表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
349/3287

げんぜへぐい

 ここの交差点。事故があって久しいけど、今でもお供え物が絶えないな。通学路でこういうものが見られると、ショックなもんだ。

 車って、あまりに身近にあるものだから、つい便利さばかりに目がいって、危うさの面が隠されちまうことが多いよな。それがこういう悲劇的な形で表れるというのは、何とも悲しい。痛い目、辛い目を見ないと分からないって聞いても、自分がその被害者になりたいなんて思う奴が、いるだろうか。

 たとえ極端な表現や映像で、実情を知る人の笑いものになることがあってもよ。悲劇自体を知らない世代に知ってもらうためには、インパクトも必要だと思うんだ。一過性のピエロで、将来まで響く事故やアクシデントを防げるんなら、やすいものだろ? 

 だが道化役も含め、あらゆる行動は、自分で進んで行ってこそ輝く。言われてからやることっていうのは、本来期待されている成果以外のものを、呼び込んだりしてしまうこともあるらしいな。

 俺のクラスメートが体験した話。聞いてみないか?


 中学校にあがって一ヶ月。ゴールデンウィークが過ぎたあたりのこと。

その日の朝は、珍しく親が出かけていて、婆ちゃんと二人きりの朝ご飯になった。

 俺も婆ちゃんも食事の時にはテレビをつけないで、黙って食べることにしている。ご飯とみそ汁に口をつけて、アジの干物から骨を外そうと、箸を入れた時。

 ドシン、と家のすぐ外で音がして、俺は飛び上がりそうになった。婆ちゃんは特にビビった様子もなく、席を立って玄関から外へ出ていく。ほどなく、戻って来て俺を手招きしてきた。

 家の戸を出て、すぐのところに広がるアスファルト。そこに蛇が這って進んでいったかのような、水濡れのあとがついている。道路に沿ってずっとずっと向こうまで伸びているらしく、端を見通すことができない。

 これをつけた主の姿は見えず、俺たちの目の前で、みるみるうちに乾き、薄くなっていく。

「恩赦がおりる」と婆ちゃんはつぶやき、俺に向き直った。


「今日は寄り道せずに帰ってきなさい。そして、建物の外ではできる限り、ものを口に入れないように」


 雲が湧き出してきた出かけ際。傘や長靴の用意をする俺に、婆ちゃんはそう注意をしてくれたんだ。


 学校にいる間、雨は降り続けて、体育も屋内球技になってしまう。だが、放課後になると降りもいくらか小雨になり、傘を差さずに帰っていく奴もそれなりにいた。

 その日は部活もなく、さっさと家に帰ろうとしたんだが、困ったことに腹が減り始めてくる。部活がある日は、帰り道が同じ部員と、ときどきコンビニで買い食いしたり、ラーメンを食べたりしていたから、育ち盛りの胃袋なりに、独自の体内時計を作り始めているのかもしれなかった。

 けど、婆ちゃんの言いつけもあるし、早く家に戻るべきか。いやいや、ちゃんとごみを捨て、臭いがきついものを口にしなけりゃ分からないだろうか。

 ぼんやり考えながら歩いていた俺だけど、ふとクラスメートの姿が目に入って、足を止めた。


 人気のない交差点。その歩道の端に立つ、信号機を生やした電信柱の前で、一人の生徒が正座し、その周りを数人の男子が取り囲んでいる。柱の根本には花束やお菓子が備えられていた。だいぶ前に、交通事故があった場所なんだ。

 囲んでいるのは、クラスの中でも特にガタイのいい奴と、そいつと同じ学校出身と思しき仲間。入学当初からつるんでいて、近寄りがたい雰囲気を出していた。

 ガタイのいい奴は行動的。ご機嫌な時は善人そのものなんだが、ちょっとでも気に入らないことがあると、すぐに怒鳴ったり、大きい音を立てたりする癇癪持ち。気分を害した特定個人を攻撃することに、喜びを感じているようだった。

 一方の正座している奴は、数回くらいしか会話をしたことがない。座席は遠いし、無口で暗くて、何ともとっかかりがない相手だった。俺が「待ち」のスタイルなせいもあるが、中身がよく分からない。

 被害が飛び火してくるのは勘弁。だが、この道を迂回すると、だいぶ時間がかかる。「邪魔だなあ。とっとと済ませてくれないかなあ」と、俺は他人事気分で、遠くから様子を眺めていたよ。


 距離を取っていたから、とぎれとぎれにしか声が聞こえなかったが、どうもガタイのいい奴は、正座している生徒に、供え物の菓子を食わせたいらしい。罰ゲームだ、らしきことも話していた。

 正座している生徒は首を振るんだけど、取り巻いている奴らが軽く蹴る、殴るしながら無理やり食わせようとしているみたいだった。

 助けに入ろうと思えば入れた。だが翌日以降、あいつらに目をつけられることを考えると、面倒だ。中学校生活が始まったばかりで、誰かに敵視されるのはウマくない。

 お供え物食って死ぬわけでもないだろうし、俺は傍観の姿勢を崩さなかったよ。

 やがて正座している奴が、おそるおそるお供え物のお菓子を手に取る。個包装された、小さいビスケットだったよ。さっき蹴られて懲りたのか、彼は戸惑わずに封を切り、ビスケットを取り出して、口に放り込もうとする。


 その直前。黒い縄が突然、正座している奴の足元から、にょきりと生えた。そいつはビスケットが食べられるのと同じタイミングで、口の中に飛び込み、飲み下されていったよ。

 声をあげそうになるのを、どうにかこらえる。あの場にいた皆は、飲んでしまったあいつも含めて、誰も黒い縄に気づいていないようだ。ガタイのいい奴と取り巻きが、別れのあいさつ代わりに、また軽く蹴りをかまし、ちょうど青になった信号を渡っていく。

 そいつもしばらくうずくまっていたけど、やがてふらりと立ち上がる。その足取りだけはしっかりしていたものの、やじろべえみたいにぐらぐらしていて、何とも奇妙な動きだったよ。

 俺はさっとお供え物の前を横切ると、家へとひた走る。買い食いしようなどという気持ちは、もうどこかへ吹っ飛んでいた。

 玄関で待ち受けていたばあちゃんに、外で何か食べなかったかと尋ねられて、食べていないことを正直に話したよ。あいつらと黒い縄のことについては触れなかったけどね。


 翌日。席替えが行われて、俺はお供え物を食べた奴の左斜め後ろの席になった。

 それとなく様子を見ていると、やけに落ち着きがない。

 特に授業中。机の下に置いたリュックの中身を、しきりに漁っている。俺は板書しながら、そっと身体を乗り出して、何をしているのか確かめた。

 大胆にも、あいつはリュックの中に、ミルクチョコレートがたっぷり詰まった、お菓子の袋を入れていた。それを、先生が黒板に文字を書こうと背中を向けるたび、手を突っこんではチョコを口の中に放っていくんだ。

 俺は感心したよ。陰気ないじめられっ子かと思ったら、欲望に忠実かつ積極的な姿勢を見られたんだ。この度胸、見習わないとな、と思ったくらいだ。だが、事件は給食の時に怒った。


 学校の給食は、クラス全員の配膳が済み、「いただきます」のあいさつをしてから食べるようになっている。この一ヶ月余りの間も、ずっとそれが守られていた。

 だが、その日。彼は真っ先に配膳の列に並んで、席に着いたかと思うと、いきなりロールパンをわしづかみにして、ムシャムシャ食べ始めたんだ。いつもやっているように、片手で小さくちぎるのではなく、口も弾けよとばかりに、がむしゃらに詰め込み、くっちゃくっちゃと大きな音を立てて咀嚼する。

 なんという無礼。なんという下品。

 今まで見られなかった彼の横暴な食事ぶりに先生は怒ったけど、彼は無視。あっという間に自分の分を平らげると、席から立ち上がり、まだ残っているおかずたちを、手づかみで奪っていく。

 更に教室の外に出ようとしたところで、ガタイのいい奴が立ちはだかる。その日は機嫌が良かったから、正義感からだろうな。だが、そうやって立ちはだかった彼も、すぐに目をむくことになる。

 あいつは手に握っていたフォークを、容赦なく振りかぶると、ガタイのいい奴目がけて突き立てたんだ。


 とっさに彼がかわしたおかげで肩に刺さったが、あきらかに目を狙っていた。

 取り押さえられた後、すぐに双方の親が学校に呼び出され、話し合いの場が持たれたけど、お供え物を食べたあいつは一向に収まることなく、親に付き添われて、強制的に帰る羽目になった。

 暗くなるクラスの雰囲気。俺も長居したくなくて、とっとと家に向かう。また婆ちゃんが待っていて「おかしなことはなかったか?」と聞いてくる。

 やや語気が強まっている。まるで、先日の俺の答えが気に食わないとでも言わんばかりだ。

 俺はお供え物をめぐる、一連の出来事を話したよ。婆ちゃんは黒い縄が出てきた時点で、「やはり」と大きくうなずいて、腕組みをする。


 婆ちゃんも、自分の婆ちゃんから聞いたらしいんだが、この辺りの土地は、地獄に最も近いところにあるらしい。地獄のつとめは、人間の寿命など及びもつかないほど長い苦行。

 だが、真摯につとめあげた者には、つかの間の恩赦の時が訪れる。すなわち、この世への外出。それはいずれも人ならざるものの姿として、らしい。

 しかし、姿に納得できないものは、別の生き物に取り付くことがあるのだとか。取り付かれた者は、そろって異様なほど食欲旺盛になるのだという。


「『よもつへぐい』を知っておるか? あの世のものを食べたなら、あの世で過ごすことになるという伝説よ。だが、この地には同時に『げんぜへぐい』の伝説がある。この世のものを食すたび、わずかずつだが、この世にいられる時間が伸びていく。その仕組みはずっと昔から続いており、我らの先祖はその異常な食欲を、飢えたる鬼にたとえた。すなわち「餓鬼」と呼ぶようになったわけよ。きっとその子も、恩赦のおりた何者かに憑かれておるのじゃろう」


 供え物を食べた奴はしばらく休んだ後、登校してきて謝罪をした。その姿は当初のやせ細ったものから、クラスいちのデブに変わっていたんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ