言霊鶏
先輩は言霊の概念、どれだけ信じますか?
言葉には力が宿り、魂が宿る。言葉を口にするというのは、それだけ影響力があり、用心しなくてはならない……という戒めにも思えます。
実際に耳にする人は様々な印象を抱くでしょう。口にする本人もその言葉のきれいさ、きたなさに思考が引っ張られることもあるでしょう。表明した以上は、それにふさわしい振る舞いが頭をよぎります。
それが重大なできごとの起こるタイミングに絡んだとなれば……結果的に生命を左右されたことになるでしょう。口はわざわいのもと、とも言いますからね。
なにも、自分が発した言葉ばかりとは限りません。他者が発した何かの言葉を受け取ってしまうこともあるでしょう。注意を怠らないようにしたいですね。
ちょっと前に、私が聞いた話なんですが耳に入れてみませんか?
むかしむかし。
あるところに住んでいた男の人が、日暮れどきに家へ戻りかけていたところ。
「ひこうさまを、あやめてしもうた。しもうたあ~」
という声が不意に耳へ飛び込んできて、はたと足を止めてしまったそうです。
声そのものは、かなり遠くから届いてきた風に思いました。滑舌こそはっきりしていましたが、聞き覚えのない声です。
男はしばらくじっと待ち、再び声がこないかどうかを確かめていましたが、それ以上はなく。首をかしげながら、家へ入っていったそうですね。
で、その翌日のことです。
夜明けとともに、奇怪な鳥が男の住む村で目撃されました。
にわとりによく似たかっこうだといいますが、大きく翼を広げて、羽ばたくことなくスイっと空中を滑っていきます。
その目もかっと見開かれ、まばたきする様子を見せません。なにより、そのにわとりもどきは喉元が大きくかっさばかれて、そこから赤いものがあふれ出ていくのです。
血と単純に形容はできません。それはのどを離れたとたんに、霧やかすみのようにたなびき、長く尾を引きながら空に溶け込んでいってしまうのですから。
明らかに、命あるものが行うような動きでない。かといって、鳥を止められるようなものでもない。
射かけた矢たちは、いくつかが確実に鳥をとらえるような狙いであったにもかかわらず、いずれもが手ごたえなく突き抜けてしまい、その飛ぶさまを乱すことかないませんでした。
かの鳥が、やがてかなたに姿を消してしまったころ。男が昨晩に聞いたのと同じ声が届きます。今度は大勢が耳にしました。
「みこうさまを、あやめてしもうた。しもうたあ~」
今度は耳のいい者も聞いていたので、声の方角もおおよそ分かります。
北北西。昨晩の男の話も共有され、武装した男たちが声の主を探るために、そちらへ真っすぐ向かっていったといいます。
森を越え、山を越えても、男たちは足を止めませんでした。声の大小にばらつきこそあれ、声自体は耳へ届き続けていましたからね。
そうして三里ほどは村から歩いたでしょうか。
そこで男たちが見つけたのは、一軒のあばら家。
もはや柱を失い、壁もボロボロなそれは自らの屋根を支えることもできず、その重さによってほとんどが潰されてしまっていた。人が住むのも、少し考えづらいほどの傷み具合だったそうですね。
しかし、彼らはあばら家のそばに掘られた井戸を見つけ、眼を見開くことになるます。
井戸に取り付けられていたつるべ。一抱えほどある桶の側面に人の「口」にあたる部分が埋め込まれていたそうなんです。
歯はお歯黒をし、舌もともなっている。人である誰かのものから切り取ってうずめるような真似では、ここまできれいな形には仕上がらないでしょう。あたかも、つるべそのものが初めからそのように作られてでもしない限りは……。
「みこうさまを、あやめてしもうた。しもうたあ~」
いぶかしく見つめる皆の前で、つるべははっきりと口を動かし、その言葉を紡いだといいます。
その直後。
井戸から先に見たにわとりの、全身を緑色に染めたような鳥が浮かび上がってくるのと、早くも矢をつがえていた村人の一人がつるべを打ち抜き、砕き散らすのはほぼ同時のことであったそうです。
粉々になったつるべは、これも人がするように真っ赤な血のりをあたりへまき散らしました。するとほどなく、緑色のにわとりらしきものも消えたのです。
井戸に沈んだわけではありません。そのまま煙のごとく、かき消えてしまったのだとか。
隠れられるゆとりはありません。井戸は二尺に足らないほどの深さしかなく、凹凸のある土の敷き詰められたそこに、身を隠せそうな草などは一切なかったそうです。
そして、例の緑色のにわとりを見た面々の大半は、数年のうちに現在の緑内障に似た症状を見せ、視力を著しく低下させてしまったとか。
たとえ人のものでなくとも、発せられた言葉には得体のしれない力があるのかもしれませんねえ。




