第十四話 続きを覚えていた人 ―コロンダム―
「ルドック。そちらの車輪が、また外れているぞ」
大学の助手に言われ、私は机の下へ手を伸ばした。
合同祭で使う運搬車の模型は、昨日から同じところで止まっている。
細い軌道へ載せると、右側の車輪だけが外へずれ、三度回す前に脱線する。軌道の幅を測り直しても、左右の間隔に問題はなかった。
「車軸が曲がっているのでは?」
「昨日もそう言って、新しいものへ替えただろう」
「では、車輪の方です」
「それも二つ替えた」
模型を裏返し、窓から入る光へ向ける。
車軸を支える木枠が、わずかに斜めになっていた。車輪ではなく、車体の組み方が悪いらしい。
「ここですね」
留め具を外すと、助手が机の向こうから覗き込んだ。
「最初から組み直しか?」
「この部分だけで済みます」
「学院へ運ぶ時間に間に合うのか」
「間に合わせます」
大学の作業室には、鉱石の標本箱と地図、それから模型の部品が積まれている。
大きなものは、すでに中央学院へ運び込んだ。今日は残っている運搬車と説明用の図、それにロルカから届いた新しい鉱石を持っていく予定だった。
私は留め具を一つずつ外し、木枠を机へ並べた。
「侯爵家の御令息が、朝から模型を分解しているとはな」
助手が笑う。
「御令息と申しましても、四男ですから」
「四男なら、床へ這いつくばってもよいのか?」
「跡を継ぐ長兄がやるよりは、家族も安心するでしょう」
次兄は父を手伝って王都と領地を往復し、すぐ上の兄は軍務へ進んだ。
四男の私は、兄たちの仕事へ口を出しても役に立たない。鉱山と大学で過ごす方が、家のためにもなる。
父からは、好きなだけ学んでこいと言われた。
兄たちからは、気楽な四男坊で羨ましいと言われている。
その代わり、研究費を家へ頼むたびに、何に使うのかを長い手紙で説明しなくてはならない。今回の模型についても、長兄から届いた返事の末尾に、『帰国するころには、我が家の庭へ鉱山ができているのではないか』と書かれていた。けど、庭では地層が足りないと思う。
木枠の位置を直し、改めて車軸を取りつける。指で車輪を回すと、今度は両側が同じ速さで動いた。
「できました」
「先ほどのように、すぐ決めるな。軌道へ載せてみろ」
「はい」
助手は、私より模型の扱いが慎重である。
軌道へ載せ、空のまま端まで走らせる。次は小さな石を積み、戻す。三度目には木片を増やした。
車輪は外れなかった。
「これなら大丈夫でしょう」
「学院へ着いたら、もう一度確認しろ」
「分かっています」
「前回は、水を漏らしたそうだな」
「管が外れただけです」
「それを漏らしたと言うんだ」
返す言葉はなかった。
*
中央学院の大実習室へ着いたのは、午後の授業が始まって間もない時刻だった。
廊下を歩く生徒はほとんどおらず、教室から教師の声だけが聞こえてくる。
大学から持ってきた箱を開き、標本を種類ごとに並べた。
運搬車の模型も、机の上へ軌道ごと置く。大学で何度も試したが、助手に言われたとおり、もう一度走らせた。
問題はない。
昨日水が漏れた揚水模型の管も確かめる。こちらは乾いており、床へ落ちている水もなかった。
「今日はまだ何も壊していないのね」
扉の方から声がした。ラピス殿下が、教室の入口に立っている。
「私が壊したわけではありません。管が外れたのです」
「勝手に?」
「留め方が弱かったのでしょう」
「留めたのは、どなた?」
返事をせず、殿下の後ろを見る。アマンド護衛官と、昨日来た二人の女子生徒も一緒だった。
アメージュ・フレグラント嬢は、すでに鉱石の標本箱へ目を向けている。
シトリン・アザフォード嬢の手には、小さな手帳があった。
「本日もいらしたのですね」
「ええ。昨日のお話で、気になったことがありまして」
アザフォード嬢が手帳を開く。
「雪が多く積もる土地では、鉱石をどう運ぶのですか?」
昨日、帰り際に合同祭でも続きを聞きたいと言っていた。
ただ、実際に質問を考えて戻ってくるとは思っていなかった。
「雪の深さと、道の形によります」
「車輪は使えませんよね?」
「深い雪の上では難しいですね。ただ、地面が凍れば、かえって運びやすい場所もあります」
机の上に置いた運搬車を端へ寄せ、説明用の地図を広げる。
ロルカ北部の鉱山と、そこから町へ延びる道が描かれていた。
「ここは冬になると、地面が凍ります。雪が少ない間は橇を使い、車輪のついた車より重いものを運ぶこともできます」
「雪が多くなったら?」
「道そのものが埋まるので、除雪を続けなくてはなりません。山を越える場所では、冬の間、運搬を諦めることもあります」
「では、採った鉱石はどうするのです?」
「鉱山の近くへ保管します。春に道が使えるようになってから、一度に運び出す」
アザフォード嬢は地図の鉱山と町を交互に見た。
「その間も、掘り続けるのですか?」
「貯めておく場所があれば。ただし雪だけでなく、水も凍りますから、排水用の管や機械が動かなくなることがあります」
「蒸気機関でも?」
「機関そのものは熱を持ちますが、外へ出した水が凍れば水路が塞がる。燃料も運び込まなくてはなりません」
「鉱石を運び出せない道で、燃料を運び込むのですか?」
「そこが問題です」
昨日と同じだった。
一つ説明すると、次のところへ疑問が移る。
聞いた言葉をそのまま繰り返すのではなく、前の話とつないでいる。
「冬が来る前に、燃料や食料を多めに運び込むこともあります。ですが貯蔵庫には限りがある。どれだけ必要か、前の年の記録を見ながら決めます」
「暖かい年と、寒い年もあるでしょう?」
「ええ。予定より早く雪が降れば、足りなくなります」
「そのときは?」
「掘る量を減らすか、鉱山を一時的に閉じます」
フレグラント嬢が、鉱石の標本を見ていた場所から戻ってきた。
「働いている人は、どうなるんです?」
「別の仕事へ移れる者もいますが、全員ではありません。ですから鉱山が止まる期間を短くすることは、働く人の暮らしにも関わります」
「雪が多いだけで、ずいぶん大変なのね」
「山ですから、雪崩もあります」
「まだ増えるんですか?」
フレグラント嬢がアザフォード嬢を見た。
「シトリン。聞くたびに問題が増えていない?」
「増えているかも」
「それでも聞くの?」
「知らないままより、面白いもの」
アザフォード嬢は手帳へ、いくつか短い言葉を書き込んだ。
雪――燃料――貯蔵庫――雪崩。
書き終えるまで待ち、運搬車の模型を彼女の前へ動かす。
「こちらは、昨日お見せできなかったものです」
「鉱石を運ぶ車ですね」
「坑道内や鉱山の近くでは、このような軌道を作ります。普通の荷車より道幅が狭くて済み、同じ場所を何度も往復するのに向いています」
私が模型の荷台へ、小さな石をいくつか載せると、アザフォード嬢が車体の後ろへ指をかけ、押した。
車輪は軌道から外れず、端まで進んだ。
「こちらから町へ運んだあと、帰りは空なのですか?」
「空で戻ることもあります」
「先ほどの燃料を、帰りに載せればよいのでは?」
私は地図から顔を上げた。
「ええ。実際に、そうする場所もあります」
「では、食料も?」
「載せられます。ただし鉱石を運ぶ車は汚れますから、食料をそのまま積むのは向きません。袋や箱へ入れ、荷台も掃除する必要があります」
「人は乗れます?」
「専用の車をつなぐなら。ですが傾斜の強い場所では、下りる鉱石の重さを利用して、上りの空車を引き上げる仕組みもあります。そこへ人を乗せる場合は、止める装置を――」
説明しかけて、机の下から別の模型を出す。滑車と二本の綱、それから坂道を模した板である。
「まだ完成していませんが、この形です」
「また増えたわ」
ラピス殿下が少し離れた椅子から言った。
「何がでしょう?」
「机の下から出てくる模型が」
「必要なものです」
「合同祭の日、全部を説明するおつもり?」
「聞かれれば」
殿下はアマンド護衛官を見た。
「やはり、午後だけでは終わらないのではなくて?」
「展示時間には限りがございます」
「止める人がいてよかったわ」
私は滑車の模型を机へ載せ、綱を二本の車へ結んだ。
片方へ石を載せて斜面を下ろすと、その重さでもう片方が上がってくる。
「こうして、下りる車を使います」
「ずっと下りるものがなければ、上げられませんよね?」
アザフォード嬢が、上へ着いた空車を手で止めた。
「掘った鉱石がなくなれば、その日は終わりです。ほかの動力へ切り替えるか、人や馬で引くことになります」
「では、この仕組みを作る前に、一日にどれだけ運ぶかも調べるのですね」
「そうです」
彼女の質問は、こちらが次に説明しようとしたところへ先に届いた。
「アザフォード侯爵家は、鉱山をお持ちなのですか?」
「いいえ。領地に小さな石切り場はありますが、金属を採る鉱山はありません」
「自然科学を専門に学んでおられる?」
「学院の授業だけです」
「では、なぜ鉱山のことを?」
アザフォード嬢は、坂の下へ着いた運搬車から小石を下ろした。
「面白そうにお話しになるからです」
「私が?」
「はい。ラピス殿下から、この話を始めると長い方だと聞きました」
「否定はできません」
後ろから、殿下の小さな笑い声が聞こえた。
「でも、自分がどれほど鉱山に詳しいかをお話しになるのではなく、鉱山の中で何が起きるかをお話しになるでしょう」
アザフォード嬢は、空になった運搬車を上り側の軌道へ戻した。
「私は、人が本当に面白がっているものの話を聞くのが好きなのです」
「御自身で、何か研究したいとは思いませんか?」
「今のところは」
答えに迷う様子はなかった。
「知らないものが多すぎて、一つに決められません。それより、誰かが見つけた面白いものを聞く方が、たくさん知ることができます」
「それでは、私ばかり話すことになりますね」
「聞かせていただけるなら」
アザフォード嬢はそう言って、模型から手を離した。
自分も何か大きな目標を持たなくてはならない、と付け加えることはない。
研究者を志すとも、鉱山へ行きたいとも言わなかった。
それでも昨日の話を覚え、雪の多い土地ではどうするのかと考えてきた。
「では、面白いものが見つかったら、あなたにお話しします」
「約束してくださるのですか?」
「はい。ただし、長くなります」
「それは、もう知っています」
今度はフレグラント嬢まで笑った。
廊下の先で、寄宿舎へ戻る生徒へ時刻を知らせる鐘が鳴る。
女子生徒が中央校舎に残れる時間も、もう長くはない。
「そろそろ戻りましょう」
アマンド護衛官がラピス殿下へ声をかけた。
四人は大学の者たちへ挨拶し、実習室を出ていく。
アザフォード嬢は扉をくぐる直前、机の上の模型を振り返った。
「合同祭の日には、人を乗せる車の話も聞けますか?」
「それまでに、図を用意しておきます」
「楽しみにしております」
廊下へ出た四人の足音が、女子寄宿舎へ続く渡り廊下の方へ遠ざかる。
私は運搬車の模型を片づけ、作業机へ戻った。
合同祭までに作る説明札は、まだ三枚残っている。ロルカから届いた鉱石にも、採れた場所と用途を書き添えなくてはならない。
その横へ新しい紙を置き、上部に題名を書く。
――積雪地における鉱石と人員の運搬――
下の空いたところへ、滑車式の車と、人が乗るための車を二つ並べて描き始めた。




