第十九話 次は学院内では済みません ―ラピス―
寮母室には、夕食前の連絡を持ってきた下級生が二人いた。
わたくしたちが廊下で待っていると、やがて籠を抱えて出てくる。中には明日の洗濯物につける番号札が入っていた。
「お待たせしました。どうしました?」
寮母は机の上にあった献立の確認表を裏返し、椅子を勧めた。
全員が座る場所はないので、シトリン様とアメージュ様だけが正面へ座る。わたくしとベリルは、壁際の長椅子を使った。
シトリン様は中央回廊での出来事を、もう一度最初から話した。
途中でアメージュ様が何度か言葉を足しかけたが、寮母から後で尋ねると言われ、口を閉じる。
話し終えるころには、机の上の紙が一枚、細かな字で埋まっていた。
「入口にいた当番教師からも、先ほど報告を受けています」
寮母はペンを置いた。
「マーチモンド令息たちが回廊におり、ペリド令息が間へ入っていたことは確認されています。フレグラント嬢が、教師を呼ぶとおっしゃったのも聞こえたそうです」
「では、先生は全部を?」
「声の届かなかった部分もあります。そのため、お二人から話を聞く必要があります」
今度はアメージュ様が、ジャスパー様の言葉や動きを補った。
寮母は別の紙へ書き留め、最後に二枚を重ねる。
「アザフォード嬢。今後、マーチモンド令息と話すことを望みますか?」
「望みません」
「学院の用事などで、どうしても連絡が必要な場合は?」
「先生を通していただきたいです」
「分かりました」
返事は簡単だった。
寮母は紙の一番下へ、その二つを書き加える。
「男子部へ、今夜のうちに連絡します。明日の朝、改めて学年主任からお話があるでしょう」
「ありがとうございます」
シトリン様が頭を下げた。
寮母は次に、わたくしとベリルを見る。
「ラピス殿下からも、何かございますか?」
「合同祭当日の役割について確認したいことがございます」
長椅子から立ち、机の前へ移る。
「マーチモンド様たち四人は、教師の監督下で備品を運ぶと伺いました」
「その予定です」
「今回の件を受けても、変わりません?」
「学院長と男子部で、明日検討します。少なくとも、マーチモンド令息がアザフォード嬢へ直接近づくことは認めません」
「わたくしの近くへ来ることも、引き続き認められませんね?」
「もちろんです。先日の命令は、現在も有効です」
寮母は先ほどの紙を封筒へ入れた。
封をする前に日付を確かめ、表へ男子部四年学年主任の名を書く。
「では、お願いいたします」
廊下から夕食の鐘が鳴り始めた。
寮母は呼び鈴を使い、入ってきた女性事務員へ封筒を渡す。
「男子部へ。今夜中に必ず、学年主任へ届けてください」
「かしこまりました」
封筒が部屋から運び出された。
*
翌朝、わたくしたち四人は授業前に女子部の応接室へ呼ばれた。
そこには学院長、女子部四年の学年主任、昨日話を聞いた寮母がいた。
机の上には、シトリン様たちの報告書と、男子部から届いた紙が並べられている。
ペリド様とルビアス様からの聞き取りは、朝食前に済ませたらしい。ディアモン様とジャスパー様の話も、別々に記録されている。
「事実関係は、ほぼ一致しています」
学院長が一枚目を持ち上げた。
「マーチモンドは、アザフォード嬢と話すために呼び止めたこと、話が終わっていないと考えて進路へ出たことを認めています」
「わたくしは、終わったと申し上げました」
シトリン様が答える。
「承知しています。ペリドとフレグラント嬢からも、同じ言葉を聞いています」
学院長は次の紙へ目を移した。
「ただしマーチモンドは、アザフォード嬢が御友人や周囲の生徒を気にして、十分に話せなかったと考えたそうです」
「あー…… また、それですか……」
アメージュ様は露骨に顔をしかめ、椅子の背へ体を預けた。
「男子部の教師からも、本人へ指摘しています。アザフォード嬢が何を考えているかを、勝手に決めてはならないと」
「聞きました?」
「聞いたそうです。そのうえで、誤解が残っていると困る、と答えました」
少しも聞いていない。
シトリン様は卓の上の紙を見たまま、鞄の留め具へ指を置いている。今日は大学の本を持っていないので、腕の袖も元へ戻っていた。
「学院から、マーチモンドへ新たに命じました」
学院長が一枚の文書を、シトリン様の前へ置く。
「今後、アザフォード嬢へ直接話しかけないこと。呼び止めないこと。進路を塞がないこと。学院生活上、連絡が必要な場合は、必ず担当教師を通すこと」
「合同祭でも、ですか?」
「合同祭を含みます。さらに当日は、指定された担当区域を離れないよう、もう一度命じます」
文書の下には、ジャスパー様の署名があった。
先日の命令に続き、これで二枚目である。
「ディアモンとルビアスにも、マーチモンドの連絡を取り次いだり、アザフォード嬢の行動を知らせたりしないよう伝えています。ペリドについては、昨日、マーチモンドを止めたことを確認しました」
「ペリド様は、処分を受けますか?」
シトリン様が尋ねる。
「昨日の件では受けません。むしろ、教師を呼ぶまで両者を離したことについて、男子部から注意ではなく礼を伝えています」
「よかった」
アメージュ様が、今朝初めて椅子へ深く座った。
学院長は文書を戻し、今度はわたくしを見る。
「ラピス殿下。合同祭については、警備の人数と経路を改めて確認いたします。アマンド護衛官にも、本日中に詳細をお渡しします」
「お願いいたします」
「マーチモンドたちは、ラピス殿下の移動経路から離れた区域を担当させます。教師の監督も外しません」
「それで同じことは起きません?」
「起こさせません」
学院長の返事には迷いがなかった。
けれど、先日の一斉集会でも教師はいた。ジャスパー様は学院長の注意を聞いた直後に、自分たちは例外だと考えて女子側へ来た。
「学院長先生」
卓の上にある一枚目の報告書を見る。
あの日、わたくしが申し上げた言葉も、そこに書かれているはずだ。
――現時点では、学院内の問題としてお取り扱いください。
「先日の件を、ロルカ王国へ正式に報告なさらないようお願いしたのは、わたくしです」
「承知しております」
「母の祖国で、まだ学院にいる方々の不始末でした。両国の問題にまで大きくする必要はないと考えました」
学院長が両手を机の上で組む。
「その御配慮には、学院としても、アルヴェイン王国としても感謝しております」
「ですが、同じ配慮を何度もすることはできません」
ジャスパー様は、すでに命令を受けた。
父君からも注意され、婚約を解消され、昨日またシトリン様を呼び止めた。
そして今、二枚目の文書へ署名している。
「合同祭で、マーチモンド様がもう一度、わたくしの護衛や誘導を名乗って動いた場合は、ロルカ側へ報告いたします」
学院長の組んでいた手が解けた。
「学生同士の話だけではなくなります。それでもよろしいですね?」
「はい」
「わたくしから正式抗議を求めるかどうかは、その後に考えます。けれど、学院内だけで済ませるようお願いするのは、先日までです」
学院長はジャスパー様の署名が入った文書を取り、ほかの記録とは分けて右側へ置いた。
その上へ合同祭当日の役割表を重ね、男子部へ返すための封筒を引き寄せる。
「承知いたしました」
封筒の表へ、今日の日付が書き込まれた。




