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草と生きる 

 おーおー、相変わらずお前は、カツ屋の定食、先にせんキャベをぱっぱと食べるのな。

 ――昔、親に野菜をしっかり食べなさいと、言われた影響?

 あるねえ、確かに。どこの家でも言うことは似たり寄ったりか。それで嫌なことはさっさと終わらせて、残った楽しみをじっくり味わおうって腹積もりか。

 食事ってのは、楽しいことが一番だと俺は思うぜ。実際、人類の歴史を振り返れば、調理を含んだ「食」の文化を愛しているしな。

 繊維、甲殻、各種毒。お相手がご丁寧に「食うなよ? 絶対に食うなよ?」とサインを出してくれてるのに、加工しまくって胃の中に入れられるようにするんだからな。雑食動物もここまでくると、情熱というより執念じみているぜ。

 その根の深さゆえか、食事の全貌って奴は、まだまだはっきりと分かっていない。俺もちょっと前に聞いた、昔話があるんだ。飯を食いながらでもいい。聞いてみないか?


 むかし、むかし、あるところに肉を絶対に食べなくなった男がいた。

 今でいうところのダイエタリー・ヴィーガン。食事で動物性のものは食べないが、食用以外の動物利用は拒まないというタイプだったらしい。

 その特殊さゆえに、彼は祭りなどの一同が揃う食事の場に顔を出すことはなく、日々、七草がゆに、大豆を加えた食事で過ごしていたという。

 子供の頃は肉を大喜びで食べていたのに、どうして思い立ったのか。友人の一人が聞いてみたところ、彼はこう答えたんだ。


「草には力が宿っている。我々が食べる肉も、生きている動物であった時には、緑を食らうか、もしくは草を食らったものの肉を、食らっていたはずだ。草によって多くの命が生かされている。草は命の頂点と言えよう。いくつもの命を経て、肉という形で得ることになる草の命よりも、直にその命を頬張りたい。それが何をもたらしてくれるか、知りたい」と。


 そのような独自の哲学を持っていたようだ、仏の教えを守っていたわけではない。狩りには協力したし、皮をなめして製品にする技術も心得ていた。ただ、口に入れるもののみ、肉を拒み続けたという。

 彼は仕事のかたわら、たびたび山に昇ってもろもろの草を摘んできては、食事のひとしなに加えていたらしい。さすがに先祖から伝え聞いた、命をちぢめる毒草に関してはこれを避けたが、様々な草を集めては食していた。腹を壊すことも珍しくなかったらしい。

 でも、彼は懲りることなく、雑多な草を食べ続けたようだ。それは菜食主義というより、むしろ草食主義ではないか、と村の者たちがうわさするほどだったという。


 彼が草を重視する食事を始めて、数十年が経った。

 すでに村では世代の交代が起こり始めたが、彼は若い時から変わらず、独り身のままだった。女と縁がなかったわけではないが、彼の方から断っていたのだという。

 すでに村の中でも、古老の一人に数えられる年齢でありながら、彼は若者の誰よりも強く、しなやかな身体を持っていたらしい。大の大人が数人そろって持ち上げられないほどの大岩を、短時間ながら一人で持つことができ、ある朝には、動物のように木々の枝から枝へ、猿のように飛び移る練習をしていたとのことだ。

 彼がこの数十年、草ばかり食べているという噂は、ほとんどの人に、ほら吹き話として受け取られていた。当時を知る人々の数が減り、彼自身も証拠となる記録などを残していなかったため、信ずるに足るものが少なくなったんだ。

 確かに彼は、今でも草を主体に食べていた。それが今から始めたものであろうと、ずっと前から続けたものであろうと、昔を知らない者たちの目には、同じ価値にしか見えなかったからだ。


 その年は春分を越えても、木々がなかなか葉をつけず、新しい芽も出ない、さびしげな始まり方の春だったという。

 山に入った猟師たちが、時々、帰ってこなくなってしまう事件が起こり始めた。手分けしての捜索も行われたが、今度はその分けた集団ごと、姿を消してしまうことさえあったらしい。皆は怖がって、山に入らなくなった。

 草食の老人も、捜索には参加している。ただ、人数確認のための定期的な点呼の時以外は、姿を現さず、家に帰るのは、誰よりも遅かった。

 頻繁に参加。しかも単独で行動をしているにも関わらず、なぜ老人は無事なのだろうか、と一部の者が疑いの目を向けた。この失踪には、彼が関係しているのではないかと。

 擁護する声もある。彼には、村民を陥れるような動機が考えられない。恨みを買うとしても、過去に袖にされた女たちくらい。その彼女らにしても、すでに家族を持ち、祖母になっていたり、鬼籍に入ってしまったりしている者ばかりだ。今さら恨みを持っているなど、考えづらい。

 話し合いはなかなかまとまらなかったが、やがて、若い衆の中でも、血気盛んな一人が立ち上がる。


「この場でぐずぐずしていても仕方ない。直接、当人に尋ねればよかろう。我ら全員で参れば、応じるはず。確証が得られた後、しかるべき対処をするべきだ」


 すぐに考えは実行にうつされ、夜遅くに、皆は万一の際の武器を隠し持ちながら、老人の家を訪ねた。老人は出てきて、一通りの言葉を受けると、「仕方がないか」と言わんばかりに首を振る。そして、皆に少し待ってもらうようお願いすると、家の隅からところどころが黄ばみ、傷んだ紙を一枚持って来た。

 広げてみると、いつも皆が猟で使う、山の中の地図だった。目印に大岩や巨木などが、印に、老人がつけたと思しき名前が添えられている。山に入り慣れた者ならば、老人の地図の緻密さにうなるほどだったとか。

 その中でも、ひときわ大きな丸が書かれている地点がある。

 そこは高い崖の上。山に入る者は、そこの近くは地揺れの際などに岩が降って来る危険地帯として、近寄らぬようにくぎを刺している場所だった。

 老人は、自分なりの捜索の末、調べていない地点はここしかないと判断したらしい。


「わしは明日、このがけの頂上に行く。疑う者はついてくるがいい。ただし、がけをよじ登ることに自信がある者だけじゃ。いたずらにけが人を増やしたくない」


 翌日。がけのぼりが敢行された。

 老人の言う通り、身軽なものが選ばれたが、誰も老人に追いつけない。とっかかりを探り探りしながら登っていかねばならない彼らに対し、老人は猿のように崖の面にひっつき、時々飛び移るような動作をしながら登り続け、小さくなっていってしまう。

 皆が崖の半ばで、ひいひい言っているうちに、老人はがけの向こうに姿を消した。登りきったのだろう。

 どうにか追いつかなければ、と力を入れる彼らの耳をつんざくような悲鳴が入って来る。雷にも似たその音に、耳をふさぎかけたが、そんなことをすれば崖下に真っ逆さま。どうにか耐える。

 何事か、と必死に登り続けた彼らは、その頂で老人と、奇怪な植物を見ることになる。

 人が三十人ほど立てる崖の上の足場。その半分ほどの領域に根を張る、大きな古木が立っていた。だが、皆が驚いたのは、その枝から何本ものツタが伸びていたことだ。今は木の隅に巻かれた状態で置いてあるが、こんもりとした山を成している様は、恐るべき長さになるだろうことを物語っていた。

 何本もあるツタの先には、行方不明になった者たちが絡まっている。皆、かろうじて息をしているようで、老人は彼らを崖の上に寝かせては、手に持っている山刀で絡みつく縛めを切り離していく。


「今年は冬が長すぎて、木々にも十分な蓄えがなかったらしい。少々、飢えて狂ってしまったようじゃな。わしも今年は格別腹が減っていたからな。なんとなくわかったんじゃよ」


 老人は皆を助けた数週間後に、ひっそりとこの世を去ったが、彼の墓石は誰よりも遅く用意されたにも関わらず、誰よりも早く苔むしたのだという。


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