第十二話 万一の場合は別だ ―ジャスパーー
週明けの朝、男子寄宿舎の食堂で朝食を取っていると、寮監が私の席までやって来た。
「マーチモンド。食事が済んだら、学院長室へ行きなさい」
「学院長室へ?」
「お父上がお待ちだ」
食堂の卓にいた生徒たちが、一斉にこちらを見る。
一斉集会後の件は、すでに男子寄宿舎中へ広がっていた。
私たち四人が女子部の退出経路に立ち、教師に配置図を取り上げられたこと。ラピス殿下から何度も拒まれたこと。学院から正式に、殿下の護衛や誘導を名乗って行動しないよう命じられたこと。
どこまで正しく伝わっているかは分からない。
昨日、父のもとへも学院から報告書が届いたはずだ。保護者へ同じ文書を送ると聞いていたので、父が話を聞きに来たこと自体は不思議ではない。
「分かりました」
皿に残っていた卵を食べ、パンを牛乳で流し込む。
向かいに座っていたディアモンが、声を落とした。
「朝から大変だな」
「父なら、事情を説明すれば分かる」
「学院の報告書は、一方的な書き方だったからな」
ディアモンの家にも、同じような報告が届いている。
昨夜、男子寄宿舎へ家の者が来て、父親からの手紙を渡されたそうだ。勝手な行動を慎み、学院の指示に従えと、ずいぶん厳しく書かれていたらしい。
「俺は今日の放課後、家の使いと一緒に帰ることになった。父上が直接話を聞くそうだ」
ルビアスが、ジャムを塗ったパンを持ったまま会話へ加わった。
「僕の家からも手紙が来た。合同祭が終わるまで外出を控えろって。まだ何もしていないのに」
「もうしただろ」
ペリドが自分の皿を見たまま答えた。
彼は先日の聞き取り以来、私たちと必要以上の話をしなくなっている。
今朝も一人で食堂へ来て、たまたま空いていた席へ座っただけだった。
「女子部の通路へ立った件なら、学院から注意を受けたじゃないか」
ルビアスが言う。
「同じことで、家からも叱られる必要があるのか?」
「保護者へ報告すると書いてあった」
「だからって、放課後に連れ帰るほどかな」
ペリドはパンを半分に割った。
「家へ帰って聞いてみればいい」
「君は平気なのか?」
「平気じゃない。今週の剣術訓練と馬術訓練は、見学しろと言われた」
ペリドの父親も軍務に関わる人物である。馬術と剣術の成績がよい彼にとって、訓練から外されることは、外出を禁じられるよりつらいだろう。
「それは厳しすぎないか」
私が言うと、ペリドはようやく顔を上げた。
「父上は、命令を聞けない者へ武器と馬を扱わせられないと言っている」
「君は、命令を受けていなかった」
「学院長が集会で、勝手に警備や案内をするなと言った」
「一般の生徒へ向けた注意だ。私たちが殿下をお守りすることを、個別に禁じたわけではない」
「今は個別に禁じられている」
ペリドは食べ終えた皿の上へ、ナイフとフォークを揃えた。
「次はやめろよ、ジャスパー」
「もちろん、学院の命令には従う」
「危険が起きても?」
「そのときは、状況による」
ペリドの椅子が床を擦った。彼は食器を返却口へ運び、そのまま食堂から出ていく。
「最近、あいつ変だな」
ディアモンがその背中を見送った。
「教師に何か言われたんだろう」
「本人は違うと言っていた」
「では、オーパスの話を聞きすぎたのかもしれない」
ルビアスが肩をすくめ、残っていたパンを口へ入れる。
朝の鐘が鳴った。
私は急いで食堂を出て、男子寄宿舎から中央校舎へ向かった。
*
学院長室には、学院長と男子部四年の学年主任、それから父がいた。
父は来客用の長椅子へ座り、学院から送られた報告書を膝の上に載せている。
軍務へ向かう前に寄ったらしく、服装も普段の勤務時と同じだった。ただし、腰の銃だけは学院の門で預けている。
「父上。おはようございます」
「座れ」
挨拶を返すより先に、向かいの椅子を示された。
父の横には、ルビアスが描いた配置図の写しもある。女子部の退出経路に、私たち四人の名が書き込まれていた。
「学院長から、改めて説明を受けた」
「私からも事情をお話しします」
「そのために来た。まず私が聞くことに答えろ」
父は報告書の一枚目を開いた。
「ラピス殿下から、護衛を頼まれたのか?」
「いいえ。ですが――」
「頼まれたか、頼まれていないかを聞いている」
「頼まれておりません」
「アマンド護衛官から、助けを求められたか?」
「いいえ」
「学院から、お前たち四人へ、退出経路の警備を命じたか?」
「命じられておりません」
父の指が、配置図に描かれた四つの印を順にたどる。
「では、誰の判断でここへ立った?」
「私です。ディアモンたちへ、協力を頼みました」
「何のためだ?」
「一斉集会後は、大勢の生徒が同時に移動します。万一の事態へ備え、殿下がお通りになる経路を確認する必要があると考えました」
「実際に、何か危険はあったのか?」
「いいえ。何も起きませんでした」
「混雑は?」
「教師が生徒を順に退出させていたため、その時点では起きておりません」
「警備員はいたか?」
「はい」
「教師もいたな?」
「はい」
父は報告書から手を離した。
「何も起きていない。教師も警備員もいる。ラピス殿下には正式な護衛官が付き、御本人からも必要ないと言われている。それで、お前たちは女子部の退出経路へ勝手に人を置いたのか」
「何か起きてからでは遅いのです」
「だから、お前が動くのか?」
「気づいた者が先に動くべき場合もあります」
「それは、命令系統に加わっている者の話だ」
父の声は大きくはない。
学院長も学年主任も口を挟まず、私たちの会話を聞いている。
「軍務では、現場の判断も必要でしょう?」
「必要だ。だが、現場にいるだけの者が、勝手に指揮官のつもりで動いてよいわけではない」
「私は指揮を執ろうとしたのではありません。足りない部分を補おうと――」
「《《誰が》》、足りないと判断した?」
「私です」
「その判断に必要な情報を、お前は持っていたのか?」
言葉が止まった。
ラピス殿下に、具体的な危険があると聞いたわけではない。
ロルカ王国から、警備が足りないと相談されたこともない。学院がどのような警備計画を立てているかも知らなかった。
《《それでも》》、外国の王女殿下が大勢の生徒の中を移動する以上、注意するべきだと考えた。
「危険が起きる前に、すべての情報を得られるとは限りません」
「ならば、なぜ《《お前だけが正しい判断をできる》》?」
「何もしないよりは――」
「何もしなかったのではない。教師も警備員も護衛官も、それぞれの役割を果たしていた。そこへ、指示を受けていない学生が四人入り込んだのだ」
父は配置図を持ち上げ、学院長の机へ置いた。
「お前の祖父が、危険へ気づいた者は先に動けと言っていたそうだな」
「はい」
「祖父が、お前へ直接言ったのか?」
「幼いころに、父上やほかの方々から聞きました」
「何の話だった?」
祖父が指揮した戦いの話である。
敵軍の動きが、事前に知らされていたものと違った。伝令を待っていては間に合わないと考えた部隊長が、隣の部隊へ知らせ、退路を確保した。
その判断によって、多くの兵が助かった。
「部隊長が、敵軍の動きへ気づいた話です」
「部隊長だな」
「はい」
「指揮下の兵と、担当する区域を持つ者だ。学院の廊下へ勝手に立った学生とは違う」
父の指が、机の上を一度叩いた。
「祖父の話から、命令も担当もない者が王族の護衛へ入り込んでよいと、どうすれば考えられるのだ」
「私は、そのようなつもりで――」
「お前のつもりを聞いているのではない。何をしたかを聞いている」
先日の教師と同じ言い方だった。




