生争の場移し
生きているって、なんじゃらほい?
むかし、父親に尋ねてみたことがある。生きるといっても、こうして私たちの意識があるというだけじゃ、本当に生きているのか怪しい感じがするだろ? 叙述トリックなどにも使いやすいしな。
で、そのときの父親の答えが、次の3つの条件を満たしていることだった。とある科学知識の受け売りらしいが。
一つ目が、入れ物の存在。
外界と個体をしっかり分ける壁や膜が存在し、入れ物にするボディがあること。
二つ目が、身体の維持。
代謝であったり、際限なく他者を取り込んだりとか方法は違うかもしれないが、存在し続けようとする動きが要るようだ。
三つめが、繁殖への意思。
自分の子孫なりを増やそうとする動きを持つこと。実際にそれが叶うかどうかは別にして、その意思の存在が求められるらしい。
これらが欠けると、それは生きているものとみなされず、自然の構成物といっしょくたになる。世界の公有物というか共同財産というか、他者に選択権をゆだねる状態になるのだと。
元が何であったのか、は一部の者にしか分からず、気にするようなことでもない。でも、死んでしまえば入れ物の中におさまっていたものが、いっせいにどぱ~っと飛び散るようなもの。何が起こるかは出たとこ勝負かもだねえ。
ちょっと前に、父から聞いた昔話があるんだけど聞いてみないかい?
むかしむかし。
父の地元だと、夜中にもかかわらず、照り輝く晩があったと伝わっているんだ。
その晩は、日が沈んだばかりのときこそ何ともなかったものの、空の暗さが増してくるとやがてチカッ、チカッとまばゆい光が点滅するようになったんだ。
一回一回は、まばたきを思わせる短い間。しかし、光量そのものはかなりの多さで目を閉じながらでもはっきりとその強さを感じられるほど。
空を見ていた者は、その輝きの際に三つの大きな光球が身を寄せ合い、いっぺんに光ったのを確認したという。
しかし、なおも観測を続けていた者は気がついた。三つの光のうち、一つがやがて他二つに光の強さや大きさで少しずつ劣っていき、やがては見えなくなってしまったことに。
翌朝。
陽の光に照らし出された野山たち、および家屋たちはそれぞれが青紫色に染まっているのを起き出した人々は目にする。
白であったならば雪景色と評しただろう、その紫一色の景色。いぶかしく思う者たちが多い中で、村の古老たちは「神景色」だと声を震わせながら教えたのだという。
不思議なことに、紫の色自体は皆がひとしきり目撃したあと、はかったかのようにいっぺんに消えてしまい、野山も家屋も元来の色を取り戻したらしい。けれども古老たちの指示のもとに、人々はある準備を整えていく。
言い伝えによると、岩塩に人や家畜の糞尿を混ぜ合わせたもの、とある。
本来は更に細かな手順が含まれるらしいのだけれど、話す人によって差異がある。特徴的な点として共通しているのは、そこだ。
家々でこさえたそれらを持ち寄り、まずは自分たちの家屋。そして周辺の土や木々たちにも塗り付けていく。すなわち、先に紫色に染め上げられたところへだ。
神景色は、天上の神々がなくなったときにあらわれる、尋常ならざる景色をさす。先のまばゆい夜の姿も踏まえたうえで、訪れたものとされた。
あの紫色の景色は、いわば神であったものがもたらした血しぶき。これまで神の入れ物におさまっていたものが、無造作に外へぶちまけられたのだから、どのような影響が出るか分からない。
それを中和するはたらきが、くだんの用意したものにはあるとされたんだ。
もし、これを怠った場合に何が起こるかについても、話がいくつかある。
父の地元に伝わっているものだと、このようなものだ。
例の作業は自分たちの住むところと、そのまわりを集中的に行う。暮らしに直結するところだし、当然だろう。
そこから外れたものたちは、多少の時間差があるものの、やがて色が抜けていってしまうらしいんだ。
どのような色のものであっても、どんどんと白く変じていき、やがては半紙のような白さに。しかし、それで灰のごとく散っていったりはしない。
そこからまた、あらためて色がついていく。元の色に近いかもしれないし、まったく異なる色かもしれない。後者であれば、異常であることも気づきやすかった。
この色が、うつる。
触れたものはもちろん、枝をつたい、草をつたい、土をつたい、どんどんと領域を広げていくんだ。
別の色同士でかち合うと、そこはぶつかったところでわずかに静止すれど、おしくらまんじゅうをしているかのように押し合い、へし合いをして境目は安定せず。やがて押し勝ったほうが、どっと版図を拡大する。
自分の色に染め上げる。それはまさに繁殖で、日々生まれ変わらんとする強欲ささえ感じさせた。
神の血は、ここへ降り注ぐことによって新たに生まれ、争いを続けていく。人がこの色に触れてむしばまれると、得体のしれない様々な不調に襲われ、建物はほとんどがもろく崩れ去ってしまう。
その争いが止み、再び色が落ち着くまでの間、色の侵略を防ぐための細工が先にあげたものを塗り付けることなのだとか。




