三十二話 お互いだけに。
ルルくんと一緒に私は歩いていく。
彼が連れて行ったのは私がよく知る場所だった。
「ここ、って」
「……あなたと私が初めて出会った場所です」
それは街角の暗い路地、その裏口だった。
あの日、やせ細ったルルくんを拾った場所。
若干朧げになっているが、あの時の腕の細さや傷だらけの肌は今思い出しても胸が痛くなる。
「どうして、ルルくんはここに、私を?」
私が尋ねるとルルくんは私の前に立つ。
「あなたが……この世界の事を知っておいでなら、お聞きしたいことがあって」
そして、少し間をおく。
「ヴィルヘルムという名に聞き覚えはありませんか?」
ドクン。
その名前を聞いた時、私の胸が高鳴った。
そして全てに納得がいった。
家族からひどい扱いを受けていて逃げてきたという事も、その魔力の高さも。
血華を出せたことも、公爵家の血を引いた人間ならできるはずだ。
と、頭の整理を済ませた私は答えた。
「うん……出てきたよ。でも、そのヴィルヘルムは金髪だった、けど」
「ああ……そうだったっけ。あれは魔術で外見を変えたのです。家を出た後に捕まりたくなかったので。それに、元の髪色は好きではなくて」
少し暗い顔で、ルルくんは俯く。
そうだ。確か金髪はあのクソ野郎の父譲りだったっけ。
それなら変えたくても無理ないか。
「黒って、もしかしてお母さんの髪の色?」
「そうなんです。瞳の色も同じで……今の姿は、私がなりたかった姿なのです」
誇らしげに顔を上げて笑う。
あの最低な家で父親と継母から虐げられて、憎悪のままに生きてきた原作のヴィルヘルム。
そんな彼では決して見せなかった朗らかな笑顔だ。
あのヴィルヘルムが今はこんなにも幸せになってくれて、心が温まる。
「良かった。ヴィルヘルムくんが、幸せそうで」
「その名はいいです。今まで通りルルと呼んでください。私の母が、私のたった一人の家族がそう呼んでくれましたから。だからあなたや、今の私を知る人にはそう呼んでもらいたい」
「そっか……じゃ、よろしく。ルルくん」
私がそう言って手を握ると、ルルくんは静かに笑う。
愛おし気に。慈悲深く。
「ドロシー様の知る私は、ずいぶんひどい末路を迎えたのですね」
「……うん。すごく強くて、恐ろしくて、悲しい最期だった」
今わの際でようやく本心からの願いを口にした彼の末路を思い出す。
切なくて、今のルルくんを離したくなくて、握る手の力を強めた。
「ドロシー様のおかげです」
「え……」
気づけば、ルルくんは私の側に近づいて顔を寄せてきた。
鼻先が触れそう。
目の前にルルくんの凛々しい目が、サラサラした髪が、綺麗な肌が、目の前にある。
心臓がドクドクと高鳴っていく。
「あなたが私を拾い、愛を教えてくれた。憎しみに染まった私を救い出してくれた」
「そ、それは、私、ルルくんの事、放っておけなくて」
「その優しさこそが、あなたの美徳です。悪役に産まれてもめげる事無く人を、土地を、良い方向に導いた……運命にも立ち向かえる強さも持っている。素晴らしいお方です」
彼の手が、いつの間にか腰に伸びる。
こうして触れているとずっと太くて逞しい。
「ドロシー様のことも教えてくれませんか?」
「私?」
「はい。この世界に来る前のあなたは、どのように生きてきたんですか?」
「うーん……上手く説明できないこともあるけど、いい?」
「はい。ぜひ」
そして私は、前世での自分の話を思い出せる限り話した。
産まれた家の事、学生時代の事、職場での事も。
ルルくんは「その時の知恵を皆の為に使って下さったのですね」と褒めてくれた。
「やはりあなたは素晴らしい人です」
「うん。ありがと」
気づかぬうちに接近しながら、私たちは時が許すまで語り合った。
今まで互いが誰も言えなかった話を共有して。




