四話 貴族って怖いなぁ。
ルルくんを引き取って一ヶ月ほど。
私は彼に宛がった魔術の講師に呼ばれた。
講師は更新した面持ちで私に語り掛けた。
「ドロシー様。ルルの才能は素晴らしいです」
「そんなにですか?」
「はい。私もあれほどの魔力を秘めた子供を見たことがありません。普通はあれほどの魔力があれば体調に不調を起こし、制御できずに最悪亡くなる子供も多いですが、ルルは意図せずに制御している。つまりは膨大な魔力を持つだけでなく、それを使いこなす技量も持ち合わせているのです」
「そうなんですね……すごい」
なるほど。そのせいで酷い大人に搾取されたんだろうな。
才能があって得をするのは、きちんとした守護者のいる者だけだ。
きっと彼もそうやって周りから酷い目に遭い続けたのだろう。
「学力もありますし、このままいけば彼は伝説に名を残す魔術師になるでしょう」
そう言われ、窓の外から庭にいるルルくんの姿を見る。
攻撃魔法用の案山子に向けて、魔力で練った弓を構え、そして矢を打っている。
魔矢は的のど真ん中を貫いた。
その瞳には出会った頃には無かった輝きがある。
(これからは、大丈夫だからね……ルルくん)
そしてルルくんを彼に任せ、私は仕事に戻った。
今日はメイドを連れて港町に行く。
魔導バスという転移魔法を使った乗り合いの高速バスがあり、離れた港町でもすぐに着く。
久しぶりに市場で買い物することにしたのだ。
今日の市場はとても豊かだ。
山間部であるテレーシア領では見れないぷりぷりのホタテや、でっぷりと太った魚などの魚介類がたくさんある。
「やっぱここの市場は良いね。私の領地とは全然違うなぁ」
「どれも新鮮で脂がのってますね。気に入ったものは何でも買っておきましょう」
そんな時に波の音に交じって男女の争う声がした。
反射的にそっちを向くと、派手な赤毛の中年女性が同じ年齢である男性と睨み合っていた。
彼らの手と首は鎖で繋がり合い、脇には兵士が「また始まった」という様子で見ていた。
「アンタのせいよ! アンタがあの子を逃がすから! せっかく公爵家が私と愛しの坊やのものになるはずだったのに!」
「黙れぇ! 貴様の管理不足だろうが! せっかく前の妻から公爵家を乗っ取れたというのに!」
そう言い合い、掴み合おうとする二人を兵士たちは引き剥がした。
それから引きずるように停泊している船に連れていく。
私はその船に見覚えがある。
ブレプリのコミカライズで出てきた、貴族を島流しにするときに使う大型船だ。
「今の二人って、公爵家の罪人?」
「……そうですね」
公爵家のスキャンダルか……
この世界じゃ大体は揉み消されるだろうに、バレて捕まるとはな。
そう考え込んでいると、メイドが誰にも聞かれぬように耳元で囁いてきた。
「ドロシー様。タイラント公爵家についてご存じでしょうか?」
「っ、うん。知ってる」
ヴィルヘルム・タイラント公爵。
彼はブレプリ史上最大の敵であるラスボスである。
主人公の仲間のヒロインのうち一人を、権力に任せて拉致し、国家乗っ取りの禁術の為の人柱にしようとした。
最強の魔術師でもあり、大いなる巨悪として主人公たちの前に立ちふさがった。
実の母を殺され、実家を乗っ取った入り婿の父、そして継母に虐待を受けたという悲しい過去があるものの、あまりに犯した罪が多すぎた。
領民の洗脳、人体実験、異母弟を謀殺した後に「生き返らせてやる」と父と継母を魔術で隷属化、実際には生き返った異母弟は人造人間であり、プールに大量に泳がされている異母弟のコピーたちは多くの読者のトラウマになった。
最期は強引に禁術を発動させ、闇に飲まれて死亡した。
今わの際の台詞は「ただ愛して欲しかった」というものだった。
そのような背景と、金髪の美青年というルックスから女性人気も高いキャラだった。
私も推してる声優がヴィルヘルムの声を当ててたから見てたけど、最期のシーンはあまりに可哀そうで泣いちゃったっけな。
……ん?
待って。
さっきの二人って、どっかで見た気がしたけど……
「先程兵士が話しているのを聞いたのですが、おそらくあの二人がタイラント公爵夫婦でしょう。伯爵家からの入り婿である夫と、そんな彼の連れて来た妻が共謀して、公爵家の正当な血を引く子息を殺害しようとしたそうで……」
意味がわからない。
ヴィルヘルムの父親と継母は彼に対して、鞭で打ったり食事に虫を入れたり、そもそも与えなかったりとひどい虐待をしていたクズ夫婦だけど、いくらなんでも殺すようなことはしなかったはずだ。
いや、でも、なんだ。
男性キャラが女体化するなんてことも起きてるんだ。
そういった原作改変も起きてるのか……?
「公爵子息の遺体はまだ見つかってないそうですよ? 恐らく、魔物にでも食わせたのでしょう。日常的な虐待の証拠も見つかったので夫婦の容疑は明らかです。二人には子供もいたそうですが、慈悲深い孤児院に拾われたそうで……子供には罪はないですから、親のことは知らずに健全に生きて欲しいですね」
「ああ……そうだね……」
しかし、これ、大丈夫なのか?
物語が始まる前にラスボスが消えるなんて……
いやそもそも、生まれた頃から周りに忌み嫌われるくらいの魔力を持っていたヴィルヘルムがそんな簡単にやられるか?
もしかしたらどこかで生きてたりして?
(一番の仇である父親と継母は逮捕されたんだし、どこかで幸せに暮らしてて欲しいなぁ)




