↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの婚約者、何とかなりません?」と隣国の王女殿下に苦情を言われました。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/43

第十六話 あなたとは踊りません ―シトリン―

 合同ダンス練習の日、中央校舎の舞踏室前には、男女それぞれの組み合わせが貼り出されていた。

 女子部四年一組の欄から、自分の名前を探す。


『シトリン・アザフォード――オーパス・フレッグ』


 ジャスパーの名前ではなかったのでほっとする。

 次にオーパスの名前を確かめる。男子部四年一組。

 地方の男爵家出身で、成績によって一組へ入った生徒だと聞いている。ジャスパーたちがラピス殿下へつきまとっていることを、男子側で何度も止めようとしていた人だとも。


「お家からの連絡、きちんと届いていたのね」


 隣から名簿を見たアメージュが言った。


「ええ」

「よかった」

「アメージュは?」

「二組の方。名前は知っているけど、話したことはないわ」


 アメージュの相手は、家格も成績も特に問題のない子爵家の次男だった。背丈も大きく違わないので、教師が練習相手として選んだのだろう。

 ラピス殿下とベリル様は、二人で組むことになっている。

 王女殿下の練習相手を男子生徒から選べば、それだけで余計な噂が立つ。正式な護衛であり、自分も学院の課程を履修しているベリル様なら、教師側も安心できるらしい。


「マーチモンド令息のお名前は?」


 ベリル様が男子側の名簿へ目を向けた。

 少し下へ移動すると、ジャスパーの名前があった。相手は女子部二組の生徒である。

 彼女とは授業が違うので、ほとんど話したことがない。家格も婚約の有無も知らなかった。

 自分が組まずに済んだからといって、別の女子生徒がジャスパーと踊ることを喜ぶ気にはなれない。

 ただ、教師が見ている練習中なら、護衛の話を始めることもないだろう。


「シトリン」


 アメージュが私の袖へ触れた。


「嫌なら、まだ先生へ言えるわよ」

「私の相手はオーパス様よ」

「そうではなくて。ジャスパー様と同じ部屋にいること」


 舞踏室の扉は、まだ開いていない。

 男子生徒は東側、女子生徒は西側の廊下で待つよう決められているため、今ここにジャスパーはいなかった。

 それでも扉が開けば、同じ部屋へ入る。

 視界に入ることまで避けたいのか、自分へ尋ねた。


「大丈夫」


 会いたくはない。

 けれど、ジャスパーがいるからという理由で、私が合同授業へ出られなくなるのは嫌だった。


「話しかけられた場合は、皆さんのいるところで答えます」

「わたくしもそばにおります」


 ラピス殿下が言った。


「ですが、殿下が間へ入る必要はございません」


 ベリル様は舞踏室の扉と、男子側の廊下を順に確かめている。


「まず、シトリン様御本人のお考えを伝えていただきます。マーチモンド令息が聞かない場合は、教師を呼びます」

「お願いします」


 廊下の先から教師が来た。

 舞踏室の鍵が開けられ、女子生徒から先に中へ入る。

 磨かれた床には、窓から差し込む午後の光が長く伸びていた。壁際に椅子が並び、奥の小さな壇にはピアノがある。

 女子生徒は名簿の組み合わせに従って立ち、男子生徒が入ってくるのを待った。

 私は、オーパスの名前が置かれた位置へ向かう。

 男子部の扉が開いた。

 濃い色の制服を着た男子生徒が一列に入り、それぞれ自分の相手を探して散っていく。

 ジャスパーもいた。

 こちらを見たことには気づいたが、顔を向けず、オーパスを待つ。

 少し遅れて、細身の男子生徒が目の前まで来た。


「アザフォード嬢」

「オーパス様。本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」


 オーパスは礼をしたあと、周囲を確かめた。


「僕でよかったんですか?」

「先生がお決めになったのでしょう?」

「そうですけど。マーチモンドと組む予定だったのでは」

「実家から学院へ、組み合わせを変えていただくようお願いしました」

「そうだったんですね」


 それ以上は尋ねず、オーパスは教師の説明へ顔を向けた。

 今日の練習は、合同祭の夕方に行う上級生のダンスへ向けたものである。

 最初は基本の足運びと礼。

 次に、決められた相手と組み、音楽に合わせて舞踏室を一周する。

 最後は相手を替え、初めて組む者とも動けるかを確かめる。


「まずは、距離を取りなさい」


 教師の声で、向かい合っていた生徒が一歩ずつ下がる。


「男性側から礼。女性側が返したあと、手を取ります」


 オーパスが右手を胸元へ置き、頭を下げた。

 私もスカートの両端へ指を添え、膝を曲げる。

 顔を上げると、オーパスの手が差し出されていた。

 その手へ、自分の手を重ねる。


「手が冷たくて、すみません」

「私も同じです」


 オーパスは強く握らず、指が離れない程度に支えた。

 もう片方の手が、私の背へ添えられる。

 寄宿舎の談話室で、アメージュやベリル様と練習したときと同じだった。

 近い位置に人がいる。手を取られ、背へ触れられている。

 それでも嫌ではない。


「動きます」


 オーパスが小さな声で知らせる。


「はい」


 ピアノの音はまだない。

 教師の数える声に合わせ、一歩ずつ進む。

 オーパスは上手な方ではなかったが、私が動く前に引いたり、急に向きを変えたりしない。回転する場所では少し早めに手へ力を加え、次にどちらへ進むかを教えてくれた。


「お上手ですね」

「普通です。アザフォード嬢の方が、合わせてくださっているので」

「昨日、練習したんです」

「女子部で?」

「寄宿舎の談話室で。ベリル様に教えていただきました」


 オーパスが、少し離れた場所でラピス殿下と組んでいるベリル様を見る。


「あの方は、ダンスもできるんですね」

「私たちよりお上手でした」

「マーチモンドたちは、どうしてあの人で足りないと思ったんだろう」


 口から出たあとで、オーパスは慌てたように私を見た。


「すみません」

「いいえ。私も分かりません」


 教師の手が上がり、全員が止まる。

 次はピアノに合わせた練習だった。壇上へ座った教師が、ゆっくりした曲を弾き始める。


「一、二、三」


 オーパスの声に合わせて足を出す。

 談話室より広く、ほかの組も同じ方向へ動いているので、前だけでなく周囲も見なくてはならない。

 最初の角を曲がったところで、別の組が少し詰まった。

 オーパスは進まず、その場で一度拍子を取る。前が空いてから、次の歩へ移った。

 無理に押し進めるより、その方が踊りやすかった。

 一周を終え、最初の位置へ戻る。


「ありがとうございました」

「こちらこそ」


 手を離して礼をする。

 数組がまだ戻っていないため、教師は少し休憩を取るよう告げた。

 アメージュが、すぐこちらへ来た。


「どうだった?」

「足は踏まれなかったわ」

「そこ?」

「アメージュと踊ったときより、うまくできたと思う」

「相手が違うからでしょう」


 昨日、私が言った言葉をそのまま返された。

 ラピス殿下とベリル様も近づいてくる。


「オーパス様は、きちんと距離を取ってくださいましたね」


 ラピス殿下が言った。


「殿下、見ておられたのですか?」

「近くを通りましたから。ベリルとも、無理に進まず止まれる方はよいと話していたところです」

「人の流れを見ることがおできになるのでしょう」


 ベリル様は舞踏室全体へ目を向けた。


「先日の一斉集会でも、周囲の状況をよく見ておられました」


 そのオーパスは、壁際で水を飲んでいる。

 そばに男子生徒が一人いるだけで、ジャスパーたちとは離れていた。


「シトリン!」


 名前を呼ばれ、反対側を見る。ジャスパーがこちらへ歩いてきていた。

 組んでいた女子生徒は、自分の友人たちのところへ戻っている。教師はまだ壇上で次の曲の楽譜を選び、男子部の担当教師は扉の近くにいた。

 話すなら、今だと考えたのかもしれない。

 ジャスパーは、私たち四人の前で足を止めた。


「少し、話をしたい」

「ここでなら」

「できれば、二人で話したい」

「お断りします」


 ジャスパーの眉が動いた。


「シトリン。私たちは婚約について話さなくてはならない」

「そのことでしたら、ここで話せます」


 ラピス殿下とアメージュは動かない。

 ベリル様は私のすぐ隣ではなく、一歩後ろへ立っている。

 まず私に話させると、昨日言っていたとおりだった。


「父上から、アザフォード侯爵家の申し入れについて聞いた」

「はい。私が両親へお願いしました」

「君が一時の感情で決めたとは思いたくない」


 最初から、同じ話だった。

 私は自分で決めた。

 けれどジャスパーは、私が本当にそう思っているとは《《受け取らない》》。


「一時の感情ではありません」

「今回の件で、君が私へ失望していることは分かっている。だが私は、学院からの命令にも署名した。今後は勝手に殿下へ付き添わない」

「学院から命じられたからでしょう?」

「理由が何であっても、君が望んだ結果にはなる」


 違う。

 私が望んでいるのは、学院に止められたから近づかなくなることではない。

 ラピス殿下が嫌だと言ったとき、その言葉を聞く人であってほしかった。


「私は、婚約を続けるつもりはありません」

「長年の婚約を、()()()()()()()で終わらせるのか?」

「一度ではありません。ラピス殿下は()()()お断りになりました。私も、あなたへやめてほしいと話しました」

「だから、今後は控えると言っている」

「今も、私が婚約を解消したいと言っているのに、行き違いにしています」


 ジャスパーの口が閉じた。

 周囲では、休憩を終える生徒が少しずつ元の場所へ戻り始めている。

 私たちの近くにいた女子生徒は、急いで離れず、その場で次の指示を待っていた。聞くつもりがなくても、会話は届いているだろう。


「シトリン。君は今、私の何が嫌なんだ?」

「私が嫌だと言っても、あなたが別の理由をつけるところです」

「私は、君の気持ちを否定していない」

「では、婚約を解消したいという言葉を、そのまま受け取ってください」

「それは、落ち着いて話し合ってからでも遅くない」


 また、私が落ち着いていないことになった。

 声を荒らげてもいないし、泣いてもいないというのに。

 週末に実家へ戻り、私は父と母と姉へ話した。家族から何度も意思を確かめられ、それでも解消したいと答えた。

 それらを知らないまま、ジャスパーは私を一時の感情で動いている()()()()()


「話し合いません」

「なぜ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()


 ジャスパーの目が、少し大きくなった。

 以前の私なら、こんな言い方はしなかった。

 彼が話し始めれば最後まで聞き、分からないところを尋ねた。自分とは違う考えでも、まず意味を知ろうとした。

 それをジャスパーは、いつでも最後には理解する婚約者だと思っていたのだろう。


「あなたに会いたくありません。手を取られるのも、近くへ立たれるのも嫌です」

「君は、私を恐れているのか?」

「嫌なのです」

「それほど、私が殿下へ付き添ったことが――」

「これ以上、私の気持ちをあなたの言葉で言い直さないでください!」


 ジャスパーが一歩、こちらへ近づいた。同じ分だけ後ろへ下がる。

 背後でベリル様の靴が動いたが、まだ私の前へは出てこない。


「近づかないで!」


 今度はジャスパーも足を止めた。


「シトリン」

「私は、あなたとは踊りません。今日だけではありません。合同祭でも、その後もです」

「婚約は、まだ正式に解消されていない」

「私の家から申し入れをしました。あなたのお父様も、拒まないとおっしゃったのでしょう?」


 ジャスパーの返事が遅れた。父親から、そこまで聞いているらしい。


「なら、もう婚約者として接する必要はありません」


 男子部の教師がこちらへ来た。


「マーチモンド! 休憩は終わりだ。自分の位置へ戻りなさい」

「先生。今、シトリンと大切な話を――」

「アザフォード嬢は、話を終えたと言っている」


 教師はジャスパーと私の間へ立つのではなく、男子側の位置を手で示した。


「戻りなさい」


 ジャスパーは、ラピス殿下とベリル様を一度見た。

 次に私へ目を戻す。


「時間を置いて、もう一度――」

「必要ありません」


 返事をすると、教師がジャスパーを連れていった。

 舞踏室の中央では、組み替えた相手を確認する声が飛び交っている。次は同じ組の中で相手を替え、もう一度踊るらしい。


「シトリン」


 アメージュが私の手へ触れた。


「大丈夫?」

「ええ」


 話している間は気づかなかったが、喉が渇いていた。壁際の卓から水を一杯取り、半分ほど飲む。

 ジャスパーは男子側の列へ戻っている。教師がそばにおり、こちらへ来る様子はない。


「お疲れさまでした」


 ベリル様が言った。


「私の言葉は、きちんと伝わったでしょうか」

「言葉は、十分に明確でした」

「……問題は、受け取る方よね」


 ラピス殿下が男子側を見た。


「ですが、今度は教師も聞いていました。シトリン様が何とおっしゃったか、後から別の話にはできません」


 ピアノの前で教師が手を上げる。休憩の終了を知らせる合図だった。

 私は空になったグラスを卓へ戻した。


「行ってくるわ」

「次は誰?」


 アメージュに尋ねられ、組み替えの名簿を見る。

 もう一度、オーパスの名前があった。

 今日は基本の動きを覚えるため、最初の相手と二度組む生徒もいるらしい。

 オーパスは先ほどの位置で待っていた。


「アザフォード嬢」

「お待たせしました」

「大丈夫ですか?」

「はい。続きをお願いいたします」


 オーパスが手を差し出す。

 私はその手を取り、曲の始まりを待った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。