点は、私たちもよく言い聞かせますよ」

「お願いいたします」

「私も最初から、何も確かめずに乗るつもりはありませんよ」

「前回、揚水模型から水が漏れたと伺っていますから……」

「あれは管が外れただけです」

「だから、外れないか確かめてくださいと申し上げているのです」


 助手がとうとう笑い出した。アザフォード嬢も口元へ手を当てている。

 先ほど椅子へ座ったときより、頬の色が戻っていた。


「それで、展示札も御覧いただけますか?」

「はい。初めて読む者として、ですね?」

「初めて読む方にも分かるか、確かめていただきたいのです」


 書きかけの札を、模型の前へ置いた。彼女は題名を読み、次の行へ目を移す。


「二車交走式、とは?」

「二台の車が、斜面を行き来する仕組みです」

「その説明は、どこに書いてあります?」

「三行目です」

「先に書いた方がよいと思います」


 説明札を回し、こちらへ向けた。


「ここは、『下りる車の重さで、上りの車を引き上げます』と、最初に書いた方が分かりやすいです。そのあとで、二台が綱でつながっていることを説明しては?」

「題名はどうします?」

「『斜面で人や鉱石を運ぶ車』ではいけません?」

「……ずいぶん簡単になりましたね」

「何をする車かは分かるでしょう?」


 私は新しい紙を取り、彼女が言った題名を書く。

 その下へ、下りる車の重さで、上りの車を引き上げる、と続けた。


「今、直すのですか?」

「直すために、読んでいただきました」

「でも、大学の展示ですよ。私が決めてよろしいの?」

「説明する側が分かる文章ではなく、初めて見る方に分かる文章が必要です。あなたは、どこで分からなくなったかを教えてくださった。こういう時、我々は案外弱いんですよ」


 書き直した紙を模型の横へ立てる。

 最初の札より文字が少なく、図を置く場所も広く取れた。


「こちらの方が、図も大きくできますね」

「ええ。乗降台と、止める装置も描き加えられます」

「故障した場合も?」

「それは別の札にします」

「あら、また増えました」

「必要なものですよ」


 以前、ラピス殿下へ答えたのと同じ言葉が出た。

 アザフォード嬢はそれを知っているらしく、今度は隠さずに笑う。よかった。声が明るくなった。

 廊下から、寄宿舎へ戻る時刻を知らせる鐘が鳴った。

 向かいの展示室にいた教師が戻り、開いた扉から中を覗く。


「アザフォードさん、そろそろ戻りますよ」

「はい、先生」


 彼女は三枚の図を重ね、机へ置いた。持ってきた鞄を開きかけ、返却した本へ目を向ける。


「こちらの、坑道の排水について書かれた本だけ、もう一度お借りできますか?」

「お返しになったばかりですよ」

「まだ途中なのです」


 助手が貸出簿を取り出した。アザフォード嬢は日付と名前を書き、一冊を鞄へ入れる。


「合同祭の日には、完成した止める装置を見せていただけます?」

「それまでに、石を載せて試しておきます」

「では、最初にそこを見ますね」


 教師とともに廊下へ出たあと、アザフォード嬢は扉の前から、もう一度模型へ顔を向けた。


「説明札も、楽しみにしておりますから」

「当日も、分からないところがあれば教えてください」

「はい」


 扉が閉まり、廊下の足音が女子寄宿舎の方へ遠ざかる。

 私は新しい説明札を模型の前へ戻し、空いた右側へ、乗降台と制動具の図を描き始めた。


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